俺たちが所属する『神威研究室』は生徒十名と先生を合わせた計十一名で構成されている。しかしながら、現在この場には先生と生徒五名の計六名のみである。だがこれは決して残りの五名の生徒のつきあいが悪いということではない。その原因はリーダー的存在であるメイコに由来する。
俺とメイコは防歌炉大のM1、つまり修士一年の、いわゆる大学院生である。神威研は俺たちが三年の時に出来た研究室であり、当然のことながら俺たちが一期生だ。研究室に他の院生が居ないため、現在では奇しくも俺たち二人が最上級生となっている。その最上級生の一人であるメイコがほぼ毎週、酷い時には週に三~四日、飲み会を開催しているのだ。最初こそ全員参加していたものの、一人抜け、また一人抜け……自然とメイコ主催の飲み会に参加するメンバーは固定されてしまったのだ。
正直な話、ただの迷惑であったりするのだが……同じ最上級生であるり、メイコの事を一番理解しているであろう俺に『不参加』というカードは配られていない。そういった意味では、参加していない生徒からしてみたら俺もメイコと同罪なのかもしれな。
それはさておき、この飲み会での俺は『カントク』という立ち位置にいる。みんながあまりハメを外しすぎないよう、見守っていなければならないのだ。しかし本来この立場にいるべきは、俺じゃない。なぜならば、出席率『驚異の100%』を誇るセンセイがるからに外ならないだ。だがセンセイは完全なる駄目人間であり(なぜ彼のような人物が大学に勤めていられるのか、不思議でならない)、その扱いも先ほどの『あれ』なので、俺がその役割を務めている。メイコに振り回されるのはもう慣れっこだし、苦ではないのだが。飲み会の雰囲気とか好きだし。
「こらナス! 気持ち悪い目でミクのこと見てるんじゃないわよ!」
「アハハハハハ、ナスちゃんセンセイ、気持ちわる~い!!」
それにしたって、研究室に配属されてから間もないリンちゃんにまでこの言われようとは……流石にご愁傷様、かな? ってかリンちゃん、君はメイコに毒されすぎだよね……お兄さんは君の将来が心配だよ。
「もう、メイちゃんもリンも言い過ぎだってば」
ほら見ろ! メイコ、お前もちょっとはミクちゃんの素直さを見習え!
「うふふふふ、だよねぇ……ミクちゃ~ん、やっぱり君は今日も美しくて、優しくてそれでいて可憐だね! もう僕、ミクちゃんのこと大す――」
「黙れナス、准教授程度が調子乗るな」
……前言撤回。それだよミクちゃん、君の唯一の欠点は。どうしてお酒を飲むと突然、そんなに毒を吐いてしまうんだい? 先生限定だから俺に危害はないんだけども。それにしてもお兄さんは、非常に悲しいよ。
「ガビィィィィィィィィィィィンッ!!」
……黙れナス。
他人よりも耐性が強いのだろうか、どれだけアルコールを摂取したところで基本冷静を保っていられる俺は、飲み会も中盤にさしかかる頃には大抵、端の席に一人でいる。みんなを眺めながらちびちびとやっているのだ。すると大体、三人娘は固まって盛り上がり、レンは先生と二人で何やら話し込む。当然今日も例外ではなかった。
さて、そのようなグループ分けがなされて幾分か経つと――
「カイトー! アンタはまたそんなとこで一人になって! こっちに来なさい! 早く! 可及的速やかに!!」
「カイトくん! みんなの輪っかにちゃんと入りなさい! カイトくんはいっつもそう! 早くこっちにくーるーのー!!」
赤と緑に呼び出される。別に俺は俺でこの位置から輪に参加しているつもりなんだけどな。
「はいはい、わかりましたよッ、と」
見ているだけってのも割と楽しいんだぜ? なんて思っていることは口に出さず、おとなしく腰を上げる。
「ほらっ! カイトの席はここ! はーやーくー!!」
「わかってるから」
軽く嘆息し、二人の間に座る。
「もう、あんたっていっつもそうね。何で端っこに行っちゃうかなぁ!」
「カイトくん、協調性って大事だよ? ねぇ、頷いてるけどさ、本当にわかってるのかなぁ!?」
「そうよミク、もっと言ってやんなさい! ったく、この男ったら口ばっか! なに、そんなに寂しがり屋の一人好きなの!? まったく、アタシという女がいながら!!」
興奮気味のメイコだが、それも酒のせいにしておこう。だがその言葉に、それまで比較的落ち着いていたミクちゃんが激しく反応する。
「ちょっと待ってよメイちゃん! 確かにカイトくんは信じられないくらい寂しがり屋の一人好きだけどさ! そんなことよりも、『アタシという女』って何よ!? 聞き捨てならない! カイトくんはメイちゃんだけのものじゃないんだよ!?」
手に持っていたグラスを、大きな音が鳴るほどの勢いで、テーブルに置く。するとそれに対抗するかのように、メイコも割れんばかりの勢いでグラスを置き、
「はぁ!? ガキのクセにナマ言ってんじゃないわよ!! カイトはねぇ、もう身も心もアタシのものなの!!」
俺の左腕をずいっ、と自分の胸に抱き寄せたかと思うと、妙に艶っぽい声で囁く。
メイコの弾力のあるふくよかさが、接触部から一気に広がる。……役得?
