クオと初音さんが昼食を薦めてくれたので、昼は初音さんのところでご馳走になった。二人とも、気が咎めているらしい。二人のせいじゃないんだが。って、今日はこんなことばかり考えているな。
昼を食べ終えると、俺は帰宅した。心の中にがらんどうの場所ができて、そこに風が吹き込んでいるような気分だ。……平たく言うと、辛い。
でも、リンは多分、俺よりもっと辛い思いをしている。少なくとも俺には、話を聞いてくれる人がいる。でも、リンの傍には誰がいる? 父親はあんな状態、母親も嘘をついたということは、このことに関してリンの助けにはならないだろう。上の姉はロボットで、下の姉はひきこもり。リンは孤立無援なんだ。
……いや待てよ。下の姉のハクさんは、姉貴の後輩だ。姉貴が頼めば、もしかしたら……。
リンのことを考えながら、俺は帰宅した。居間でテレビを見ていた姉貴が、びっくりして俺を出迎える。
「……レン!? あんた、もう帰って来た……どうしたのよその顔!?」
そりゃ、驚くよな。帰宅予定は夕方って弟が、昼過ぎに帰って来て、おまけに顔がこんなじゃあ。
俺はため息をつきつつ、姉貴にも事情を説明した。リンのお父さんが来て、俺はぶん殴られて、リンは無理矢理連れて行かれたって話だ。姉貴が目を丸くする。
「……なんでバレたのかしら」
「俺の方が知りたいよ」
一体どこからバレたんだか。カイトとやらのことがちらっと頭を過ぎったが、カイトにリンの名前は言ってないし、姉貴も喋ってないはずだから関係ないはずだ。
俺はそれから、初音さんのところによって来たことも話した。初音さんにリンの家に電話をかけてもらったけれど、リンを電話口に出してもらえなかったことも。姉貴が頬杖をつき、考え込む。
「……姉貴」
「なに?」
「ハクさんに連絡取れない? 俺、とにかく、リンが今どうしてるか知りたい」
姉貴は少し考え込んで、一つ頷いた。
「ちょっと待ってて」
姉貴は、二階へと駆け上がって行った。しばらくして、携帯を片手に戻ってくる。
「ハクちゃん、今携帯の電源切ってるみたいなの。だからメールにしておくけど、あんたから何か伝言しておきたいことってある?」
伝言か……。
「もしリンと話せるようなら、俺は大丈夫だって伝えておいてもらえる? 多分、気にしてると思うんだ」
「了解」
姉貴はメールを打ち始めた。リンの様子が少しでもわかるといいんだが。
その日の夜遅く、俺がそろそろ寝ようかなと考えていると、姉貴が部屋にやってきた。
「レン、ちょっといい?」
「もしかして何かわかった!?」
勢い込んでそう尋ねてしまい、俺は姉貴に、落ち着けと手で制された。
「……ええ。ハクちゃんがさっき携帯にかけてきたの。それで……レン、落ち着いて聞いてね。リンちゃん、座敷牢に閉じ込められているんですって」
「……は?」
姉貴の言い出したことがあまりにも時代錯誤だったので、俺は唖然としてしまった。座敷牢って……いつの時代の話だ。
「あ、座敷牢っていうと語弊があるわね。なんていうか、外から鍵のかかる部屋に閉じ込められているのよ」
……普通の家には、そんなものないよなあ。もちろん、リンの家の規模は普通じゃないだろう。グミが興奮気味に「すっごいお屋敷でした」って言ってたし。けど、初音さんの家にだって、そんなものはないはずだ。
「なんでそんな部屋があるんだ?」
「それはハクちゃんにもわからないみたい。とにかく、そこに閉じ込められてて、外には出られない状態らしいの」
そっちは予測できた。これだと、初音さんも連絡を取れないだろう。……ハクさんが頼りか。
「リンは元気なの?」
「……自分の父親があんたを殴ったことで、ひどくショックを受けているみたいだって、ハクちゃんは言っていたわ。あんたにお父さんのしたこと、謝りたいって伝えてくれって」
だからリンのせいじゃないってば。
「リンのお父さんがおかしいのは、リンのせいじゃない」
「ま~確かに、子供は生まれてくる時、親を選べないしね。選んで生まれてくるって主張する人もいるけど、私は眉唾だと思うわ」
姉貴はそう言って、眉を軽く寄せた。……そんな話はどうでもいい。
「他には?」
「あんたのこと、まだ大好きだからって」
俺だってリンのことは大好きだ。リン……。
「とにかく、リンちゃんの方はそんな感じ。それでね……ハクちゃんが言うには、ハクちゃんとリンちゃんのお父さん、何がなんでもあんたたちを引き離しにかかるだろうって」
それは予測がつくが……俺にはリンと別れる気なんてないぞ。
「俺、何があろうと絶対にリンとは別れないから」
なんであんなろくでなしの父親のせいで、リンと別れなくちゃならないんだ。俺はリンが好きだし、リンだって俺のことが好きなんだ。
姉貴は、俺の目の前で深いため息をついた。何だよ、何か俺の返答に文句でも?
「姉貴、何か不満でもあるわけ?」
姉貴はもう一度ため息をついた。俺は文句を言おうとしたが、姉貴がえらく暗い表情をしていたので、それを引っ込める。
「レン、ハクちゃんがいいって言ってくれたから話すけど……ハクちゃんが引きこもったの、お父さんにつきあっていた人との仲を壊されたのが理由だったの」
俺は言葉を失った。リンの姉のハクさんには、つきあっていた人がいた?
「ハクちゃんがつきあっていた人は、ハクちゃんのお父さんに嫌がらせをされて、ハクちゃんに別れを切り出したのよ。ハクちゃんはそれがショックで、部屋から出られなくなってしまっていたの。だから、あんたに対しても、同じことをしてくるだろうって」
だからいきなり殴ったのか。俺に、リンを諦めさせるために。
「姉貴、わかるだろ。俺が引き下がったら、リンは多分、立ち直れない」
オフェリアのように、リンは現実を捨ててしまうだろう。そんなの、俺が耐えられない。
姉貴はまたしてもため息をつくと、やれやれと言いたげに俺を見た。
「仕方ないわね。私も最善の道がみつかるよう、努力はするわ。でも、険しい道になるわよ。じゃ、お休み」
姉貴は部屋を出て行こうとしたが、俺は姉貴を呼び止めた。
「姉貴、ちょっと待って」
「なに?」
「ハクさんに多分またメールするんだろ? 俺の方もリンに『大好き』って言っていたって、そう伝えておいてくれる?」
姉貴は苦笑した。
「わかった、伝えておいてあげる」
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水乃
ご意見・ご感想
初めまして、水乃と言います。
前からこのシリーズ(?)は読んでいましたが……リンちゃんのお父さんは掃除機ですね(笑)
感情吸取り機みたいな……。
どうにかリンちゃんとレンくんには幸せになってもらいたいです…。
続きが気になります!頑張ってください
2012/04/08 15:47:50
目白皐月
初めまして、水乃さん、メッセージありがとうございます。
リンのお父さんは掃除機というか、クラッシャーとういか、とにかくろくでもない人なのは確かですね。
しかもこの後更に暴走する予定だったりしますし。
最後にはハッピーエンドにしてあげるつもりですが、それまでにはまだ色々あると思います。
続きは明日か明後日ぐらいにはあげられると思いますので、待っていてください。
2012/04/09 19:18:10