注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
カイト視点で、外伝その二十四【母の立場】の直後の話となります。
したがって、それまでの話を読んでから、お読み下さい。
【それぞれの形】
なんであんなこと、言っちゃったんだろう。
めーちゃんからの電話を強引に終わらせた後、僕はひたすらそのことを後悔していた。
めーちゃんが「相談のお礼に、食事を奢ってくれる」と言った時、僕は図々しいかなと思いつつ、手料理が食べてみたいと言った。めーちゃんは料理は上手だってマイト兄さんが言っていたし……それに、めーちゃんが作ったものを食べてみたかったんだ。
めーちゃんには「忙しいから金曜じゃないと無理」と言われてしまったけど、幸いその日は空いていた。僕は大喜びしながら、手土産には――だって、無理を言ったのに、手ぶらってわけにはいかないよ――評判のいい有名ケーキ屋さんのケーキを選んで、めーちゃんの家へと向かった。ドアを開けて出てきてくれためーちゃんは、ケーキを喜んで受け取って、僕を中に入れてくれた。
意外だったのは、家にめーちゃんのお母さんがいたことだった。めーちゃんのお母さんは仕事で海外に行っているので、めーちゃんは弟のレン君と二人暮らしだったはず。お母さん、日本に戻って来られることになったのかな。とにかく、ここはできるだけいい印象を与えないと。
なんてことを思ってしまったせいか、僕は緊張してしまい、めーちゃんやめーちゃんのお母さんに話しかけられても、受け答えが少し固くなってしまった。でも、めーちゃんの手料理がとても美味しいことだけは、ちゃんとわかった。
そんなわけで、その日はつつがなく終了した。そう、何も問題はなかったし、とても上手くいっていた。問題はその後。
次の日、めーちゃんが電話をかけてきた。色々と話した際、僕はめーちゃんから、お母さんは用事があって、一時的に戻ってきただけということを聞かされた。一緒に住むんじゃないのか。じゃあ、会えてラッキーだったのかな、僕は。
その時、めーちゃんが不意に軽い調子でこう言った。
「男の人を家に呼んだのって初めてだったりするから。母さん、私とカイト君がつきあってるって勘違いしちゃったみたい」
……本当にそうだったら良かったのに。僕とめーちゃんはつきあっていて、めーちゃんがお母さんに「私の恋人よ」と、照れながら紹介してくれていたんだったら。そうしたらめーちゃんのお母さんが明るく笑って「まあ、いつの間にこんな素敵な人を」と言ってくれる。
そんな情景を、思わず僕は想像してしまった。きっと、とても幸せだろう。そうだったらいいのに……。
だから、思わずこう言ってしまったんだ。
「勘違いじゃなきゃ良かったのに」
「……え?」
電話口の向こうでめーちゃんが怪訝な声をあげる。その声で僕は我に返った。ぼ、僕は今、なんてことを……。
「あっ! ごめん、メイコさん! 今のは忘れて! 口が滑っただけだから!」
どんな口の滑り方したら、こんなことを言ってしまうんだよ。ああもう、なんで僕はこうなんだ。携帯からは相変わらず、めーちゃんのびっくりした声が聞こえてくる。
「いやでも、今カイト君、勘違いじゃなきゃ良かったって、言ったわよね?」
「だ、だから口が滑っただけ! 深い意味はないから! あ、メイコさん、僕もう勉強に戻らないと! また今度ゆっくり話してくれると嬉しいな!」
あたふたしながら、僕は強引に電話を切ってしまった。……どうしよう。折角めーちゃんと仲良くなれたのに、こんなことを言ってしまうなんて……。僕はなんて、考えなしなんだろう。
いくら落ち込んでも、したことの取り返しがつくわけじゃない。僕はしばらく、机の上に突っ伏して、呆然としていた。