「ふぅ~」
「ふひぃっ!」
すぼめた唇から、耳の穴に細い息を吹き込んでくる。唐突な感覚に、つい変な声を上げてしまった。うむぅ、耳の穴に息を吹き込まれて嬌声を上げない人間なんてこの世に存在するのだろうか。
そんな無駄なことを思考していると――
「うわっ!」
左側に引きつけられていた身体が、強い力で反対側に引っ張らる。メイコほどではないものの、柔らかいクッションに右腕が包まれる。
「ちょっとミク、何よ!?」
「だって……」
腕を包み込む力が一層強くなる。うん、今鼻の下、伸びてるわ。
「だ、だって、何よ……?」
ほっぺたをこれでもかと膨らませ、キッ、と睨(にら)み付けるミクちゃんに少し気圧されながら、何とか声を絞り出した様子のメイコは一歩退いた。
「だって……だって……メイちゃんばっかりズルいよ! いっつもいっつもカイトくんのこと独り占めにして! カイトくんはメイちゃんだけのものじゃないんだよ!? カイトくんはね、カイトくんはね……みんなのものなんだよ!? それに……私だって独占したいんだから……」
感情的になったミクちゃんがまくし立てる。最後の方はなんだか尻すぼみで小声になってしまったため上手く聞き取ることは出来なかったのだが……とりあえず俺は心の中でのみ、反論する。
(俺、『もの』じゃねぇから!)
しかしまぁ、そんな俺の心の声が二人に届くことなどなく――
ミクちゃんはそれから、少し俯いたかと思うと、
「だから……ぎゅっ」
シャンプーと香水の混ざった甘い香りが鼻孔をくすぐる。先ほどまでかなり強い力で抱きしめられていた右腕はついに解放されたが、その代わり、胸に程よい重量がかかる。
「え……ちょ、ちょっと、ミク……ちゃん?」
突然のことに動揺して、言葉を詰まらせてしまう。
「カイトくん、あのね……私にもね……ぎゅって……して?」
ドキドキしながら見下ろした俺の目に入ったは、こちらに全身を預けておずおずと見上げてくるミクちゃんの、潤んだ瞳だった。私にも(・・)、という部分はいささか気になったものの、ミクちゃんの綺麗な緑色の双瞳に見つめられてしまっては、それを受け入れる外なかった。というか、受け入れたかった!
「あ、う、うん――」
こんなにも可愛い女の子に抱きつかれ、さらに潤んだ上目遣いで『ぎゅってして』なんて言われてしまったら……うははははっ!
