白い雪が降る。
俺達の立てる音は足音でさえ飲み込まれて消えてしまう。


「ねーレン」
「ん?」
寒い・・・けど別にそれは嫌じゃない。俺達、人間じゃないし。
ただ視界の全てが白いのは、ちょっと不気味だ。
「カイ兄、さ」
「うん」
「きっと幸せだったよね」
「え?」
唐突な言葉にリンを振り向く。
首に巻かれた青いマフラーと金色の髪が白い世界で色あせずに見える。
マフラー。俺の首にも同じものが巻かれている。この間いなくなった、カイト兄のもの。形見分けとして生き残っている俺達に分けられたもの。
「あ、いなくなっちゃったことが幸せ、なんじゃなくて。ミク姉とかメイコ姉とか私達とか、大切な人に看取ってもらえたのが・・・私だったら幸せだろうな、って」
大切なものに触れるようにリンはマフラーに触れる。

カイト兄は雪に冒されて死んだ。
その機能のほとんどすべてを失い、ゆっくりゆっくりと終わりを迎えた。

俺は怖かった。
あの優しい声も仕種も全部なくした、抜け殻のような兄さんが怖かった。
だから、普通に出したつもりの声が少し掠れていたのはある意味予想の範囲内だった。
「幸せ、だったのかな。わかんないよ。だって兄さん、喋れなければ目も見えなくて、耳だって聞こえなくて、さ。それでも誰が側にいるかって分かるわけ?分かっても幸せなもんかな」
雪の静けさに語尾が埋もれていく。
その時、ふい、と繋いでいた左手からリンの手の感触が消えた。
顔を上げると、数歩先に進んだリンがこちらを振り返るところだった。
リンは笑う。
「リンならわかるよ」
声が、静かな世界にはっきりと響く。
「ミク姉でもメイコ姉でもルカ姉でもカイト兄でも。がくぽさんやグミさんだって、きっとわかるよ。それにレンだったら絶対に間違えない自信あるもん。目が見えなくても耳が聞こえなくても、わかる。それにさ、そうなっちゃった時側に誰かがいるのがわかってたらうれしいよ。私なら幸せだと思うと思う」
「思うと思う、って・・・」
自信満々な口調に思わず苦笑しそうになった。
リンが言うと何故か信じられる。鏡音だからなのか、単純にリンをよく知っているからなのか。
だから苦笑のかわりに微笑を顔に浮かべた。
「でもそうかも。俺もリンだったら間違えない自信ある」
「だよね」
雪の反射光でその笑顔が霞んで見える。
「レン」
「何?」
「レンは、歌っていてね」
「え?」
ざわり。
変わらないはずの笑顔が不吉に見える。
なんでだろう。
言いようのない不安が溢れてくる。

「私が、いなくなっ、ても」
不安を裏打ちするように急に鈍くなる口調。濁る声。

なんだ、これ。
まさか。まさか・・・
「リ」

―――――やさしい、うたを



「リン!」



たった数歩。
でもその距離を埋める前に、リンの体は地面に崩れ落ちた。
それを認めた瞬間、がくん、と膝が折れた。
「リン」
返事はない。
「リン」
返事はない。
「・・・リン」
返事は、



「――――――ッ!」



わかる。カイト兄と同じ、だ。
そんな、でも、まさか。
さっきまでは笑ってたじゃないか。普通にしてたじゃないか。
冗談だろ?なんでそんな、目なんてつぶってるの。なんで動こうとしないの。
リン、ほら、早く起きて。
じゃないとほら、雪が積もってしまう。
きみのうえに。

「あ」

ひらりと雪がリンの頬に乗ったのを見て、何かが壊れた。


「あああ」
「ああああ」
「ああああああああああっ・・・!」


意味を成さない声で叫んで、崩れ落ちていた体を抱き上げる。
やめて、やめて、リン。
どこに行くつもりなの。俺ひとり置いて、どこに行ってしまうつもりなの。
「リン、リン!リン!」
堪らなくなって抱きしめる。
でも駄目だ。俺、温められてない。
だってリンの体は少し冷たいまま。いつもならすぐにお互いの体温であったかくなるのに、冷たいまま。
温かいことからわかる。まだ生きていること。
でも触れているからわかる。決定的に失われたものがあること。
待って、嫌だ、嫌だ、嫌だ、
「置いてかないで・・・・!」
なんで泣けないんだ。
昔メイコ姉が言ってた。‘本当に辛いとき、泣きたいのに泣けないことがある’。
だけど今そんなことになるなんて。だって今は涙が必要なのに。あったかい涙でリンを温めるために。
凍り付いたみたいに涙が出ない。
「リン・・・」
腕の中の体に呟く。
声は返ってこない。帰ってこない。

カミサマ。もしもいるならあと一度、一度だけあの声を聞かせてください。
あの太陽みたいな声。雪なんて溶かしてしまえるあの声を。
リン、お願い。
呼んでよ、いつもみたいに「レン」って。




次第に雪が強さを増していく。
雪の毒性には個人差がある。だから俺はまだ平気なまま。
それが辛くて憎らしくて苦しくてならない。


リンを、リンの声を奪っていってしまったくせに、なんで俺の声だけを残していくんだ。
一緒に連れていってよ。
俺達はふたりでひとつのはずだろう。だったら俺も同じ目に合わせて。


天を仰いで俺は叫んだ。
声にならない声がほとばしる。



ここに留まろう。俺が同じ目に逢うまで。リンと同じになれるまで。
そう思う自分。
早く連れて帰らないと。リンがこれ以上冒されないうちに。まだ命があるうちに。
そう思う自分。
なんで気付けなかったんだ。危険だってわかっていたのに。俺のせいだ。
そう思う自分。
ばらばらに引きちぎられる。

その断片は全て雪の静けさに飲み込まれていく。



ああ、

なにもかもが白く染まっていく。
美しくて純粋で残酷な、白に。

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  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

音のない声(私的soundless voice)

切ない歌、と言ったら自分の中でこのペアの右に出るものはないです。
物語性とかそういうのじゃなくて、メロディそのものが心に沁みる

本当にいい歌だ・・・

閲覧数:1,239

投稿日:2009/10/16 22:51:11

文字数:2,334文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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