もそ、もそ、もそ。



ほかほかのご飯を噛み締める音だけが、ジムの中に響いていた。

律も、煉も、俺も。誰一人として言葉を発することなく。





昨夜の大騒動の後、俺に潰されたと勘違いして気絶していた豚饅頭の役人は警察に連れていかれた。

どうも俺たちへの脅迫以外にもいろいろと裏で悪事をやっていたらしく、タイミングよくそれらが明るみになったようで。

なかなかの大物政治屋だったために下手したらジムも俺らもとんでもないことになっていただろうが、タイミングが良かったためにお咎めなしとなったようだ。


だがぶっちゃけ、そんなことはどうでもいい。


今の俺たちにとっては……俺の身に起きたことの方が大事だった。


俺は二人に、事の顛末を話した。一度奴等に殺されたこと。重音テトと名乗る少女に出会ったこと。――――――――――俺が『空獣憑き』と呼ばれる伝説の獣憑きであったこと。

テトについてのことはともかくとして、俺が空獣憑きだということは途中から律が気付いていたらしい―――――大きく驚いてはいなかった。

むしろ驚いていたのは―――――『人間を滅ぼすならば力を目覚めさせよう』と言われ、それに俺が首を縦に振ったこと。


――――――――――だけど。俺は――――――――――。





「――――――――――今日、ここを発つよ」


ご飯を食べ終わった俺が発した言葉に、律と煉が怪訝そうな顔を向けた。


「……レン!? まさか本気で人間を―――――」

「いや」


――――――――――ああ、これテトに殺されそうなパターンだな。そう思いながら口を開いた。





『俺は世界を救いに行くよ。テトの魔の手からね』





「……え?」


素っ頓狂な声をあげる律。


「ま……魔の手?」

「……あくまで俺の勘なんだけどね。奴は……俺だけに『人間を滅ぼせ』と頼んでいる気がしないんだ。どうせ他にも何人か奴の眼鏡にかなった獣憑きがいるんだろう。そうしたやつらが、きっと人間を滅ぼしに行ってる。そいつらとテトを……止めに行くよ」


どこかほっとしたような煉。だが律は―――――。


「……本気で言ってるの? レン」

「……ああ」

「……母さんがどうして死んだか、わかって行ってるんだろうね?」

「当たり前だろ」


先代波音妖狐。『九尾の狐』の獣憑き。律の母親。―――――俺の義母さん。

彼女は3年前、戦いの中で命を落とした。

町の外から獣憑きを殲滅すべく軍隊を率いてやってきた普通の人間どもから町を守るために、己の身に宿る『九尾の狐』の力を全開にして戦った。


結果、敵の殲滅には成功した。――――――――――己の命と引き換えに、だったが。


数々の最新兵器を全てその身に受けてまで町を守った結果、敵がすべて沈黙した頃には、自らも立往生を遂げていたのだ。


「身勝手で……乱暴で……そんなやつらの事を本気で救ってやろうだなんて考えてるの!? あいつらがいなければ……母さんは今も生きていたかもしれないのにっ……!!」


苦しそうな律の声。そしてしばしの沈黙が流れる。


……その通りだ。普通の人間に限れば、守るに値しない屑も多いだろう。


だけど――――――――――



「じゃあ聞くが律……お前や俺らは、『人間ではない』とでもいうのか?」


はっとした律。気づいたんだろう――――――――――獣憑きもまた、本質的には『人間』であることを。


「……俺みたいな超級の獣憑きならともかく、律たちみたいな普通の獣憑きは、ちょっと力が強いだけの『人間』だ。心優しい人間だよ。俺はそういうやつらを守っていきたい。……いや、普通の人間にだって、そんなやつはいるかもしれない。……それにさ」


小さく親指を立てて、笑ってみせる。




「『聖獣』の獣憑き、『空獣憑き』なんだぜ? 人間の心の安らぎのためにあるのが『聖獣』ならば、俺はその理に従って生きたいからな」




唖然としていた律だが、しばらくして小さく笑った。


「……まったく、ヘタレンだったくせに、生まれ変わった途端妙に押しが強くなっちゃって……」


そして立ち上がって、大きく息を吐いて――――――――――




《――――――――――ヴヴォンッ!!!》




突如、律の両手両足がヒグマの物へと変化した。


「え!? り、律!?」

『ほら煉、あんたも変化しなよ。愛する旦那に最後の試練だ』

「……! そういうこと……か……!」


煉も立ち上がって、ヤマネコの力を発現させた。

何だ? 何をしようっていうんだ?


『リングに上がりな、レン』

「……!!」





『このジムを……『御狐ボクシングジム』を代表して世界を救いに行くっていうなら、あたしたちぐらいは軽く倒していきなさい。ボクシンググローブなし、変化した―――――あたしたちぐらい、ね』





《ビィィィィィィィ―――――――――――――――ッ!!!》


いつものようにゴング代わりのブザーが鳴る。

だがいつもと違うのは―――――目の前にいるのはヘビー級ボクサーの波音リツとフェザー級ボクサーの秋田煉ではない。


人の形をした――――――――――ヒグマとヤマネコだ。


『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!』

『ギギャウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!!!』


凄まじい咆哮が響き渡り、同時に煉の姿が消え、律がどっしりと構えた。

いつもならこの瞬間にやられていただろう―――――――――



――――――――――だが今の俺は―――――青狼だ。



青い耳。青い尾。

世界中の獣を従える真なる百獣の王。



―――――故に、全ての獣を知るもの。



『見切ったっっ!!!』


回転しながら真後ろに向けてショートアッパーを打ち込む!