めーちゃんに電話で口を滑らせてしまってから、数日。めーちゃんからは何度も携帯に着信があったし、メールも届いた。メールの内容はいつも「話したいことがあるから、時間の空いた時に連絡をください」というもの。でも僕はめーちゃんと何をどう話したらいいのかがわからなくて、返事を延ばしていた。つまり、何もアクションを起こさなかった、ってことだけど。
我ながら、情けなくなってくる。きちんと話をした方がいいのははっきりしているのに、拒絶されるのが怖くて向き合えないなんて。
そんなこんなで時間が過ぎ、ある日、カンカンに怒ったマイト兄さんが家にやってきた。
「ちょっとカイト! あんた一体何を考えているの!?」
「マ、マイト兄さん!?」
僕は驚いて立ち上がった。マイト兄さんは、父さんに「二度と実家の敷居をまたぐな」と言われて以来、その言葉どおりに実家には帰って来ていなかった。そんなマイト兄さんがいきなりやってきたんだから、驚きもする。幸い、父さんは今日は出かけてるけど……。
マイト兄さんは僕の部屋にずかずかと入り込むと、僕の襟首をつかんだ。女装して女言葉を使っていても、昔剣道で鍛えた腕力は変わってなかったりする。今でも時々道場に通ってるし。
「なんでめーちゃんからの電話に出ないのよ!?」
襟首をつかんで派手に揺さぶりながら、マイト兄さんはそう言った。え……知ってるってことは、めーちゃん、マイト兄さんに相談したのか。
「え、えーっと……忙しくて……」
マイト兄さんは、突然僕の襟首をつかむ手を離した。はずみで僕は、床に放り出される。
「あんたね、わかりやすい嘘つくんじゃないの」
「……はい」
どう考えても、こんなの嘘だよね。僕は床に座ったまま、仁王立ちのマイト兄さんを見上げた。こっちを半眼で睨んでいる。
「めーちゃん、マイト兄さんに相談したんだ」
「ええ。あんたに連絡しても返事が来ないって、深刻そうな表情で、それはそれは色々と」
ここでマイト兄さんは言葉を切ると、身体を屈めて僕を至近距離で睨んだ。あの……怖いんですけど……。
「あんた、あたしが前に言ったこと憶えているでしょうね」
「言ったことって……」
何だったっけ? マイト兄さんは怖い顔のまま、言葉を続けた。
「うちのスタッフがあんたたちのせいで辞めた場合、寿退職以外の理由だったら、もれなく地獄を見てもらうって話」
思い出した……そういや、そんなことを言われていたんだ。僕だけじゃなく、兄弟全員にだけど。ついでに言うとアカイたちにもそれは言っていた。あそこも男ばっかりだし。……って。
「めーちゃん辞めるの?」
「今のところそういう話は出てないけど、あんたとこじれたらそういうこともあるかもね」
え……そんな……。僕は真っ青になった。
「わかったらとっととめーちゃんと話す! ほらさっさとしなさい!」
マイト兄さんに怒鳴られて、僕は携帯を手に取った。めーちゃんのアドレスを出して、返事を書く。
「会って話すって書いて、送信しました……」
「よろしい。ちゃんと話をするのよ!?」
マイト兄さんはそれだけ言うと、さっさと帰って行った。めーちゃんのために、わざわざ来たんだ、マイト兄さん。
怖い思いはしたけど、結果的には良かったのかな……。
次の日、待ち合わせ場所に指定した都内のカフェで、僕はめーちゃんを待っていた。
「カイト君、お待たせ」
やってきためーちゃんは、笑顔はなかったけど、いつもとそんなに変わりないように見えた。椅子に座って、メニューを眺めている。ウェイトレスが注文を取りに来たので、カフェラテを注文した。僕はコーヒー。
「あの……メイコさん。返事しないで本当にごめん。その……」
「あ……うん、理由はなんとなくわかる。気まずかったんでしょ?」
ぴたっと言い当てられて、僕は言葉に詰まった。めーちゃんは、真面目な表情をしている。
「うん……」
頷くと、めーちゃんは思案する表情になった。手が、目の前の紙ナプキンの端をいじっている。落ち着かないみたいだ。
「で、確認するけど、カイト君は私のことが好きなのよね?」
