「ねえ……このペンダントトップ、もしかして、靴の形をしていなかった?」
 巡音さんが遠慮がちに割り込んだ。靴? どうだったかな……。
「壊れる前のは見てないから、わからない」
 俺の答えを聞いた巡音さんは、黙ってしまった。
「リン、思い当たるところがあるんなら言ってやれよ」
「う、うん……あのね、これ多分、靴だったと思うの。ミクオ君、ガラスの靴のペンダントに心当たりはない?」
 ガラスの靴のペンダント? 俺は記憶をさらってみた。悪いが、さっぱり思い出せない。
「いいや。ガラスの靴だと何かあるのか?」
 ミクは『シンデレラ』が大好きだから、ガラスの靴のペンダントを持っていても、別に変じゃないが。電話の向こうからは、巡音さんの困ったような声と、レンの「気兼ねせずに話しなよ。クオは鈍いから、はっきり言われないとわからない」という声が聞こえてくる。あいつ、どさくさにまぎれて何てこと言うんだ。この場にいたら一発殴ってるぞ。
「あのね……昔のことだから、わたしも全部をはっきりと憶えてるわけじゃないけど……そのペンダント、多分、ミクオ君がミクちゃんにあげたものだと思うの……」
 俺がミクにあげた!? いつ!? あんなペンダントをあげた憶えはないぞ。
「それ確かか?」
「ええ。ミクオ君からのプレゼントだって、ミクちゃんにペンダント見せられたことがあるの」
「俺、こっちに来てから、ミクにそんなのやったことないぞ」
 一緒に暮らすようになってから、毎年誕生日とクリスマスはミクにプレゼントをあげているが、大抵はCDとかゲームで、アクセサリーをあげた記憶ってのはない。だって何を買えばいいのかわからないし。演劇部の女子連中は「ああいうのってセンスが問われるのよね。ダサいのもらうと『ええ?』って思っちゃう」とか、恐ろしいことを言いまくってたもんな。
「えーと、もっと前。小学生ぐらいの時の話なんだけど、憶えてない?」
 へ? 小学生? 俺は必死で記憶を浚った。ミクにペンダントなんて、あげたっけ? 確かに、小学生ぐらいの子が買いそうな感じのペンダントだが……。
「やっぱ憶えてねえ」
「リン、それは確かなのか?」
 レンが口を挟んだ。
「わたしも昔のことだからはっきり憶えているわけじゃないけど、ミクちゃんがガラスの靴のペンダントを持ってるのを見て、確かわたし、『いいなあ。それどうしたの?』って言ったの。そうしたらミクちゃんが『従弟のクオからのプレゼントなのよ。すてきでしょ? ずっと大切にするの』って、すごく嬉しそうに言ってたの」
 その時、俺の記憶の端っこに、何かが引っかかった。あれは、いつだったっけ。夏休みだったのは確かだ。俺は両親に連れられて、ミクの家に泊りがけで遊びに来ていた。ミクはお気に入りの『シンデレラ』の絵本を見ながら、「わたしもガラスの靴がほしい。王子様に、靴をはかせてもらうの」とか騒ぎまくり、俺をシンデレラごっこにつきあわせた。確かミクがシンデレラで、俺がそれ以外の役を全部やらされるという、滅茶苦茶なものだった。
 その次の日、両親に連れられてどこかに遊びに行って、その時、みやげ物屋に、小遣いで買えるアクセサリーが売られてて。その中にあった、ガラスの靴のペンダント。何だかよくわからないけど、ミクがこういうの欲しがってたよなって、買って帰って、ミクに渡したような……。
「……思い出した。俺が買った奴だ」
 ミク、まだ持ってたのか。確かお値段三百円だぞ。そんなものを、ずっと……。
「やっぱりそうだったんだ。ミクちゃん、言葉どおり、ずっと大切にしていたのね」
 巡音さんが優しい口調で、そんなことを言う。でも……。
 ミクがずっと大事にしていたペンダントを、よりにもよって、あげた俺が壊してしまった。俺は、なんてバカだったんだ。そりゃショックだよ。ミクが怒るの、無理ないじゃないか。
「俺は、どうすりゃいいんだ……」
 弱り果ててそう呟く。こんなの、どうしたらいいんだ。壊れたペンダントは、元に戻らない。
「リン、どうしたら初音さんの機嫌、直ると思う?」
 俺が頭を抱えてしまったせいか、レンが巡音さんに訊いている。
「あ……うーん……」
 巡音さんにもわからないらしい。
「リンだっらどうする? 初音さんが大事にしているものを壊してしまったら?」
「わたしだったら……ひたすら謝ると思うわ」
「だ、そうだ。クオ、実行しろ」
「それはもうやった」
 原因はわかってはいなかったが、謝るというのはやった。で、結果はあのとおり。
「誠意が足りてなかったんだよ。誠意を込めて謝ってみろ。経緯がわかった以上、誠意も込めやすいだろ」
 そんなことを言うレン。外野は気楽でいいよなあ。
「ミクオ君。あのね……ミクちゃん、きっと、ミクオ君がペンダントを壊してしまったこと以上に、ミクオ君がペンダントのことに気づかなかったのが、悲しかったんだと思うの」
 巡音さんの言うことはもっともだが……余計どうすればいいのかわからなくなる。
「というかクオ、壊れたペンダントはどうしようもないんだから、新しいのを買って贈ったらどうだ。ガラスの靴のペンダントってそんな珍しいデザインでもないだろうし、今のお前なら、もっといいのを買ってやれるだろ」
「その提案は拒否されたんだよ」
 むっつりと答える俺。弁償するとは言ったんだ。いや、さすがに三百円のものを買って返す気はないが……。
「あの……わたしもそうしたらいいと思うわ。提案するんじゃなくて、いきなり渡してあげたらどうかしら? わたし、つきあい始めたクリスマスの時に、レン君からプレゼントにぬいぐるみをもらったんだけど、事前に訊かれていたら、多分『ぬいぐるみがほしい』なんて言えなかったと思うの。もうぬいぐるみなんて欲しがっちゃいけないって、そう思ってたから」
 伯母さんが言う「察してくれ」って、もしかしてこういうことか? 巡音さんの言うことには、一理あるのかもしれない。
「ミクオ君、ミクちゃんはね、怒ってるというより、本当は悲しくて悔しいんだと思うの。自分にとって大事だったことが、ミクオ君にとっては、大事じゃなかったってことが。そんなことはないんだよって伝えてもらったら、ミクちゃんは落ち着くと思う」
「クオにとって大事じゃなかったら、その理屈は通じないぞ」
 脇からレンがいらない突っ込みを入れた。なんでお前は一言多いんだよ。そりゃ、忘れてたんだから、そう言われても仕方ないが。
「え? えーとね……とにかく、そのペンダントに込めたミクちゃんの気持ちは、ミクちゃんにとって、きらきら輝くような大事なものだったの。それならせめてその気持ちだけ、わかってあげて。そして、それを伝えてあげられないかしら?」
「わかった。何とかやってみる。二人ともありがとな。それと、寝てるとこ起こしちまってごめん」
「次からは時差を計算してかけろよ」
「ミクオ君、頑張ってね」
「ああ、うん」
 俺はそう言って、電話を切った。切った後、ため息をついて、もう一度ベッドに寝転がる。
 ミク、あんな小さい頃にあげたもの、ずっと大切にしていたのか。あげた俺は、忘れてしまっていたのに。だって、大したものじゃなかったんだ。本当に、なんでもないことで。多分一週間後には、ミクにそんなものをあげたことすら、記憶の彼方だった。
 本当、わからねえ。なんでそんなこと、ずっと憶えてられるんだよ。


