そして世界は壊れる。
<王国の薔薇.12>
その日も、いつもと変わらず過ぎていた。
穏やかで贅沢な、閉じられた世界。
亀裂は急速に走った。
―――なんだろう。
急にざわつき始めた城内。真剣な、いや、恐怖感を漂わせた表情で口々に何かを喋る使用人や家臣達。
何かがあったのは分かった。
でも、何が・・・?
別に誰に声をかけようと変わらないけれど、少しでも話しやすい人がいないか辺りを見回す。―――と、庭師さんがいた。
「あの!」
「おお、レン坊」
振り返る彼もまた、他の人と同じく厳しい顔をしている。
やっぱり・・・何かあったんだ。何か悪いことが。
「何が、あったんですか」
尋ねると彼の眉間の皺が深くなる。
低い声で、彼は答えた。
「・・・反乱だ。大規模な」
「どこでです!」
「ここで」
「・・・え?」
余りにもあっさりと言われた言葉に、ぽかんと彼を見る。
え、だって、・・・ここ?ここって、首都の事なのか?
ここで反乱?そんな、馬鹿な。
でも。
「しかも反乱軍の先頭にはメイコ騎士団長がいる。―――彼女は職を辞した今でも人望がある。向こうにつく兵士も少なくないようだ。だけでなく用意が周到で隙も無い。明らかに練られた計画に基づいているみたいだ」
「・・・つまり、反乱というより」
僕が途切れさせた言葉を正確に汲み取り、彼は頷く。
「ああ、寧ろ、革命だ」
遂に。
僕は慄然とした想いでその言葉を聞いた。
遂に、来たか。
騒然とした城内で、リンは謁見の間でただ一人静かに椅子に座り込んでいた。
「王女!」
「何よ、煩いわね」
ため息と共に億劫そうに言われた言葉。
また、頭に血が上りそうになった。
気付いていないのか―――何が起きているのか。
ここまで自身の身に危険が迫っているっていうのに!
いや、落ち着かないと。
気付いていないなら僕が教えれば良いだけだ。
「大変です!」
「革命が始まったって言うんでしょ?もう聞いたわ」
「・・・は?」
どうして彼女は僕の予想していないことばかり言うんだ。
その時、僕は本気でそう思った。
「何、レン。なんでそんな変な顔をしているのかしら、分かっていたことじゃない。私を好きな人なんてどこにもいないんだから」
彼女はいかにも当然、といった顔で続けた。
「分からないの?所詮世界なんて判官贔屓の多数決だわ。お伽話と同じでしょ?訳の分からない理屈をこね回して民が攻めてくるの。私はそれを迎え撃つだけよ」
そこに悲壮感は無い。
まるで有名な劇の出演者に選ばれたかのようにあっけらかんとした言葉だ。
そんな簡単に言える状況ではないのに。
なのになんでリンはこんなに軽く言えてしまうんだ。
お伽話なら、最後に悪い君主が討たれて終わる。
でも、今君主の座にいるのは自分自身だ。
リンは、自分は死なないとでも思っているのだろうか。
―――だったらそれは間違いだ。人は簡単に死んでしまう。呆気ないくらい、簡単に。
僕もこの手でそれを実感した。
誰かが例外だなんて、そんなこと有り得ない。
「しかし、王女」
「煩いわね」
「逃げなければ、貴女の身にも害が」
「冗談じゃないわ!」
言葉を重ねる僕に対し、鼻で笑うように彼女は言い放った。
「逃げるですって?私があんな者達を恐れてるとでも思っているの?何故私がこそこそと逃げ隠れしなければならないの!」
駄目だ。
絶望的な感覚と共に僕は悟った。
リンはここから動かないだろう。
多分最後の最後、革命軍に捕まるその時まで。
何が彼女をここまで頑固にしているのかはわからない。或はそれは王族としての矜持かもしれないし、負けず嫌いな性格のせいかもしれない。
唯一つ分かるのは、彼女は避難することなくここで全ての成り行きを見ることになるだろう、ということだけだ。
僕にとっては、それだけ分かれば十分だった。
「・・・失礼致しました、無礼なことを」
結局彼女がどの道を選ぼうと、僕は既に自分の最期をどうするか決めていたのだから。
それから数日、革命軍はみるみる力を増していた。
だからといってあっという間に王宮に迫る事は無かった。最後まで戦おうという兵士が命を張って食い止めたからだ。
勿論彼等がリンの為に戦ったと考えるのは虫が良すぎるかもしれない。
彼等はそれこそ家族や自分を養うために戦ったのかもしれないし、単に戦うのが好きだったのかもしれない。
でも彼等の戦いは王女の、だけでなく、王宮に住まう者皆に時間を与えた。
日に日に少なくなっていく使用人や家臣。
