夏の風物詩と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
夏祭り、花火大会、盆踊り、風鈴、スイカ、海水浴……ざっと挙げただけでもこれだけある。
しかし、これを覚えている人も多いのではなかろうか。
「怪談、するか」
夏なんだし、と言ったマスターは、例によって例のごとく、酷く楽しそうだった。
たっぷり数秒の間をとった後、皆を代表して、仕方なく私が口を開いた。
「……マスター、とりあえず懐中電灯は消して下さい。子供じゃないんですから」
―Joker―
これほど楽しそうなマスターを止めるのは、私たちには難しい。それが身にしみているので、怪談をするという突発的な案はあっさり私たちに了承された。
それに、「夏だから怪談でもしよう」という意見もわからないでもない。
ただ、マスターにかなり譲歩してもらい、怪談はするものの、部屋の明かりは点けたままにしてもらった。
「ちなみにお前ら、何か怪談の類の話、知ってるか?」
我が家のVOCALOID全員を練習部屋に集めたマスターは、輪になって座っている面々を見回して問う。
だが、たかだか数年の記憶しかなく、普通の人間より活動範囲の狭い私たちが、そのような話を知っているはずがない。
知っているにしても、学校の七不思議だとか、全国的に有名な化物や妖怪の逸話といったものが関の山。
それはマスターも予想していたらしく、揃って首を振った私たちに苦笑して、やっぱりか、と呟いた。
「仕方ないな……俺が話すか」
そう言っていつになく機嫌の良さそうなマスターは、私とミクの間に腰を下ろした。
どう話すか迷っている様子だったが、それも少しの間で、すぐに顔を上げる。
「大抵の人間がどこかで聞いたような怪談には、よく取り上げられる物や場所がある。その1つに鏡があるんだが……今回俺が話すのも、鏡の話だ」
話し出したマスターは、雰囲気作りでもする気なのか、違うのか……顔から笑みを消していた。
「お前らが知ってるかは知らないが、鏡に映っている自分に向かって『お前は誰だ』と言い続けると気がふれるって話があってだな。それ自体は心霊現象とは何も関係はない。
正確に知ってるわけではもちろんないが、精神的な何かが関係してるんだと俺は思ってる。俺も昔に一度だけ好奇心からやってみたんだが、だんだん自分に自分の存在を問われているみたいで気持ち悪くて、すぐやめた。
……が、どうもそうとは限らないらしい」
リンとレンが、ごくりと唾を飲んだのがわかった。心なしか、ミクも身を固くしているように見える。
カイトは一応年長者だし、3人よりは落ち着いているようだ、と思いきや、膝の上で拳をぎゅっと握っていた。
冷静なのは私だけか。私も空気を読んで少しは怖がってみるべきなのだろうか。
「ある男が……仮にAとしようか。Aはやはり軽い気持ちから、真夜中に鏡の前に立って、鏡の中の自分に『お前は誰だ』と話しかけた。言い続けるうちに、Aが俺みたいに嫌悪感をおぼえたかはわからない、が、Aは長いこと鏡に向かって問いかけ続け……しばらくして、彼は何か妙だと気が付いた」
ここで私は、おや、と思った。
にわか雨だろうか、窓の外で激しい雨音がする。
こういう突然の大雨は、この時期にはよくある事だが……いつから降っていたのだろう。まったく気が付かなかった。
「自分はずっと訊いていたはずなのに、いつの間にか、勝手に鏡との会話が進んでいたんだ。『お前は誰だ』と訊かれるのが、自分に変わっていた」
「それって、鏡の中の自分が勝手に喋ってたって事?」
声をひそめてリンが問うが、話の結末を思って内心興奮しているのが顔に出ていた。
「そうとも違うとも言い難いな。とにかく、Aは自分が聞き役に回っている事に気が付いて、当然困惑した。鏡が喋るはずなんてないからな。
だが、呆然としているAに、鏡の中のAは笑って、その場からどこかへ歩いていってしまった。……さて、何があったかわかるか?」
訊かれなくとも察しはついたが、なんとなく、口に出したくなくて沈黙していた。
誰も何も言わないのを見て、再びマスターが口を開く。
「鏡が、こことは違う世界に繋がっているって話、聞いたことあるか? それがあの世だったり、パラレルワールドだったり、いろんな場合はあるが、もちろん全部根拠も何もあったもんじゃない、想像上の話だが……」
何度も問いを重ねるうちに、鏡の向こうにいたAが、鏡のこちら側のAと入れ替わっていた。
口に出すのは簡単だが、いまいち頭が受け入れてくれない。
怖いからじゃない。ただ、怪談としてはベタだな、という感想が先にきたからだ。
「最初はAも気付かなかった、だが鏡から離れて部屋を出ようとすると、ドアも窓も開かない。そこで初めて彼は……」
ドシャーン!
突然の光と音に、思わず私たちは身をすくめる。
雷が落ちた、と理解するのとほぼ同時に、部屋の明かりがぱっと消える。
「え、何、何これ……っ」
「ただの停電よミク、じきに復旧するから大丈夫」
怯えた声を発したミクをなだめて、じっと電力が回復するのを待つ。
思った通り、そう時間がたたないうちに蛍光灯が瞬き、明かりがついた。
「はぁ……びっくりした」
「すごい雷でしたね、マス……あれ?」
ほっとしたようにマスターに話しかけようとしたカイトの表情が、戸惑いのそれへと変わる。
私もふと横を見て、その理由を理解した。
「マスター?」
ついさっきまで隣にいたはずのマスターが、いない。
一体いつ、どこに行ってしまったのか……。
とにかく家の中を探してみようと立ちあがった、その瞬間に部屋のドアが開く。
「お前ら……何やってんだよ、あんな暗い中」
呆れたような声で言うのは、探そうとしていたマスターその人で。
まだ腑に落ちないが……知らないうちにブレーカーでも見に行っていたのだろうか、と、ひとまずそう思う事にする。
「何って……別に何もないですけど。それでマスター、あの後どうなるんです?」
何気ない調子で話の続きを促す。
最後まで聞かないのは、なんとなく落ち着かない。
マスターは一瞬きょとんとしたが、すぐに苦笑してこう言った。
「めーちゃん……何のことだ? それ」
その後、マスターにそれまで怪談を聞いていた事を話したが、知らないの一点張りだった。
そもそもマスターは美憂さんと飲みに行っていたらしく、確かに雨に降られたように髪も服も濡れていた。
マスターは後から、お盆だからご先祖の霊が出たのかもしれないと、冗談でも言うように話した。
あの時聞いた怪談が、マスターが幼い頃に夢で見たものだと知ったのは、それから何日もたった後の事だった。
【Errorシリーズ】―Joker―
わっふー! どうも、桜宮です。
夏、お盆、ということで、こんな話でも。
しかしやっぱりこういう話は苦手ですね……(´・ω・`)
鏡の話は、ちょっと聞いただけなので色々私の勝手な解釈が入ってます。あまり真に受けないで下さいませ……!
ちなみに、お盆のことも、宗派によってはご先祖の魂が帰ってくるという話にも違いがありますので、細かいことは突っ込まないで下さい(;`・ω・)
ということで、久しぶりのErrorシリーズの更新でした。
今回のタイトルは「Joker」ですが、これは「道化」、「冗談をいう人」という意味です。
他にも「うぬぼれ屋」とか、トランプのジョーカーの意で「切り札」とかもありますけど、今回は「道化」で。
結局、この場でからかっていたのは、からかわれていたのは誰だったのか……。
まあ、一番ふざけてるのは私ですが←
では、ここまで読んでくださってありがとうございましたー!
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