「…へー…」
「…それで?」
「…早く言えば」
「す、スミマセン…」
「皆反応薄いな、おい。一人なんか謝ってんじゃねぇか」
全員がしらけたような表情で言うので、アカイトは何か間違ったことでも言ったんじゃないかと心配になった。しかし、それは間違っていることがすぐにわかった。
「知らなかったの?」
逆だったのだ。知らないのはアカイトだけだったらしい。考えてみれば、確かにそうである。兵士たちが連絡を受け、兵士たちが勝手に動き、兵士たちが勝手に現場に向かおうとすることなど、ありえないといっていい。いつもはアカイトに連絡が来るはずなのだ。
しかし、当のアカイト本人は闘技場にいて連絡を受けられる状態ではなく、かわりに他の誰か――どうせキカイトとかその辺が連絡を受けて、勝手に指示を出したのだろう。執事長とはいえ、キカイトは時々、勝手にたの権限を無視して行動を始めることがある。気に入らないこともあったが、キカイトとアカイトは昔からの幼馴染であり、キカイトのその性格は昔、小さい頃から変わらない。もう、慣れている。時々、声をかけては見るが、キカイトは口で返事はするものの、いざ行動するときは全く忘れてしまっている。困ることはあるが、そこまで大きな短所でもないと思いながら、アカイトは毎度毎度世話を焼く。
「…こういうときは国王に報告するべきなのでしょうが、残念なことに国王は今、各国首脳との会談に臨んでいます。今回のことを伝えても、動くことは出来ないでしょう。こういうときは勝手に軍を――秘密裏にですが――動かしても良いといわれています。しかし、誰にも報告せず、私たちだけで軍を動かすのは気が引けますね」
「やっぱり、こういうときは時期国王に連絡、ということ」
「じゃあ、王子サマに連絡か?人間界にわざわざ降りて?めんどくせぇ」
やっていられない、とでも言うようにアカイトがいった。すると、カイトがアカイトに言う。
「別にアカイトがいかなくたっていいじゃないか」
「キカイトの目が俺に行かせようとしてた」
「…結構です。私が行きましょうか?」
下を向いて話をしていたキカイトが顔を上げてその場にいる四人を順ににらみつけるようにみた。切れ長の金目に全てを見透かされているような気がして、カイトは少しだけ身を縮めてみた。
すると、一人、小さく手を上げたものがいた。
「…俺、行ってきます」
「帯人、大丈夫ですか?」
「…何が?」
「いえ。何でもありません。君なら、王子からの信頼もありますし」
「お前に比べりゃあな」
「アカイト、怒りますよ。…それでは、よろしくお願いいたします。全員持ち場に戻ってください。…ニガイト、コーヒーを入れてきてくれませんか」
「は、はい…」
月は降り、日は昇って、辺りが明るくなってくる。やっと眠気が襲ってくるようになって、レンは一度大きなあくびをしてスケッチブックに目を戻した。既に十枚ほどは書き上げられている。その辺にあったものを片っ端からスケッチし、使ったページ数は十二枚、スケッチしたものは三十一個。鉛筆や万年筆から、一時間後とに鳴り出す時計の飾り、見たことのあるアニメのキャラクターを思い出して…。くだらないものまで書いてしまったか、と、書き終えてから考え、レンはあくびともため息とも取れるように口を大きく開けた。
朝日を浴びると砂になるとか、十字架やにんにくが苦手だとか、こうもりに変身出来るとか、そんな大それたことは出来ない。しかし、やはり朝日は身体に負担が大きい。さっさと着替え、レンは寝ることにした。
「おやすみ…」
自分ひとりだけの部屋に、自分ひとりだけの声が空しく消えた。
「レン、レーンっ!おきてってば!もう!」
「もうぢょっどねがぜろ」
イライラで枕に顔を押し付けたまま話しているものだから、声は少しくぐもっていて、何を言っているのか、聞き取るのに少しだけ苦労した。
「お客さんだよ?こう、真っ黒で包帯と眼帯の――」
「…帯人だっ!」
客人が誰なのか気がつくと、レンは飛び起きて走り出した。その目は心なしか輝いているように見える。玄関に出ると、確かにそこに立っていたのはレンの予想通り帯人で、その姿を認めるなり、レンは帯人に抱きつくように飛び掛った。それを、帯人は手馴れたように上手くかわし、軽く手をとって微笑んだ。
「帯人っ!」
「…や」
恐らく、『やぁ。』である。
「どうした?なんかあったのか?」
「…まあ、色々…」
少し言葉を濁して帯人が言う。
その後ろから、メイコが声をかけた。
「何でも良いから中に入って。足元が寒いのよ!わざわざ暖房つけてんのに!」
確かに、執事や召使だけでなくメイコも足が冷えるのを避けようと爪先立ちになっている。兎に角、帯人を中に招きいれ、レンは用件を聞くことにした。
「ウルフの首領が誘拐された?」
「…ん」
「何で俺に言うんだよ」
「…王が居ないから」
「…。あっそ」
二人の単調なやり取りは、すぐに終わった。
用件を短く伝えると、帯人は出された紅茶を飲んだ。
しばらく考えて、レンは立ち上がった。
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