櫛の歯が欠けていくように、彼等は隠すこともせずに王宮を後にした。
・・・王女を見捨てて。
『レン坊』
『すみません』
一緒に城を出ないか、そう誘われたけれど僕はけして頷くことは無かった。
『レン君、でも、それじゃ・・・!』
『・・・わかっています』
金髪でサイドテールの娘の言葉も遮った。
失礼だと分かっていたけれど、自分の意志が揺らぐことはないと確信していたから。
この命は、リンの為に使う。
最後の一滴まで、リンの未来を拓く為に使えれば悔いは無い。
だから。
『今までありがとうございました』
僕は笑顔で礼を述べた。
恐らくもう二度と会うことは無い彼等だ。別れの挨拶が出来るのは今しか無い。
だったら今、きちんと笑顔で別れを告げなければ。
『お元気で』
笑う僕がどう見えたのだろう。彼等は一瞬まじまじと僕を見つめた。
でも結局、彼等は辛そうに顔を歪めた。
『説得は無駄みたいだな。まあ、死ぬなよ、とは言っとく』
『・・・レン君、生きててね・・・!』
別れを惜しんでくれる彼等に、無言の笑顔を返す。
「はい」と言うのは簡単だった。
でも彼等を相手に嘘をつく意味が無い。だって彼等はもうここからいなくなるのだから、わざわざ騙す必要がないし。
だから、敢えて何も言わなかった。
纏めた荷物を重そうに持って行く彼等を黙って眺めていると、全てが終わるのはもうすぐなんだな、と実感した。
最古参であろうウィリアムさんも、いつの間にか姿が見えなくなっていた。恐らく彼もまた、この城を後にしたのだろう。
一人一人、彼女を護る盾となってくれる人が消えていく。
恐らく革命軍がここに辿り着いたとき、彼等を阻むものは何一つ残っていないはずだ。
その時を想像する。
がらんとした人気の無い城に溢れ返る革命軍。恐らくその先頭を切るのは騎士団長であった彼女だろう。
そして王女は捕らえられる―――最悪、その場で殺される。
そして時代が終わりを告げるのだ。
それが果たして人々に明るい未来を齎すのか或は逆なのか、僕には分からない。分かるつもりも無ければ、見て確認することも叶わないだろう。
まあ、カイトさんのような人が指揮をしてくれれば混乱期も比較的容易に乗り切れるだろうし、そもそも僕が心配することでもない。
僕が心配すべきは―――・・・一つだけ。
胸の前で手を握り込む。
さあ、最後の大芝居の幕を開こうか。
王国の薔薇.12
レン君が名前を呼んでないのは基本的に覚えてないからです。(酷
よっぽど覚えないと支障が出る場合しか名前を覚えないレン。
・・ゆがんでますねー
多分15話で終りになりそうですね!うわ予想を超過!
リンサイドが何話になるか・・・考えると怖いな・・・
あ、あと、白ノ娘には配慮していません。
でもなんか微妙にニアミスしてる設定とかあって・・・どうしよう・・・
まあ、在位時代の王女の内面は一人称では書かれてないのでまあいいか!と。
あと本家さんは「悪ノ娘」の娘は実際悪逆非道、という感じで行ってくれるようなのでちょっと嬉しいような、微妙なような。
正直実際悪ノ娘の歌の通りの性格が王女の基本性格だと思ってるクチです。
でも違う部分があっても大丈夫。
だってほら、これは二次創作ですので!(・・・
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ご意見・ご感想
れーら
ご意見・ご感想
えーと・・・。終わってないのにコメしてすみません。
初めまして、沙雲と言います。
1話目から見ていました!でも、コメする勇気がなくて・・・。
だから、今になってしまいました。
まだ終わってないのにレンの感情が痛いほどに分かり、涙腺が崩壊してしまっています。
勿論、良い意味で、です。
ドキドキしながら読んでいます。
ものすごく引き込まれます。
最後まで、頑張ってください!応援(?)しています!
2010/01/07 14:45:49
翔破
ありがとうございます!
いや、私もコメするのはためらっちゃう派なものでちょっと共感しました。
ドキドキしながら読んでもらっていると聞くと(読むと?)・・・こう、なんだか緊張がぐわっとくるようなこないような(どっちだ)
この辺は自分で書いてて楽しいので半分くらい俺得!の勢いです。
レンサイド、終りまであと少しですが、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
2010/01/08 04:34:05