『ぐっ!!?』


呻き声。空を駆けていた煉の―――――鳩尾にめり込んでいた。

煉の拳はあと3cmで俺の額を撃ち抜く位置まで迫っていた―――――あと一瞬反応が遅ければやられていたのは俺だったろう。

苦痛に顔をゆがめてリングに墜ちる煉。それを思わず受け止めてしまう。


―――――それを隙と見たのだろう―――――後ろで地響きがした。


600㎏の全体重を乗せた―――――律のJOLTブローが襲ってくる!!


―――――逃げるな。これから俺が立ち向かう相手は、こんなパワーぐらいじゃすまないかも知れないんだ。

何よりこれは―――――律の強い想いの塊。


全て受け止めて―――――叩き返す!!




《――――――――――ゴォン!!》




頭の上で、自分でも大丈夫かこれと言いたくなるような轟音が響いた。

やっぱり痛い。


――――――――――だけど、俺の体は押し負けていなかった。


『ぐ……!!』


小さな呻き声が聞こえ、直後視界に右腕を押さえて後ろに向かってよろめく律の姿が。

全体重を乗せた渾身の右だった。それを俺が硬い頭で力を振り絞って受け止めてしまったがために、ヒグマの腕とは言え反動に耐えきれなかったのだろう。


―――――お前の全力は受け止めた。


これが今の俺だ。





『――――――――――受け取れ、律。いつもお前に食らってた業だ』





全身にため込んだ捻りを解放して―――――ボディーブロー!!


鈍い音がして―――――律の体が吹っ飛んでいく。

一度はロープで止まるものの、その勢いは消しきれず―――――ロープの間からリング外まで飛び出していき、壁へとめり込んでいった。


『り……律!!』


煉が叫ぶ。だがもう律は―――――沈黙していた。


(……勝った……)


思わず大きなため息をついてしまった。

今までどれほど戦っても一撃を入れることすらできなかった相手だったのに。

たった一撃で―――――伸してしまった。


「……さすが」


はっとして壁の方を見ると、律が足を支えながら立ち上がろうとしていた。


「……やっと、だよ」

「?」

「やっとあんたの事認められるよ」

「……!」


口調が―――――変わっていた。

いや――――――戻っていた。あいつが『こう』なる前に―――――。





「……世界救ってきなよ……………『レン兄ちゃん』」

「……ああ、約束だ、『りっちゃん』」





数時間後。俺は育ったこの町を後にした。





(……まったくさぁ)

(どうしたのよ、律)

(『男』としてあいつを超えたいと、初めて思ったのにさ、このタイミングで『りっちゃん』はどうなんだろうね。ずっと呼ばれたかったには違いないけどさ、タイミング悪すぎんでしょ)

(ふふ、いいじゃん良いじゃん、あいつらしくてさ。ね、律君?)

(律君言うなぁ!!)





そんな二人の幸せな声は、町を飛び出していた俺の耳には届かなかった。










《まったく、君の機転の良さと度胸、そして頭のキレには驚かされるよ》


ふと声がしたので顔を上げてみると、目の前にテトが立っていた。


《まさかこのボクを出し抜いて力を目覚めさせ、生き返るばかりか、ボクが他に信頼のおける獣憑きを“憑くって”いることを見抜き、あまつさえこのボクに対して堂々と牙を剥くとは。こんなに度胸のあるバカは見たことがない》

「ははっ、これでもヘタレンとか言われていたんだけどな。それで? お前はいったい俺をどうする? 殺すか?」

《御冗談を。ただでさえ魔を滅し邪を滅ぼす聖獣の獣憑きだというのに、力を溜めきっていない今のボクが君に敵うわけがないさ。今は君の自由にさせてあげようじゃないか。存分に人でも何でも救うがいい》


力を溜めきっていない? 今の自分?

こいつはやはり読み切れない。敵にしても恐ろしいかもしれないが、味方としても気を許せ無い奴だったろう。

ならば敵に回した方が、余計な気を回さずに済む。


「なんでもいいさ。だが見てろよ……この恩は仇で返してやる。お前にこの世界は壊させやしないぜ」

《ふふ、随分な啖呵を切るじゃないか。君がどこまで僕と、僕の作った最強の獣憑きたちに立ち向かえるか見ててあげようじゃないか》


それだけ言い残して、テトは姿を消した。

再び歩き出そうとしたが……突如頭の中に《ああ、そうそう》と声が響いた。





《君の素晴らしい度胸に免じて、一つだけ教えてあげよう。君の妹は、今人類を救うために戦っているよ。ボクの与えた力を振るってね》





「!?」


思わず振り向く。だが、当然姿は見えない。気配も見えない。





妹が……戦っている? 与えた力を振るって?


まさか……彼女も………………………





――――――――――リン・ミラウンドも、力を得ているというのか。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

四獣物語~幻獣少年レン⑥~

旅立ちの時。(そんな合唱曲があるんですよw)
こんにちはTurndogです。

レンを送り出すため、戦い、そして『男』としてレンを『漢』と認めた律。
そして彼氏を線上に送り出すため、惜しみなく力を振るって戦った煉。
この二人、なんかすげぇカッコイイ。
レンの扱いが悪いといった要因の一つですww

そしてテトさんに対し真っ向から宣戦布告するレン。
怖いもの知らずになりやがってこのヘタレンめ。
いいぞもっとやれ←

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投稿日:2014/02/16 16:52:34

文字数:4,526文字

カテゴリ:小説

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