「何ぼーっとしてんの?」

 頭上に冷たさを感じ、顔を上げると、そこでは入学して以来何かとつるむようになった友人・ミクオが、いつもの無表情で見下ろしていた。

 「ほら、買ってきてやったぞ」
 「…サンキュ」

 冷えた紙パックを受け取り、ストローをさす。口内に流れ込む液体は、頼んでもいないのに、その味と共に苦い思い出を呼び起こした。思わずため息。

 「…あのさ、それいい加減どうにかなんない?」
 「……わりぃ」

 ここ数週間で何度も繰り返されたやり取り。あまりに続くもんだから、もはや挨拶のような感覚だ。
 そもそも、俺がこんな状態になる原因となったあの衝撃的な出来事に関して、コイツに話した覚えはこれっぽっちもない。
 なのに、察しが良いのか何だか知らないが、大体の事は気づかれているらしく、事あるごとに話を持ち出される。…最悪だ。

 「でも、流石に引きずりすぎ。見ててウザいんだけど」
 「…るせ。まだ何も言ってないだろ」
 「言わなくてもわかるって。どうせまた例の女の子の事考えてたんだろ」

 感情のこもってない声で痛いところを的確に突かれ、ぐうの音も出ない。
 そんな俺にはお構い無しに、ミクオは自分の紙パックから、ピンク色の液体を口に含んだ。顔に似合わず甘党なヤツめ。
 本当は俺だってバナナオレが大好物だけど、ここは大人になりたい年頃って事で、アイスコーヒーを飲んでいる。
 そんな背伸びしたい所も奴にはお見通しだろうから、更に腹が立つ。

 「…レンさ、何度も言ってるけど、それ本当にフラれたの?」
 「…だから何度も言わせんなって。ていうかホントお前どこからその情報仕入れたんだよ」
 「その筋から」
 「…意味わかんね」

 相変わらずの無表情の口から、よくもまあペラペラと訳のわからない言葉が飛び出すもんだ。

 …そう。悲しいことに俺・鏡音レンは、数週間前に、一目惚れした少女にフラれました。
 実際告白した訳じゃないから、正確には「フラれた」とは言わないのかもしれないけど、あの別れ方は……多分、嫌われた。
 そんなこんなであの日以来、彼女の通学時間とはずらして電車に乗るようにしている。
 本当は一言お詫びもしたかったけど、顔を合わせるのが気まずいというか…。まったく、どこまでも逃げ腰な自分に嫌気がさす。

 「おやおや、随分と辛気臭い顔してるねぇ、レン君」

 いきなり割り込んできた新たな声に振り向くと、そこに立っていたのは部活でお世話になっている二学年上の先輩。
 背が高く人当たりの良さそうな顔は、学外の女子には人気らしい。しかもちゃっかり彼女持ち。リア充爆発しろ。

 「一目惚れの女の子にフラれた事思い出してへこんでるらしいっす」
 「あ、ちょっとお前何勝手に…!!」
 「え、なになにその面白そうな話。僕にも聞かせてよ」

 俺の制止も虚しく、この緑頭は事細かに状況を語りだした。……だからお前は何でそんなに詳しいんだよ!?というか何この羞恥プレイ死にたい。
 先輩は時折相槌を打ちながら話を聞いていたけど、しばらく考え込んだあと、とんでもないことを聞いてきた。

 「もしかしてその女の子、金髪で白いリボンつけてたりする?」
 「え…?そう、ですけど…」

 ちょっとまて俺は彼女の外見については一言もしゃべってない。ミクオも流石にそこまでは知らないはずだし、今の説明にもその話題は出なかったはずだ。なのに何でこの人はそれを知っているんだ…!
 俺の驚愕に気がついてか、先輩は笑顔で一言付け足した。

 「あ、これね。この間めーちゃんから聞いたんだ」
 「あぁ、先輩の彼女の…」
 「部活の後輩らしいよ。僕も何度か見かけたことあるけど、可愛い子だよね。確か名前は―――」
 「うわぁぁぁぁあいいです!言わなくても!!」

 飛び出しそうになる情報を、慌てて遮る。
 …そりゃ俺だって彼女の名前くらい知りたいさ!でも、これは流石に無いだろ!!というか、フラれた相手の名前を今更教えられるなんて、虚し過ぎる。
 …ん、ちょっと待てよ。俺が密かに恋心を抱いてる少女の先輩が俺の先輩と恋人同士で、ってことは、そこを通じて俺の事も既に彼女に筒抜けの可能性があるって事…なのか?……うわ、それマジ最悪。俺立ち直れないかもしれない。

 「大丈夫だよレン君。多分、嫌われた訳じゃないから」
 「は…?」

 ずんと沈んでいた所にそんな言葉をかけられ、ゆるゆると顔を上げる。この人は一体何が言いたいんだ…?

