「・・・・・・」
この数時間でげっそりと疲れた気がする。主にストレスで。
「はぁ・・・」
量産されるは溜息ばかり、決心はいつも空回るばかり。
相も変わらずメイコに話しかける隙は見付からない。いつでも元気、エネルギッシュな弟妹達が自覚も無しにメイコに纏わりついて邪魔をする。
「はぁ・・・」
カイトはソファを四人に占領されている為食卓の椅子に腰掛けてまた重い息を吐いた。
「はぁ・・・」
「何よ、そんな陰気な溜息なんか吐いて」
「溜息吐きたくもなるよ・・・って、えぇっ」
反射で普段通りに応えてしまってからその声の主に考えが至る。即ち―――メイコ。
「わぁ、めーちゃんっ」
「何」
「あ、えと、三人はっ?」
「ちょおっと待っててねぇ~」
メイコが急にきゃぴきゃぴした作り声を出したので驚く。
「とか言って部屋に行ったわ」
どうやらリン辺りの声真似だったらしい。少々大袈裟だが雰囲気は掴んでいる。それだけでメイコが普段どれだけ家族を見ているかが垣間見えるというものだ。
「そ、そう・・・」
「で?夕飯前に言いかけた事って何?」
「!」
今だ。言ってしまえ。言ってしまえ―――!
「あ 」
TELLLLLLLLLL...
「あら・・・」
今度は電話の呼び出し音がカイトの決意を遮った。メイコが立ち上がって受話器を取り上げる。
「はい、もしもし・・・あら、ルカさん?」
相手はどうやら仕事仲間であるところの巡音ルカらしい。途端にメイコの表情が砕けたそれに変わる。
「新曲、良かったわ。心に迫ってくる様で・・・えぇ、そうね。そうかもね。・・・ふたりの声って合うのねぇ・・・ミク?うん、いるわよ。・・・あぁ、あの娘ケイタイサイレントモードで充電してるから。代わるわね、ちょっと待ってて頂戴」
ルカはミクに用があったらしく、メイコは保留の音楽を流してミクを呼びに行った。
やがてミクがせかせかとやって来て嬉しそうに受話器を取る。
「もしもし、ルカお姉ちゃん?ごめんね、ケイタイ充電中だったや。・・・うん、ケイタイから掛け直すから、ちょっと待っててね」
ミクは受話器を置いて、くるりと慌ただしげに踵を返す。
「ありがとね、お姉ちゃん!」
「はいはい。長電話は程々になさいね」
「はぁい」
メイコは年長者らしく尤もな事を言っているが、つい三日程前彼女がアンに電話で延々と愚痴や相談を零していた事をカイトは知っている。
「・・・で、カイト?」
メイコがそこで言葉を切って暗に先程の続きを促す。カイトは彼女に与えられた切っ掛けで口を開―――、
「めええぇぇええいこ姉ぇええええっ!」
ドスッ。
メイコに突如として突進した、黄色の塊。またの名を鏡音リン。
「来て来てメイコ姉ぇ、中ボスが倒せないの!」
「ちょっとあんた・・・普通に痛いわよ」
「中ボスがーっ」
「解ったから静かに―――」
「メイコお姉ちゃんっ。聞いて聞いて、わたしねぇ、またルカお姉ちゃんと歌えるんだよ!」
「ミク姉ぇだぁめっ、メイコ姉ぇはリンが先に話してるんだから!」
「あ、ごめ・・・」
「おい、リン!我が儘でふたり困らすなよな。・・・ごめん、メイコ姉。ちょっと来て貰って良い?何か俺の部屋のパソコン、フリーズしちゃってさ」
「はあぁ?レン、何それ!説教しといて自分はメイコ姉ぇ横取り?信っじらんない、酷ーいっ」
「ちょ、」
「メイコ姉ぇはリンと中ボスを倒すの!」
「あの、」
「俺のパソコンだって困ってんだよ!」
「だから、」
「メイコお姉ちゃん・・・お湯沸いてる」
「え?嘘、」
「五月蠅――――――いっ!」
『!』
―――最初、四人共が声の元を探してキョロと視線を彷徨わせた。やがて全員が定めた視線の先には、カイト。
「え・・・?」
「カイト兄・・・?」
「どう、したの・・・?」
メイコに至っては言葉すら発せずぱちぱちと数度瞬きをするだけだ。
カイトは向けられる八つの瞳を気にする様子も見せず、すぅと深く息を吸う。
「・・・めーちゃんは―――僕のだあぁぁああっ!」
・・・・・・沈黙が、落ちた。
ゼラチンを溶かし込んだ様なじっとりとした空気がリビングに満ちる。
「カイト・・・?」
「・・・・・・」
カイトはそれ以上何も言わず、ただ肩で息をしている。
「えっと・・・」
一番最初に沈黙から解放されたのはミクだった。
「あ、っと、リン、レンくん。さっきのゲーム、続き見せてよ。向こうの部屋行こ」
「あぁ・・・うん。了解。行こうぜ、リン」
「えぇー・・・」
唯一難色を示したリンだがミクとレンの必死な目線に黙殺され、戦き顔を引き攣らせてこくこくと頷く。
「うん。行く行く」
「それじゃ、わたし達・・・部屋で遊んでくるねー・・・」
そそくさとリビングを退散する弟妹達。カイトは自分がそう仕向けた癖にそれには反応を示さず、ただ俯いていた。
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