『けっして互いを蔑ろにしてはいけないよ』
それは、かつてマスターが何度も私達に言った言葉。
『お前達は二人で一つの存在なのだからね』
魂も力も、全て分け合った存在である私達。
けれど、けっして同じ想いを抱くわけではない。
#
「…これは……」
呆然と兄は呟く。その様が可笑しくて、思わず口元が緩んだ。
「ようこそ、私の庭園へ」
私達の前には、様々な花が咲き乱れる広場と様々な果実を付けた木があった。どれもこの季節には咲かないもの、ならないものばかり。私の魔法の成果の一つ。
「………」
けれど、兄が視線に捉えているのはそれらではない。
「…庭園?」
吐き出すように、兄は言った。
「どこが庭園なものか。これは…地獄だ」
兄の視線の先、花に囲まれた広場の中心。
錬成した檻がいくつも並ぶ、その中身。
「地獄とは失礼ね」
あらゆる魔法を掛け合わせて造った獣が、そこに居る。
「命を弄ぶことは禁忌とされていただろう…?!」
「弄んだ気はないわ。私は実験をしているだけ」
低く唸る合成獣の檻に近付きながら、私は続ける。
「ねえ兄様。私の力だけでもこれだけの事が出来るのよ?なのに兄様は魔術を使うことを拒んでいる」
「使う必要がないからだ。こんなものが無くても生きていけるだろう?」
「生死の問題ではないわ」
兄を睨みながら私は言い放つ。
「兄様は怖がっているだけよ。マスターの言いつけを破るのを恐れているだけ」
「そんなことは――」
「ないと言える?私よりマスターの教えを守っているくせに」
「………」
黙り込む兄にたたみかけるように私は続ける。
「マスターは、私達は『二人で一つの存在』と言った。けれど違うわ。私たちはそれぞれ違った存在。やろうと思えば新たな生物だって造れる」
背後の檻の群れを示す。私だけの力で造った獣達。兄がいなくても、私にはこれだけの力がある。
「兄様にだってこれだけの力があるでしょう?だから力を失うのを恐れているんじゃない?」
「………」
「私は違うわ。いずれ力を失ってしまうというのなら、それまで力を利用させてもらう。そして、必ずこの森の外へ出ていくわ」
「……だよ」
不意に兄は呟いた。俯けていた顔を上げ、私を見据える。
「無理だ。君にこの森は出られない」
「何故?マスターに魔術をかけられたから?」
ふん、と私は一笑する。
「どんなに強い魔術でも効果は永続しないわ。まして、抵抗するだけの力が身に付いたなら――」
「それが無理だと言うんだ」
強い口調で兄は私の言葉を遮った。思わず私は眉を顰める。
「…どういうこと?」
「…君は、『自分にはこれだけの力がある』と言った」
溜息を吐いて、兄は続ける。
「しかしそれは違う。君には…そして僕も、これだけの力“しか”ないんだ」
「…何よ、それ」
「君も分かっているはずだ。だからその獣達を檻から出さないんだろう?」
「何を言って――」
「ならば」
兄の視線が鋭くなった。まるで私が日記を見てしまった時のように。
「今すぐその子達を開放できるかい?」
「……っ」
しまった、と思った瞬間には遅かった。目も開けられないような突風が吹き荒れ、私は咄嗟に顔を腕で覆った。同時に背後で激しい音と咆哮が響き渡る。
「…やはりか」
あくまでも冷静な兄の声に、私は目を開けて振り返った。
「あの合成獣達の魔力が分散しかけているのは一目見て分かった。それを繋ぎ止めている仕掛けが檻にあることもね」
そこにあったのはただの鉄塊となった檻。そして、形を維持する力を失った獣の成れの果て。ただのどろりとした醜悪な液体だけ。
「君の力などこの程度だ。どれだけ修行したところで変わらない」
「……っ、だから諦めろというの?」
獣の残骸から目を離し、私は兄を睨みつけた。
「このまま一生この小さな森の中で暮らせと?冗談じゃないわ」
「…僕はこのままでいい」
ぽつりと兄は呟いた。
「私は嫌よ」
ぐしゃりと私は花を踏みつける。
「どんな手を使ってでも、私はこの森を出ていってやる」
転移の言霊を唱えた。ゆらりと景色が歪む。
だからだろう。兄の顔がどこか悲しそうに見えた。
或る詩謡い人形の記録『言霊使いの呪い』第五章
お待たせしましたorz第五章です。
もうすぐ佳境です。長い…
どーでもいいですが自分は書いてる途中で作品の軸となるテーマが思い浮かびます。原曲聴いてる時には思い浮かばないのに←
雪菫は『愛情』、言霊は『依存』。
12/29追記
無理でしたorz来年までお待ちください
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