 「僕がめーちゃんから話を聞くかぎりでは、その子はいきなり話し掛けてきたレン君にびっくりしただけで、特別嫌ってる訳じゃないみたいだよ」
 「え、それじゃ…」
 「まだまだ望みはあるってことだね。頑張って」

 普段はどこか胡散臭い先輩の笑顔が、この時ばかりは輝いて見えた。
 つまり、俺にはまだチャンスがあるってことか?思いもよらなかった嬉しい情報に、気分は急上昇だ。
 俺は勝算の無い勝負は極力しないたちだけど、諦めの良い方でもない。出来ることなら、もう一度彼女と話したい。
 先輩の言うことが正しければ、彼女を見かけて話し掛けたとしても、この前みたいな事にはならないだろう。
 …まぁ、不自然でない程度で話しかけるチャンスが巡って来るかは別だけど。

 「あ、僕はそろそろ教室戻るね。レン君ファイト!」

 親指を軽く持ち上げて立ち去っていく先輩の背中を、俺はかつて無いほどの尊敬と感謝の眼差しで見送る。先輩マジ最高っす!
 気がつくとミクオがニヤニヤしながら俺の顔を見ていたけど、今はそんな事どうだっていい。
 さて、これからどうやって彼女と接点を持とうか…。

 「あ。そういえばお前、明後日なんか予定ある?」

 唐突に話題を変えられ、水を差された気分になる。ほんと空気読めない奴だな…。

 「明後日…日曜?ちょっと図書館行こうかと考えてるんだけど」
 「……課題か」

 ミクオの言葉に無言で頷く。
 俺はどの教科も人並みの成績が取れていると自負してるけど、それでも苦手な教科はある。その一つが歴史だ。
 そのピンポイントで苦手な教科で課題が出された。期限は来週。内容は結構ハード。
 自力で仕上げるのは少々しんどいので、図書館の資料のお世話になろうという訳だ。

 「…俺も行く。午後1時に図書館前駅で待ち合わせな」
 「え?ちょっと何だよ急に!!」
 「じゃ、そういうことで」

 反論する余地も与えられず、話は勝手に進められる。
 これで終わりとばかりに立ち去っていくミクオの背中を、俺は黙って見ていることしかできなかった。










 「―――で。どういうことだよこれは…!!」

 ホームのベンチに座って携帯を睨みつける。ディスプレイに浮かぶのは、「急用が入った。そっちには行けない。すまん」というミクオからのメール。
 …あの野郎、時間と場所まで指定しておいて、ドタキャンとはどういうつもりだ。
 しかもこの文面からは、反省とか謝罪とか、そういう気持ちが全く伝わって来ない。
 いや、俺だって入学以来散々アイツに振り回されてきた訳だから、こんな事は一度や二度じゃなかったしもう慣れたけど、でも流石にこれは無いだろ……!思わず頭を抱える。
 天気の良い休日の午後。こんな日に野郎との勉強デートが入っていて、しかもすっぽかされたとか、笑いのネタにしかならない。いっそ笑ってくれ!!
 足元には誰かが落としていったのだろうタバコの吸い殻と、蟻が数匹。
 その動きをぼんやりと見つめていると、突然影が落ちた。
 …なんだ?誰か落ち込んでる俺をからかいに来たのか……?

 「なにが『同じ電車でよく見る』よ、あれから全然すれ違わなかったじゃない」
 「………は?」

 頭上に投げ掛けられた声に、勢いよく顔を上げる。そしてそこに立っていた人物に、絶句した。
 肩までの金色の髪に、青い瞳。いつもの眼鏡はかけてなかったけど、見間違うはずが無い。あの少女が、俺の目の前にいた。

 「お久しぶり…というべきかしら?」
 「え、あ、どうも…」

 突然の出来事に、頭の処理が追いつかない。
 …だって、信じられるか!?彼女が、今、俺の前に立ってるんだぞ!これは偶然か?偶然なのか!?だとしたら俺ラッキーじゃん!

 「えっと、どうしてここに……?」

 恐る恐る問い掛けると、彼女は暫くの間言葉を探すよう視線をさ迷わせて、答えた。

 「ちょっと用事があってこの辺りに来たのだけど、あなたの姿が見えたから…」

 俺の事を覚えていてくれただけでなく、わざわざ声までかけてくれたというわけだ。これはかなり期待できるんじゃ…!
 そんな俺の心中に応えるように、彼女は俺の目を見つめて(というより睨みつけて)言った。

 「ちょっと付き合ってくれない?話があるの」




 ホームに電車が滑り込んでくる。人が流れ、電車が再び動き出すけれど、俺は彼女と二人、世界の流れから取り残されたように、その場から動くことが出来ずにいた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ホームに落ちる影は

電車学パロ3話。レン君は皆にからかわれて(可愛がられて)キリキリしていたらいいと思う。男の子たちのグダグダトークは書いてて楽しかったです\(^o^)/

閲覧数:171

投稿日:2011/08/21 20:12:42

文字数:3,748文字

カテゴリ:小説

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