黄の国の王子
黄の国王宮の中庭。薔薇が咲き乱れる庭園で二人の人間が対峙していた。一人は金髪に蒼い目の少年で、上質だが動きやすそうな服を着ている。もう一人は茶髪の女性で、赤い鎧に白のマントを着用している。二人はお互いに木剣を向き合わせていた。
少年は練習用の剣を両手で握り、正面の相手に振りかぶる。同じく練習用の剣を持った女性は片手で難なくその一撃を受け止め、僅かに眉を上げた。剣を交わらせたまま口元を緩める。
「上達しましたね。レン王子」
褒められはしたものの、少年は不満そうに目を細めた。子どもが大人に絶対に敵わないのは分かっている。八歳の自分が目の前の女性に勝てるなんて思った事もない。それでも、全力で打ち込んだ一撃を簡単に止められた上に余裕の笑顔を見せられれば、面白くない気分になるのは当然だ。
これが稽古のいつもの光景でも、自分の師匠が近衛兵隊長の肩書きを持っていても、悔しいものは悔しい。
ぐ、と歯を食いしばり、レンは腕に力を込めて剣を押す。空いていた左手を剣の腹に添えた女性は、表情を変えないまま声をかける。
「王子。こんな時に前へ力を入れ過ぎると危険ですよ」
ふっと力を抜く。
「え? ……あ!」
相手の剣から急に手応えが消えてレンはたたらを踏む。体勢を立て直そうとしたが、剣が磁石で張り付いたかのようになって自由に動かす事が出来ない。女性が力を入れ直して腕を振り上げる。合わせてレンの剣も跳ね上がり、胴体ががら空きになった。
まずい。
剣が弾き飛ばされるのはなんとか防いだものの、レンの顔に焦りが浮かぶ。強引に上げられた剣を構え直そうとした時には、胴体に相手の剣が付けられていた。
「このように力を流されてしまいます。攻撃を受け流す事も非常に重要です」
力で押す事だけを考えるとこうなると身をもって教えられ、頷いたレンは剣を左手に持って腕を下ろす。女性は剣を離して一歩後ろに動き、剣を水平に構えて切っ先をレンに向ける。
受け止めるのが難しい点の攻撃、突きを繰り出す姿勢だ。レンは再び両手で剣を握り、女性の攻撃を待つ。
レンが構えを取ったのを確認し、女性は攻撃を入れる。レンは相手の木剣の軌道をしっかり見極め、自分の剣を叩きつけて攻撃を逸らした。
「ここまでです」
数日前に教えられた突き攻撃の回避の仕方をおさらいして、今日の稽古は終了だった。緊張感が解けたレンは大きく一息つく。
「メイコ先生!」
剣を左手で逆手に持って両腕を下ろし、背筋を伸ばして直立不動の姿勢になる。
「ありがとうございました!」
女性を見上げて目を合わせてから、元気に挨拶をして頭を下げた。レンが礼をしたのを確認し、メイコも一礼する。
「先程も言いましたが、上達が早いですね」
レンは顔を赤くして目を逸らす。二回も褒められたと言う事は、多分本当に上達しているのだと思う。剣を止められた時は面白くなかったが、稽古が終わった後に言われると何故だか嬉しかった。
「僕、稽古以外でも、練習、してるから……」
こっそり練習している事を教えるのは恥ずかしいのか、レンはメイコと顔を合わせないまま小声で言う。
その姿に微笑ましくなったメイコはレンの頭を撫でる。王子と言う地位ながら、身分にかまけて鍛錬を怠る貴族の騎士とは大違いだ。
「偉いですね。その事は別に隠さなくても大丈夫ですよ」
メイコは手を離し、失礼しますと王宮内へと去って行く。レンはメイコの姿が見えなくなってから、頭にそっと手を当てる。
「……先生に、撫でられた」
はにかんでいるが、誇らしげな笑顔だった。
北から南へ縦断するように存在する広大な森。その森を境にして、この地は二つに大きく分けられている。
森から東側に存在しているのが黄の国。西側に存在しているのが緑の国である。黄の国の北、海を挟んだ向こうには青の国が存在していた。
黄の国王子、レン・ルシヴァニアは機嫌よく王宮内を歩く。時折すれ違う兵士や召使に理由を尋ねられれば、メイコ先生に頭を撫でて褒められたと無邪気に語り、聞く側の笑顔を誘っていた。
弾んだ足取りで廊下を進み、レンはとある部屋の前で足を止めた。ドアをノックして自分が来た事を伝える。
「母上ー! リーン! 稽古終わったよー!」
間もなくして中からドアが開く。控えめだが上品な、黄色いドレスを着た少女が姿を表した。雰囲気はレンに良く似ており、髪も目もレンと同じ色を持つ。
レンと顔がそっくりな少女、リン・ルシヴァニアは笑顔で迎え入れる。
「おかえりー! 入って!」
レンはリンに促されて入室してドアを閉めた。二人並んで部屋を進み、部屋の中央に置かれたベッドの傍に移動する。
天蓋付きのベッドに入り上半身を起こしていたのは、黒い髪に蒼い目を持った女性。ベッド脇に置かれた椅子に座ったリンとレンに優しい目を向けていた。
