突然だが、俺の趣味は楽曲制作でも音楽鑑賞でもない。両者とも、めーちゃんたちをうちに迎えてから趣味に変わった――趣味に変わりかけている、と言った方がしっくりくる。何せ、今でも楽曲制作は苦手なんだ。
では何が趣味かというと、意外だと言われたりもするのだが、散歩だ。
―Lullaby―
第一話
昔から、暇だったり、イライラしたりした時の気晴らしや、時には意味もなく、近所を歩いて、帰ってくる。
その季節の気温だとか、風だとか、風景だとか。そういうものを肌で感じたり、それなりの距離を歩き回った後の僅かな疲労感が好きなのだ。
そんなわけで、俺はよく近所を出歩いているし、近所のおばさま方やがきんちょどもに声をかけられる事もしばしばある。
「……あれ? 白瀬?」
だが、散歩中に同年代の男に声をかけられた経験は、そんなにない。というか今名前呼ばれなかったか、俺。この近所に、俺を姓で呼び捨てにするような知人は住んでいなかったはず。
一番近いのは上司兼VOCALOID所有者仲間の課長の住居だが、それだって美憂と同じマンションだから、散歩中に出くわすことはない、はず。そもそも彼と俺を同年代と表現するのは、少々厳しいものがある。四捨五入すれば10になる程度には年齢差があるからな。
……ならば誰だ?
疑問に思いながらも、足を止めて声の主を振り返る。後から思えば、少々うかつだったかもしれないが……幸いというか、顔を見るのは随分と久しぶりだが、彼は確かに俺の知人だった。
「やっぱり白瀬だ」
俺の顔を見て、懐かしそうに、そしてちょっと安心したように破顔した彼に、俺はぽかんとした。
「会えて良かった。実はちょっと道を間違えたみたいでね、心配だったんだ」
「え、た、橘先輩?!」
「うん、橘です。久しぶりだね、白瀬。何年ぶりかな」
おっとりとした口調で言って、彼はぽやんと笑った。彼の言う通り、最後に直接会ったのは何年も前だが、毎年年賀状を互いに送る程度には交流が続いている。
彼は、橘将哉。俺の高校時代の、1つ上の先輩だ。
口調に違わず穏やかな人だが、人付き合いが苦手になってやたら気を張っていた、当時の俺にめげずに話しかけてきたりと、案外図太い面もあったりする。
まあ、おかげで俺も三年になる頃には、随分と丸くなっていたように思う。
当時の事を懐かしく思いながら、最後に会った日のことを思い返して、年数を数えた。
「だいたい、8年か9年くらい前じゃないですかね」
「もうそんなに? 早いなあ。あ、でも白瀬が働いてるんだもんなあ。なんか、スーツだと変な感じ」
「何ですかそれ」
それなりの年数は社会人をやっているのだが。心外だと言わんばかりに声をあげると、橘先輩はごめんごめんと苦笑した。
「でもほら、最後に会った時はまだ高校生だったじゃない」
「卒業直前でしたけどね。と……そういえば先輩、どうしてまたこんなところに?」
道に迷っただの会えて良かっただのと言っていたが、俺に何か用なのだろうか。
そう思って問うと、彼はああそうだった、と少し笑みを引っ込めた。
「ちょっとね、白瀬に相談したい事があって」
「相談ですか? 連絡してもらえれば俺の方からそちらに行きましたよ」
「あー、うん、うちではあまり落ち着いて話せないだろうから」
それでもせめて、来ると一言言ってもらえたら、駅まで迎えに行ったのに。それとも、突然来るほどの事なのだろうか。
「ひとまず、うちに行きましょうか。立ち話も難ですし……あ」
「どうしたの?」
「いや、このまま戻るのもまずいかもしれないと思いまして」
かと言って、他に行くあてがあるわけでもないのだが……俺としたことが、こんな事を忘れていたなんて。
恐らく、わざわざ"俺を"訪ねてきた理由も、その辺りが関係しているだろうに、間が悪いとはこのことだろうか。
