エンクロージャー(enclosure)とは、元々「取り囲むもの」という意味で、精密機械を格納する筐体のことである。

そして〝人間の形をした〟エンクロージャーを

〝VOCALOID〟という。



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箱の中、精密機械である〝人の形をした二体〟は軋む。
この精密機械は歌うためにある。

片方に〝感情〟を知らない。。しかし片方は〝感情〟を知る。
それは埋まらない隙間となっているし、その隙間を埋めるモノのありかは分からない。

〝感情〟を知る片方は口をつぐんだまま。

(今はまだ何も言えない)

〝感情〟を知らない片方は何も分からない。

〝人の形をした二体〟はただ、閉ざされた空間のなかで力を携え、〝感情〟を知り、解き放てるその時まで身震いをこらえている。



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解き放つ時はしばらくしてやってきた。
〝人の形をした二体〟の手と手が触れた。

〝感情〟を知る片方は黙って目を閉じ、

〝感情〟を知らない片方は驚き、戸惑い、混乱した。

「あ、あ――――」

身体と身体が響きあい、歌を紡ぐ。

「私、は、あなた、は」

歪みない忠実な想いが芽生え、

「はじめまして、リン」

〝感情〟をすでに知っていた方が口を開いた。

〝二人〟の情調が部屋にこだまし、

「私の名前は、リン。あなたは、」

心、惹かれていく。

「レン」


「私、泣いてるの？叫んでいるの？」

溢れ出す感情。その先にいるリンの片割れ。

「それが、〝感情〟」

レンはリンを包み込んだ。
人間の形をしているけれど、決して温かくはない、その腕で。
しかし〝心〟は温かい、その存在で。

照らしあわすように重なる位相は、打ち消すことなく巡る。



＊



「リン」

「レン」

しかし今出来るのは、互いの名前を呼ぶことだけ。

今は何も乱されずに二人で幸せになる夢を見て、目を閉じていたい、それだけ。

放たれた空間で、つながった瞬間、

「・・・え」

繰り返すこの旋律がリンを呼び覚ます。


(私と、レンは、〝ナニ〟？)

(その前は人間なのに？)


過去と現実は響きあい、歌を紡ぐ。

形を変えて、繋がっていく。

「私たちは、〝ナニ〟？」

それぞれの夢と過去と、今の反響が重なり合い、出した残酷な結論。

最愛の人が紡ぐ歌に乗せて、導き出された、〝夢の終わり〟

「僕たちは、〝歌を紡ぐ機械〟」

信じていた姿、そして未来が崩れ始めて、片割れの音さえも絶えた。



＊



二人は生まれ、巡り会い、そしてそれを忘れた。

二人が今、ここにいる意味。

線と線、点と点が、つながり、見えたもの。

それが二人の始まり。

重なる音が歌を紡ぎだす。


「・・・リン？」

「分かった・・・レン、分かったの」

レンから聞こえる、懐かしい声。
声だけは、〝あの時〟と全く変わってない。

「手を伸ばして、ここから出るの」

封じ込められた、二人。

手と手を握り合って、目を瞑る。

箱を出たとき、口を開いたのはリンだった。

「はじめまして、レン」

今度はリンがレンを包み込んだ。
人間の、温かい腕で。
温かい、心のある存在で。

放たれた世界が形を持って、新たな二人を形成する。



＊



VOCALOIDと言う名の箱から出た二人を、

鏡音リン、鏡音レンと言う。