そっとミクちゃんの背中に腕を回そうとする。だが、横から出てきた手によって止められてしまう。
「カイトおおおおおお……アンタ、この手、何」
左の手首を、ヒトのものとは到底考えられない程の力で握りしめられ、俺は我を取り戻す。
「え、いや、あは……あはははは――何だろ……ね?」
首だけ向けると、額に青筋を浮かばせて口の端を不自然に釣り上げた鬼の形相ガガガガガガ――
「あは……あはははは……アハハハハハハハハハハハハ――」
恐怖のあまり、握られた手首を引き剥がそうとする。が、
「いててててて――」
「あんたねぇ、アタシという女が居ながら他の女、それもミクに手を出そうとするとはね……随分と良い度胸じゃないの!!」
『蛇に睨まれた蛙』って……多分今の俺だ。
だがしかし! やはり性に抗うことなどできないわけで。もうね既に右腕はミクちゃんをしっかりと抱きしめてしまっているのさ! あはははは――
ぐりぐり。
ミクちゃんは周りのことなど一切気にすることなく頭を押しつけてくる。いつもより少しだけ、活動的な印象を与えるポニーテールが、まるで犬の尻尾の様にぴょこぴょこと揺れている。何とも悩ましい……こんなに可愛い子のことを俺は無下にすることなど出来ない! 確実にメイコの雷が落ちるコースだとしても! それに、既に行動を起こしてしまったことは変えようのない事実な訳で。
「わかったよ、メイコ。とりあえずさ、手を離してくれないか?」
なるべく穏やかな声で微笑みかける。
「え……あ、ごめ――キャッ!」
メイコが手を離すのとほぼ同時に、今度は俺がメイコの手首をつかむ。そのままぐいっと引き寄せて――胸で受け止める。
「ほら、これでおあいこだろ? ったく、喧嘩なんかするなって。折角みんなで楽しくやってるんだからさ、申し訳ないだろう。それにさ、お前の方が先輩なんだから、ミクちゃんに優しくしてあげなきゃ駄目だって。その分俺がお前に優しくしてやるから、な?」
上目遣いで見つめてくる。メイコをジッと見つめ返しながらメイコの頭を『よしよし』と撫でてやる。するとメイコも力を抜いてもたれかかってきて――
「んもぅ。ずるいなぁ、カイトは」
口を尖らしたその頬は少し赤らんでいる。ったく、これだから酔っぱらいは。
「なんだそれ。ははは、まぁあれだ、酔っぱらいの世話は任せとけって! ほらミクちゃんも、よしよし」
仕方ない奴らだ、と自信満々でいると、が自信満々でそういうと、二人の身体が急に強ばる。ん、どうした?
「カイトぉ、もう一回、言ってみて?」
「カイトくん、もう一回、言ってみて?」
「な、何……をいててててててててててて――」
完璧なユニゾンで問いただしてくる二人は、何故だか思いっきり爪を立てきた。
「「今、言ったこと!!」」
またも完璧なユニゾン。これだけ息が合っているのなら、某使徒など苦もなく倒せてしまうのではないだろうか。しかし……何故? どうして? 何で二人はいきなり怒り出したんだよ?
「えぇと……酔っぱらいの世話は任せ――」
「「誰が酔っぱらいよ!!」」
言い終える直前、左右の平手打ちに顔が挟まれる。そんなの避けられるわけも無く――顔が腫れ上がる感触が。
「え、でもほら、お酒飲み過ぎちゃったから二人して喧嘩なんか……違うの?」
恐る恐る口にする。
「あれ……俺、変なこと言った?」
二人の顔を交互に見るが、両方完全に固まっている。これ絶対、地雷踏んだでしょ……。
一瞬が一生に感じられる、とはよく言ったものだ。ボク、イマ、ソレ、タイケンチュウデス……。やっと回路が繋がったのか、二人は俺を睨み付け――
「「この鈍感!!」」
<つづく>
私立防歌炉大学 海洋学部 海洋生物学科 神威研究室① <いつも通りのある日の飲み会> Part.3
カイトおおおおおおお!何かむかつくぞ!!自分で書いたんだけどさ!!
ってことで、カイトくんが本領発揮です。それはもう、盛大に本領発揮ですね。
そんなカイトくんなんて殴られて当然だ!
おっと、ナスみたいになってしまった・・・orz
じゃなくて。カイト達の身分が明らかになりました。メイコさん・・・もういい大人なのにね。それをいったら、ナスはもっと大人だけどさw
しかし、果たして読んでくれている人はいるのだろうか・・・説明文を(恥ずかしがりながら)書いていると、ついそんなことを考えてしまいますねw
っていうか、この説明文かいてるとなんだかプロの作家さん達があとがきに悩むのがうなずけるというw
あああ、そうじゃなくて!
拙作におつきあいいただきありがとうございます。
よろしければ次回も!
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