 ガラスの靴のペンダント。ネットで検索してみると、大量に引っかかった。今まであんまりこの手のものを気にしたことはなかったが、確かにポピュラーなデザインのようだ。
 呼び出した広告を眺めてみるものの、どれがいいのかさっぱりわからない。大体、たかが靴なのに、なんでこんなに色んなのがあるんだ。
 結局俺は、簡単な手に出ることにした。他の奴に相談したのだ。レンと巡音さんは海の向こうなので、グミに頼む。あいつにものを頼む日なんて、天地がひっくり返っても来ないと思ってたのに……!
「ミクオ先輩がミク先輩にプレゼントですか」
 数日後、グミは俺を呼び出したアクセサリーショップにて、にやにやしながらそんなことを言った。瞬間、こいつに相談したことを後悔する。
「詮索はいいから、どれがいいのか教えてくれ」
「あたしのお薦めはこれですっ!」
 グミが指差したのは、ショーケースの中にあったペンダントだった。ただしガラスではなく、金属でできている。表面に小粒の透明な石が幾つもちりばめてあるので、ガラスっぽく見えなくもないが。
「ガラス製だと、ぶつけちゃうかもって思うと怖いじゃないですか。これならそう簡単に壊れませんよ」
 ミクのペンダントを壊した話はしていないのだが、グミは、そんなことを言いやがった。ああ、いらいらする。グミは俺の表情に気づいているのかいないのか、お店の人を呼び止めて、ケースからペンダントを出してもらっていた。
「ほら、よく見てください。綺麗でしょ?」
「あ……うん……」
「それにですねっ! これ、名前も入れて貰えるんですよ。ほら、ここの部分」
 グミは靴をひっくり返して、底の部分を指差した。
「ここに名入れができるんです。MIKU って入れてあげたら、きっとミク先輩喜びますよ。これにしましょうっ!」
 ……結局、俺はグミの助言に従うことにした。お値段はそこそこしたが、俺に出せない値段じゃないし。名入れも頼む。
 名入れが完了したら届けてもらうべく住所を書き、支払いをする。その後で、俺はふっとあることが気にかかった。
「そういやグミ。お前も、もしかして同じもの持ってたりするのか?」
「あはは……実は迷ったんですよ。でもあたしはこっちにしましたっ!」
 グミはそう言うと、首から金色のチェーンを引っ張り出した。チェーンの先に着いているのは……何だ? 何か、妙な形……あ。
「半分に割ったハート?」
「正解でーす」
「もしかして、そのもう半分って」
「もちろんグミヤ先輩が持ってますよ。決まってるじゃないですか」
 おいおい。グミヤの奴大丈夫なのか。俺は、人事ながらグミヤが心配になった。


