ほどなくしてミクに呼ばれ、リビングでテーブルを囲む。普段より1人多いので少し狭いが、たまにはいいだろう。
その1人は未だに居心地悪そうにしていたが、隣に座ったリンが絶えずしゃべり倒していたおかげか、少しはこの空気にも馴染んでくれたようだ。
俺はほんの少しだけ安堵すると同時に、この後の事を考えていた。
―Naked―
中編
夕飯をとってから数時間。めーちゃん、カイトの年長組に手伝ってもらいつつ、あれこれ準備をしていると、不意に廊下の方から扉の開く音が聞こえた。
僅かな間を置いて、リビングの扉からおずおずと包帯の巻かれていない頭がのぞく。
「お風呂いただきました、ありがとうございます。あの……すみません、こんなことまで……」
「気にするな、美憂のバンドの練習、遅くまでやってるんだろ? 難なら泊まっていってもいいぞ」
「い、いくらなんでも、そこまでは……! 申し訳ないですよ……」
俺の発言にあたふたとしだす帯人に、カイトとめーちゃんは顔を見合わせてくすりと笑った。
「そんなに焦らなくても、俺たちは気にしないよ」
「そうそう。前にも泊まった事あったじゃない」
「そうですけど、あの時とは違うじゃ……!」
「まあ、あいつの練習が終わるまではここにいろよ。お前も1人でいるより気が楽なんじゃないか? 嫌ならいいが……」
「嫌ってわけじゃないです、けど、」
否定の言葉を並べ立てるものの、目が泳いでいる。もう一押しといったところか。
「大丈夫だ、練習終わったら連絡よこすように頼んだから」
「え、でも、それ、」
「お前がいることは言ってないよ、心配するな」
嘘は言っていない。まだ練習中だろうから俺からのメールを見ていない可能性は高いが、言いたいことがあるとだけ連絡してある。帰宅前にこっちにメールなり電話なりしてくるだろう。
それを聞いて帯人の表情が少しだけ緩むが、なおも納得がいかないように袖口を指先でいじる。
「でも、ここまでしていただいたのに……」
「どうしても気になる?」
「そりゃあ、まあ」
めーちゃんの言葉に頷いた帯人に、思わず苦笑する。親しき仲にも礼儀ありとは言うが、別にいいと言っているのだから素直に言葉に甘えてくれてもいいのに。
俺は、美憂の事を従姉というより姉のような存在に感じているが、帯人も似たようなものだ。従姉のVOCALOIDというより、急に親戚ができたような感覚に近い。
何せ急だったから、最初は面白くなかったのは否定しないが、今では俺の中では身内の1人に数えられている。だから多少のわがままはむしろ嬉しいのだが、彼はそれを酷く気にする。まだ彼にとっては、俺たちは「よその人」なのかと思うと、正直な話、少し寂しい。
「そんなに気になるなら、少し付き合え。それでチャラだろ」
「え、付き合うって……え?」
俺の提案に、帯人はテーブルの上のものに初めて気が付いたように、戸惑いを露わにする。
夕方、めーちゃんと一緒に買い込んだり、家にあったのを引っ張り出してきた大小様々な瓶や缶。給料日が少し前にあって助かった。
しばらくぽかんとしていた帯人だったが、やがてじとりとした目を俺に向ける。
「悠さん……最初からそのつもりだったでしょう」
「バレたか」
「バレますよ、僕だって流石にそこまで馬鹿じゃありません」
「いや、でもさ、お前とゆっくり飲んだことはなかったから」
帯人と酒を飲んだこと自体は何度かある。が、毎回美憂が一緒にいたため、彼女の世話に専念する姿しか見ていなかった。
一度、美憂抜きで酌み交わしてみたかったというのも、本当の事だ。
しばらくむすりと俺を睨んでいた帯人だが、やがてふうと息を吐き出した。
「まあ……僕も少し飲みたい気分でしたし、それでいいのなら」
「そうこないとな」
小さな声を聞き取って、ようやくかと、こっそり溜め息を吐く。
俺の考えを理解していて敢えて乗ってきたのか、俺の建て前を信じたのかはわからないが、とりあえずこれで、少なくとも美憂より早く帰宅させる可能性は消えたと考えていいだろう。
「じゃあ帯人、ちょっと部屋に行こうか。まだ包帯巻いてないんでしょ」
「え? ……あ。すみません、忘れてました」
「いいよ、前にもやった事あるし。じゃあ、ちょっと行ってきますね」
にこりと笑って言ったカイトは、俺の返事を待たずに帯人の手を引いてリビングを出て行った。
VOCALOIDがより人間に近く造られるようになったとはいえ、流石に筐体の負った傷は自然治癒しない。帯人の場合は、過去にあった自傷の痕を全て残しているのだ、ちゃんと保護せずに傷口が広がりでもしたら目も当てられない。
「……手伝わなくて良かったんでしょうか、あれだけの傷を保護するとなると大変じゃ」
「めーちゃんを男部屋に行かせるわけにはいかないだろ」
着替えも兼ねているから、と言うと、彼女は納得したように、ああ、と声を漏らした。
彼の事だから、仮にめーちゃんが手伝っても何事もないとは思うが、普段男性陣が寝起きする部屋に女性1人を放り込むのは、よろしくないだろう。
「そのうち戻ってくるだろ。さっさと準備終わらせるぞ」
「はい、マスター」
と言っても、買ってきたのは俺1人。元からうちにあった分の酒を足しても、大した量ではない。
予想通り、ほどなくして2人が戻ってきた時には、テーブルの上の準備は整っていた。
「あれ、帯人、眼帯はどうした?」
「それが、替えを忘れてしまい……出血はしていませんが、やっぱり時々は替えないと汚れていきますから」
全身包帯を巻かれている中、唯一保護されずに閉じたままの右目に、思わず問うと、またもや申し訳なさそうに眉尻を下げて、彼はそう返した。
包帯はうちにある分でどうにかなったが、眼帯はなかったらしい。
「本当にすみません、包帯のお金はまた後日お返しします」
「あー気にすんなよ。うちではそんなしょっちゅう使わないし。それより」
飲もうぜ、とチューハイの缶を軽く持ち上げてみせると、帯人は諦め半分、苦笑半分といったように息を吐いて、俺の向かいの椅子に座った。
「カイト、お前どうする?」
「んー……お茶でいいなら」
「弱いってわかってんのに無理に飲めって言うかよ」
それを聞いためーちゃんが「よく言う」と呟くのが聞こえたが、無視。
カイトも苦笑いしたが、俺の隣、めーちゃんの向かい側に腰を下ろす。
「さて……」
改めて未開封だった缶に手をかけ、プルトップを引っ張り上げる。ぷしゅ、という音が俺の手元だけでなく、テーブルの向こう側からもう2つ聞こえてきた。
「とりあえず、乾杯」
缶が3本とグラスが1つ、ぶつかって音をたてた。
【オリジナルマスター&】Naked 中編【亜種注意】
どうも、桜宮です。
LとMをすっ飛ばしてのN、中編です。
そういえばお酒のシーンは久々な気がしますね。私自身はお酒好きですが、子供舌なのでカクテルとか果実酒しか飲めません……(´・ω・`)
あ、当たり前ですがお酒は二十歳になってから! あと、やけ酒もよろしくないですね……一回やりましたが、美味しく感じないですし悪酔いしますし、あと飲んでる時はよくても後から余計に気分が沈むという……←
まあそれはともかく。
残りは後編のみとなります。詳しい解説というか、私の考えもそちらで……。
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