さて、どうしたものか。
「戻らなかったら戻らなかったで、面倒な事になりそうだしなあ……」
「えっと、白瀬? 何がそんなに……」
戸惑い気味に橘先輩が問いかけてきた瞬間、俺たちの背後から足音が聞こえてきた。
歩いているのとは違う、たたたた、と、間隔の短い足音。まずい、と感じた時には、その音はすぐそこまで迫っていて。
「どの面下げて来やがったこの馬鹿ああああっ!」
「へぶっ」
助走をつけての跳び蹴りを背中に食らって、先輩が地べたに転がされる。俺がフォローする間もなかった。
「悠に会いにきたら散歩に行ったっていうから、待ってたらなかなか帰ってこないし、探しにきてみれば……!」
「や、やあ、久しぶり、美憂さん」
流石に笑顔を若干引きつらせながらも、先輩は律儀に挨拶する。
一方の美憂は、先輩を蹴り倒した体勢のまま、半ギレの表情で彼を見下ろしていた。
「ちょ、ちょっと美憂さ」
「帯人は黙ってて!」
「……はい」
彼女と一緒に来ていたのか、帯人がおろおろと美憂をなだめようとするが、鋭く一喝されて引き下がる。こんな剣幕の美憂は珍しいが、彼も慣れていなかったのか、可哀想に、半泣きだ。
「は、悠さん……」
「仕方ないから放っとけ。しばらくしたら落ち着くだろ。……多分……」
「はい……あの……どなた、なんですか……?」
ああ、なるほど、知らなかったのか。そりゃあ美憂の反応に驚きもするだろう。
言うべきか迷ったのは、一瞬だけだった。
「俺の高校んときの先輩。で、」
「結婚したなら言ってくれたっていいじゃない! 祝うくらい、させなさいよ馬鹿! 気を使ったつもりだったわけ?!」
簡単に説明しようとした俺の声を遮って、美憂が橘先輩に怒鳴った。
その内容に何を思ったか、帯人の顔がひくりと強張った。ぎぎぎ、と音が聞こえてきそうなぎこちなさで、改めてこちらを振り向く。
「えーっと……悠さん。悠さんの先輩で、何でした?」
笑えてないぞ、帯人。何を想像しているかは知らないが、近からずも遠からず、だと思う。何せ、美憂の彼に対する態度は、ただの知り合いの域を超えているように見える。
だがしかし、訊かれたなら答えねばなるまい。
「……美憂の元彼」
橘将哉。
俺を可愛がってくれた先輩で、美憂同様、立ち直る助けになってくれた恩人の1人で。
そして8、9年前の春先、俺の高校卒業の直前まで美憂と付き合っていた男性である。
【オリジナルマスター】Lullaby 第一話【注意】
お久しぶりです。桜宮でございます。
……最近投稿するたびに「お久しぶり」と言っているような……(汗
そしてこれまたお久しぶりのErrorシリーズ更新です。頭文字、Lまできましたねえ……。何気に
Nまで決まってたり←
で、また懲りずにオリキャラ出してしまいました。
橘将哉さん。悠さんの先輩で、学生時代に美憂さんと付き合ってた元彼さんです。
出だしはこんなんですが、後からちゃんとボカロさんの話になっていきますので……!w
さて、今回のタイトル。
『lullaby』は『子守歌』。動詞形では『寝かしつける』『落ち着かせる』という意味があるそ
うです。語源となっている『Lull』は、『(疑い、恐怖などを)静める』『凪ぐ』だそうで。
上手く生かせるか今更ながら心配になってきましたが……ぼちぼち書いていこうと思います。
では、よろしければお付き合い下さい。
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日枝学
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展開うめえええええ 面白いです!
面白い展開作れるのいいなあ 執筆ナイスファイトです!
2011/06/27 21:58:43