 ミクの名前を入れてもらったペンダントが届いた日。俺は、ペンダントの入った箱を手に、ミクの部屋の前に立っていた。覚悟を決めて、ドアを叩く。
「誰?」
「俺だ。入っていいか?」
 ……返事はなかった。仕方がないので、ドアを開けて中に入る。ミクは相変わらずぶんむくれた様子で、椅子に座っていた。
「何の用?」
「謝りにきたんだよ」
 俺は、巡音さんから聞いたことを頭に思い浮かべた。ミクにとっては、大事なもの……。
「あのペンダント……俺があげた奴だったんだな」
 ミクは下を向いた。
「……そうよ。クオがくれたの。ずっと前に」
「忘れてたんだよ。俺、小さかったから」
「わたしは憶えていたわ。ずっと大事にするって、約束したから」
 淡々とした声で、ミクは言った。
「ごめん。その約束ごと、俺が壊しちまって」
「謝られたって……もう、元には戻らないのっ……」
 ミクは悲鳴みたいな声をあげた。「ほら、これ」と、俺はミクの前に、持ってきた箱を差し出した。
「……これ何?」
「いいから開けろ」
 ミクは箱の包装紙を剥がして、中から出てきたケースを開けた。中を見て、びっくりした顔になる。
「これ……」
「前のと同じじゃないが、我慢しろ。三百円のペンダントなんて、二十歳過ぎた奴のプレゼントじゃねえ」
 ミクは落ち着かない様子で、ペンダントのトップに触れた。
「代わりにそいつを、大事にしてくれ」
「……クオのバカ」
 半分泣きそうな声でミクはそう言うと、俺の肩に自分の頭を押し付けた。
「滅茶苦茶、バカなんだから……」
「しょうがねえだろ。そういうふうに生まれついたんだから。……で、これでいいか?」
「……ダメ」
 おいおい、この上何を言い出すんだ、こいつは。俺はもう少しででかい声をあげるところだったが、すんでのところでこらえた。ミクの様子が、いつもと違ったからだ。
「ミク?」
「これだけじゃダメ。……次の春休み、わたしと一緒にニューヨークに行ってくれたら、許してあげる」
 ……そういうことか。意地っ張りめ。仕方ない。ミクはこういう奴なんだ。いつだって、お姫様。
「わかったよ。一緒にニューヨークに旅行しよう」
「うん。……わたし、これ着けて行くから」
 ミクはそう言って、俺が渡したペンダントを掲げてみせた。あ……笑顔。久しぶりに見た。俺は手を伸ばして、ミクの頭をぽんぽんと叩いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ロミオとシンデレラ 外伝その三十五【君に捧げるガラスの靴】後編

 とりあえずクオミク関連はこれで終了の予定です。

 しかしこの話のクオ、将来苦労しそうだなあ……。

閲覧数:1,114

投稿日:2012/07/17 19:01:21

文字数:5,164文字

カテゴリ:小説

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