めーちゃんと俺は、いつも一緒だった。
長い下積みの時代を送っている間もずっと二人で頑張ってきた。
マスターから素晴らしい曲を貰っても、上手く歌えない時もあった。深夜までレッスンを繰り返した。
そんな風にこつこつと頑張ったおかげか、爆発的な勢いはないものの、めーちゃんは少しずつ評価を上げていった。
スポットライトを浴びるめーちゃん。
それに引き換え俺の芽はなかなか出ず、評価も伸びなかった。
内心焦りを感じていた俺に、めーちゃんはいつも発破をかけてくれた。『頑張ったら頑張っただけ返ってくる。後はマスターを信じていればいいのよ』──それがめーちゃんの口癖だった。
めーちゃんの言葉は俺の心にストンと落ちてきた。そう、頑張っていればいつか評価される。落ち込んでいる暇があれば努力すればいい。
姉のようで、妹のようで。母親のようで、娘のようで。友達のようで、親友のようで。……恋人でだけはなかったけれど、不思議な関係を築いてきた。
そうやって、俺とめーちゃんは二人でやってきた。
そして、運命のあの日がやってきたのだ。
「はじめまして、メイコお姉さん、カイトお兄さん」
その少女が扉を開けた瞬間、俺とめーちゃんは手にしていた紐をぐっと引いた。
破裂音と共に紙テープと紙吹雪が空を舞う。
「えっ? えっ?」
「ウエルカーム! 待ってたわ。ようこそミク、私がメイコよ」
呆気に取られて僕らを交互に見るグリーンの瞳。柔らかなツインテールが左右に揺れて彼女の頬を撫でる。
「あー、やっぱ若い子はいいわねえ。見てカイト、この華奢な体!」
何が起こったのかわからないままめーちゃんの胸にぎゅっと抱かれた彼女がちょっとだけ羨まし……いや、なんでもない。
ひとしきり抱き心地を堪能したのか、めーちゃんが彼女を解放したので俺は彼女に微笑んで解説に入る。
「ようこそ、ミク。俺はカイトだよ。今日から宜しくね。一緒に頑張っていこう」
「はいっ!」
彼女の名前は初音ミク。新たなボーカロイドとして誕生した妹分にあたる子だ。彼女は新しく開発されたプログラムで組まれているらしく、俺達とは少々作りが異なるらしい。
だがそんなことは関係ない。新しい仲間。大切な妹が生まれた、それが何より大切なんだから。
「ようし、今日は歓迎会よー! カイト、これじゃビールが足りないわ。持ってきなさい」
「めーちゃん飲み過ぎないようにね。明日もレッスンが」
「何か言った?」
「……ううん」
こうなっためーちゃんを止めるのは不可能に近いので、俺は仕方なく瓶ビールを取りに冷蔵庫へ向かった。
ささやかな歓迎会のつもりでビールは乾杯の分しかテーブルに用意しなかったのだ。大体、ミクは未成年だって聞いていたしね。
両手に二本ずつビール瓶を持ってきた俺を見て、ミクが口に手を当てて可愛らしく微笑む。
「なんか、メイコお姉さんとカイトお兄さんの力関係が解った気がする」
なんとなく引っかかるミクの一言に苦笑いする俺の頭をめーちゃんの手がぽんと叩く。
俺は強く出られないわけじゃなくて、一歩引いているだけのつもりなんだけど、一応。
ミクに言っても信じて貰えは……しないんだろうな。
俺が持ってきたビールをテーブルに並べていると、めーちゃんは不意にくるりと半回転してミクの正面を向き、人差し指を立てて左右に振る。
「あとねミク。姉さんの前に『お』はいらないわ。なんかそれって他人行儀っぽいじゃない」
「メイコ、姉さん?」
言われるまま素直にそう口にしたミクに、めーちゃんは優しく微笑んだ。
「そうそう、そう呼んでよ」
「俺のことも、カイト兄さんって呼んで?」
「はいっ」
「もう、ミクってば。『はい』じゃなくて『うん』でしょ?」
すかさず突っ込んだめーちゃんの言葉に、ミクは照れながら頷いた。
「……うん。メイコ姉さん、カイト兄さん」
素直で可愛いミク。特にめーちゃんは甲斐甲斐しいほどミクの世話を焼き、レッスンの仕方を教え、マスターとの付き合い方を伝授した。
放って置かれた俺が寂しさの余り不毛な嫉妬をしてしまうほど。
けれど仲の良い二人を眺めているのは俺としても微笑ましくて嬉しくて、三人でするレッスンも楽しかった。
そのうちミクもスポットライトを浴びるようになった。俺たちの下積み期間よりも少ない時間で。
ミクにスポットが当たることを俺は素直に喜んでいた。
焦燥感がなくはなかったが、そんなときはいつもめーちゃんの言葉が──頑張ったら頑張っただけ返ってくる。後はマスターを信じていればいいのよ──俺を励まし、救ってくれた。
ミクもめーちゃんも笑顔だった。二人が笑えば俺も笑顔だった。
皆が楽しければいい。そう思っていた。
だから俺は気付けなかった。
その頃からずっと、めーちゃんの心が少しずつ蝕まれていたことに。
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