ああ、なんでこんなことになっちゃったのかな。もっとちゃんとした告白、したかったのに。めーちゃんの誕生日とかに花束を持って行って、その中に「好きです」って書いたカードを入れておくとか。けど、起きちゃったことをどうこう言っても仕方がない。僕は覚悟を決めて、また頷いた。
僕の反応を見ためーちゃんはというと、相変わらず考え込んでいる。僕はそれを、落ち着かない気持ちで眺めていた。やがて、めーちゃんが口を開く。
「……正直言うとね、びっくりしてる。カイト君が私のこと、そういう風に想ってるって、考えてなかったから」
年下だと相手にされないんだろうか……。年下といっても、一つしか違わないんだけど……。
「あの……やっぱり僕って、『勤め先のボスの弟』でしかないの?」
「そんなことないわよ。それでしかなかったら、何度も一緒に映画なんか行かないって」
それがめーちゃんの返事で、少しほっとする。少なくとも、友達だとは思っててくれたんだ。
って、友達以上には見てもらえなかったら、結局は同じなんだけど。
「じゃ、じゃあ……メイコさんは、僕のことどう思ってるの?」
めーちゃんは、今まで以上に難しい表情になった。えっと……これって、やっぱり脈無いってこと? 僕は、床の中に沈んでしまいたくなった。
「それ、考えてみたんだけど、よくわからないのよね……現在進行形で派手な恋愛してる人間が身近にいるんだけど、そいつを見ていると、私、ああはなれないって思うし」
めーちゃんは、そんな、よくわからない話を始めた。
「私には、恋愛への情熱ってのものが、そんなにないのかもしれないわ。でもね……カイト君と一緒にいるのは楽しい」
僕は首を傾げた。一緒にいるのが楽しいと言ってくれたのは嬉しいけど、この話はどう結論がつくんだろう。
「多分、人にはそれぞれ、向いた恋愛の形というのがあると思うのよね」
「……それはそうだと思う。僕だって、アカイみたいにはなれないし」
あんな風になりふり構わないアタックなんて、僕には絶対無理だ。めーちゃんがくすっと笑う。
「カイト君はカイト君、アカイ君はアカイ君よ」
そう言うと、めーちゃんはすっと背筋を伸ばした。
「だから、とりあえずつきあってみたいなって思ってる」
「つきあうって……僕と?」
「他に誰がいるの?」
はい、確かに誰もいません。
「ただ、当分は今の延長みたいな形になると思うのよね。『お試し』みたいなものだし。だから今までのように、会って話してどこかに出かけてって感じになるけど……それでもいい?」
こくこく、と僕は頷いた。こんなチャンス、きっともう二度と回って来ない。
「恋人同士」と呼ぶにはまだ弱いんだろう。「とりあえずつきあってみよう」だから。でもきっと頑張れば「その先」があると思う。
僕たちに向いた形が見つかるように、今はただ、前に進もう。
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ご意見・ご感想
水乃
ご意見・ご感想
こんにちは、水乃です。
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メイコもカイトとどうにか進展しますかね。わくわくしています。
2012/05/25 13:15:38
目白皐月
こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。
この見合い相手さんですが「クラシックが高尚であり、他は下賎」と思っていて、そう主張しているんですよ。
まあでも実際、こういうこと言う人って結構いますよ。ケータイが日本を駄目にするとか、真面目に主張しているどこぞの人のような感じです。
こんな人に褒められても、クラシック音楽の方が迷惑だと思います。
めーちゃんとカイトは、多分このままつきあうことになるでしょうね。ただこれで一つの区切りはつけたつもりですので、これ以降についてはどこかでさらっと触れる程度になるかと思います。あくまで予定ですが。
2012/05/25 21:36:52