8月15日 12:32
今日は異様なほど天気が良かった。
ジリジリと辺りを照らす太陽を周りの物を焦がしてもいいくらいで、テレビで見ただけだけど目玉焼きを作れそうな気がした。ついでにご飯も炊いて、昼飯の用意は出来てしまう。子供ながらになんて良い方法を思いついたんだろう。この熱気を逆に利用すればいいじゃないか……実に僕は賢い。
ただしそれは料理の話で、人体のことになると何が利用できるものか。直射日光を浴び続けていたら熱中症で確実に病院に搬送されてしまう。僕はその疑いを自分に今かけており、お婆ちゃんの差し出したあの古い帽子でも被っていけばよかったんだと後悔した。そもそもこんな暑い日に散歩なんて気まぐれにもほどがある。
通りかかった公園のブランコに、ふと人影を見つけた。某マイケルの得意としたムーンウォークを真似して後ずさり首を精一杯伸ばし(後から思ったがこれはかなり不格好である)ブランコに座る人を確認する。
「……あ」
クラスメイトだった。ザ・優等生かつクラス委員長兼風紀委員、色んな面で有名な影野ヒヨリ。校則は絶対、違反はしないし違反者も許さない。
ついでに友達も作らないため女子からはめっぽう好かれない。が、容姿は並より上なのは確かで、多少モテる。多分それも女子から嫌われる原因の一部に含まれている。
そして僕が今絶賛片思い中の人。顔とかじゃなくて、なんかこう一目見た瞬間ビビビッときて……あ、そこ笑うな。
そんな子が今公園のブランコで膝に何か黒い物体を乗せゆらゆらと揺れていた。
人気のない公園というシチュエーションに後押しされ、意を決して公園に足を踏み入れた。
ブランコの前に立ち、影野さんに自分の影を重ねる。ボーッとしていた影野さんは驚いたように顔を上にあげたが、すぐいつもの怪訝な顔に戻ってしまった。
「……何か用?」
「そっちこそ、何してんの」
「見て分からない?」
「わからないよ」
「……座れば」
適当にはぐらかされたように思えて僕は多少ムッとしたけど素直に横の空いているブランコにドカッと座った。
ふと影野さんが膝に乗せてる猫に目がいった。毛並みのよさそうな黒猫だ。
「その猫、どうしたの?」
「野良。抵抗しなかったから拾ったの」
「ふうん……」
野良猫でもこんな小奇麗な奴もいるんだな、と思いながらその猫をまじまじと見つめる。ふと目が合った瞬間、体がブルッと震えた。細くなった金色の目に何かしらの恐怖を感じた。
(普通の猫なのに)
野良猫は皆こんな狂気じみた目をしているのだろうか。そもそもこの近代化が進む世の中、野良猫を見たのは田舎に住んでいた小さいころ以来だと思い出す。
「影野さんはさ、」
「ヒヨリでいいよ、同い年だし」
「じゃあヒ、ヒヨリ。ヒヨリはさ、こんな暑い中ここにいて、暑くないの?」
「暑いよ、そりゃあ」
ヒヨリは黒いから結構熱くなっているだろう猫の背中をそっと撫で、
「夏は、嫌いだもの」
「じゃあ何で外に?」
「さあね」
何とふてぶてしい。学校での彼女のイメージはもっと厳しい人だったが……かなりくだけた様子だ。
くすくすとヒヨリが笑っていると、いきなり猫が立ち上がり猛ダッシュしていった。
「あ、待って」
変わらない笑顔で猫を追いかけるヒヨリ。その無邪気な様子を見て、やっぱり僕と同い年だなぁと思いながらつられて僕も後を追いかける。そこであることに気が付いた。
歩行者用の信号機が赤に変わった途端急カーブしてきた大型トラックと、それに気づかず猫を追いかけるヒヨリ。
その状況に気づいたその時には思考がこんがらがって、ついでに足もからまって無様に尻餅をついた。
反射的に目を閉じてしまい、視界は閉ざされたが耳にギイイイイイイイと悲鳴のような音が響いた。
その音に驚いて目を開けると、ヒヨリの姿はそこにはなく、黒猫が向かいの歩道でこちらを向いて佇んでいた。
よく見ると地面に投げ出された少女の体があった。激しい血飛沫が舞い僕に降りかかってくる。その血が匂わせる鉄の臭い、ぐちゃぐちゃになった少女。一瞬でそれが示す事実を理解した僕の喉から何だかわからないものが込み上げてきて、思わずむせ返った。
見たくなくて、後ろに目を逸らすと僕ら以外誰もいなかった公園に一人、赤い影がユラユラと揺れながら佇んでた。
「嘘じゃないぞ?」
顔はよく見えなかったが、その影は僕を嗤っているような口ぶりで喋った。
赤色に濁った視界、それでいて一面水色を保つ夏の空、事態をかき回すような蝉の音が僕の意識を全て眩ませた。
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