「母上。体の具合は?」
母と目を合わせ、レンは心配そうに問いかける。
元々体が強くない母は、この所体調を崩しがちだ。少し前までは家族一緒に中庭に出て遊ぶ事もあったが、今ではこうしてベッドに寝ている事が多くなり、リンと一緒にお見舞いをする日が増えてきている。
もっと体調が悪くなったらどうしようとレンは俯く。黄の国の王である父が、母の為に保養地を探していると聞いた事がある。実際忙しいのか、父と剣の稽古をしたり遊んでもらったりするのも減った。別にメイコ先生と稽古をするのが嫌な訳じゃない。ただ、父と一緒に過ごせる時間や、母と外に出る事が少なくなったのが寂しい。
「大丈夫。今日は体の調子が良いから」
心配しなくても良いのよ、と黄の国王妃は優しい息子の頭に手を置く。多少暗い顔色をしたレンが次第に笑顔になっていくのを、隣に座るリンはしっかりと見ていた。
「どうしたの? 凄く嬉しそう」
何が良い事でもあったの? とリンが聞くと。レンは撫でられる感触がなくなってから顔を上げ、聞いてよ! と目を輝かせた。そして、メイコからも頭を撫でて褒められた事をはしゃいだ調子で話す。
レンの師匠、メイコ・アヴァトニー近衛兵隊長は、『赤獅子』の異名を持つ騎士だ。そんな凄い人に褒められたのなら、嬉しいのは当たり前かなとリンは思う。
興奮したレンが一段落し、リンとレンは王妃と会話を弾ませる。喋っている内に夢中になり、二人はドアがノックされていたのに気が付かなかった。
「リン、レン。少し静かに」
子ども特有の甲高い声の間から入って来た音を拾い、王妃はリンとレンに喋るのを止めるよう指示する。急に静かになった部屋にノック音が届き、大人しくなったリンとレンは顔を見合わせた。
「何?」
「誰?」
リンは王妃を見つめ、レンは首を傾げて同時に言う。疑問と不安を浮かべた二人を安心させるように、お医者さんよ、と王妃は教える。
「二人が来ると、時間が経つのがあっという間ね」
リンとレンが見舞いにやって来てから、いつの間にか一時間以上が過ぎていた。
「医者の先生が困るから今日はここまで」
王妃に部屋から出るよう促され、レンは不服な顔をして訴える。
「えー、もう? 僕はまだここにいたい」
「我が儘言ったら駄目だよ、レン」
母とお医者さんを困らせるのはよくないと言って、リンはレンの手を引く。レンはなおも納得出来ない様子で口を尖らせていたが、また聞こえて来たノックの音にしぶしぶ頷く。
リンと共にドアの前へと移動して足を止め、レンはベッドに振り返って小さく手を振る。
「母上、またお見舞いに来るから」
「私も!」
二人が別れ際の挨拶をしてドアを開けると、ずっと待っていたらしい医者が廊下に立っていた。リンとレンはごめんなさいと一言謝り、医者を部屋に入れてから去って行った。
医者は小さな二つの背中を見送ってから王妃の傍へ移動し、診察の準備を進めながら微笑んで告げた。
「……いい子達ですね」
自分の子どもを褒められ、王妃は誇らしげな笑みを浮かべる。
「ありがとう。あの人と私にとって、自慢の双子よ」
「母上、元気になって欲しいな……」
また四人で一緒に庭園で遊びたい。メイコや母に褒められた名残なのか、レンは明るい表情で廊下を歩く。
「うん……。そうだね……」
純真無垢な笑顔のレンに対し、リンは少々目を伏せた暗い顔で足を進めている。何となく元気がないと思い、レンはリンに話しかけた。
「どうしたの?」
「……母上の体調がもっと悪くなったらどうしようって」
リンは立ち止まって俯き、自分の服を握りしめて答える。お見舞いの時には平気だったが、母の傍から離れると急に怖くなった。
同じ事を考えた双子の姉を少しでも励まそうと、レンは両手でリンの手を包み込む。姉弟の辛そうな顔を見るのは嫌だった。
「二人でお見舞いしてれば、きっと良くなるよ」
強がりを言ってみたが、リンは俯いたままで顔を上げない。むう、とレンは唸り、姉を元気付けるにはどうすればいいのかを考える。
何か笑えるような事を言ってみる。……いや駄目だ。今そんな事をしていい雰囲気じゃない。リンにこっぴどく怒られる、絶対に。他に何かいいものは……。
「――そうだ!」
いいことを思いついた。あそこならきっと喜んでくれるはず。
「リン。ちょっと付いて来て」
大声に反応して顔を上げたリンに満面の笑みを見せ、レンは手を繋ぎ直して道案内をするように歩き出す。
「え? 何? どこ行くの?」
リンは弟の行動に驚きながらも足を前へ動かしている。手を引かれながら何度もレンに行き先を尋ねたが、「着くまで秘密!」と朗らかに返されてしまい、訳が分からないまま王宮内を歩き進んでいた。
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