〈シャングリラ第二章・四話②~続・マスターの試練~〉




SIED・KAITO




ここ連日、俺の訓練及びレッスンと同時進行で、マスターの試練は続いている。

今日は、別室で歩き方や立ち振る舞いなど、動作や喋り方の特訓を受けるとかで…かれこれ二時間こもっていた。


大丈夫だろうか、マスターの精神衛生が激しく心配だ。
昨夜も一晩中、俺の腕の中で何やらぶつぶつ呟いていたし…。
このままでは、近いうちに壊れてしまうかも知れない。

(ヤンデレ化してアイスピックとか…いやいやマスター、それは俺の仕事です、)

俺はどうしても我慢できなくなって、彼女のこもる部屋へと向かった。



☆☆☆☆☆☆



「…あの、マスター?まだ、終わらないんですか?」

「あら、カイト。そろそろ休憩してお茶でも飲もうと思っていたところなの、一緒にどう?」

部屋に入った俺を迎えてくれたマスターは、見たことのない穏やかな笑みを湛えていた。


え、いや、あの……これ、…誰?


「………、」

「カイト?どうしたの?変な顔しちゃって、」

おかしそうに口元に手を当ててコロコロ笑う、マスターと同じ姿をしたこの女性は一体誰なんだ。



「マ…スター…?」

「そうよ、私はあなたのマスター。忘れちゃったの?」

「え、だって、そんな…、」

にこにこにこにこ、あくまで穏やかに、静かに大人しく佇む彼女に、俺は戸惑うばかりでかける言葉も見つからない。


人は二時間で、こんなにも変わってしまうのだろうか…。


それともまさか、変なプログラムをインストールされたのか?いや、もしかしたらウイルスかも知れない。

って、マスターは人間だからそんなわけないだろう!

ああ、マズいな、だいぶ混乱している。






「…ふふっ、なーんて」

「………?」

「びっくりした?」

ぱっと一瞬で表情を変え、いたずらっぽく笑う彼女が跳ねるように駆け寄ってくると、俺に抱きついた。

「…びっくりしました、ついに発狂したかと…、」

「酷いなー、頑張ってんのにー、」

ぷくっと膨らませる頬とねめつける視線に、ようやく安心する。大丈夫だ、間違いなくこの人は俺のマスターだ。


「それにしても、言葉使いと仕草一つで全くの別人みたいになるんですね…、」

「だろ?自分でも驚いたんだけど…まだまだ慣れなくて…、」

竦めた彼女の肩を軽く抱きながら、そういえば珍しく病んでないなと思い当たる。女子力上昇特訓時は、大概死んだ魚の眼をするマスターなのに。

「あの、今回はその…何ともないんですか?」

「え…?あー、うん」

それだけで俺の言いたいことが伝わったのか、彼女が困ったように首を傾げた。

「俳優みたいに、役になりきって演技するって思えば、まだマシな感じかな。化粧とか服とかよりは大丈夫みたい、」

「なるほど、だったらそのうち化粧や服も『衣装』とか思えば慣れてくるかも知れませんね、」

「………………かな、」

あっ、しまった、また目が死んでいる…いいアイディアだと思ったのだけど、マスター結構デリケートな部分あるから…。



「あ、そうだ!」

いいことを思いついた。

数か月前のメンテの時、所長さんがテスト用にと、俺にいろいろダウンロードしたデータの中に、洋裁があった。

「あの、よかったらマスターの着る服、俺に作らせてください!」

「えええええっ!?」

「ちゃんとマスターの好みを反映させますし、既製品よりは抵抗ないのではと…、」

「………………、」

どうだろう、ダメだろうか、目を泳がせて回答を探す彼女の表情は、決して悪いものではない。




「じゃあ、試しに一着…お願いしてみようかな、」

「!!はい、喜んで!!!!!」

小さく呟かれた言葉に、俺は全力で返事をした。



四話③へ続く

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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シャングリラ第二章・四話②~続・マスターの試練~【カイマス】

着々と育成中。

第一章はこちらhttp://piapro.jp/antiqu1927の投稿作品テキストより。

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投稿日:2016/09/16 02:28:56

文字数:1,606文字

カテゴリ:小説

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