枕元のシーツが微かに揺れた。
おなじみになってしまった、涙が落ちた振動。
そんな感触までわかるようになった自分に心の中で苦笑する。
どこまで敏感になるつもりなんだろう、私の感覚は。何年もこうしていたら変わっていくのも当然かもしれないけど。
また涙が落ちたのを感じる。続けざまにぽつぽつ、とシーツが揺れる。
レン、泣いてる。
でも見えない。聞こえない。レンがどこにいるかわからない。
私は指をさまよわせた。
涙を拭ってあげたい。
でも指先は宙を掻く。
もどかしい。慰めることも出来ないなんて。
あの雪の日に私から声は消えた。
耳も聞こえなければ目だって見えない。わかるのは肌から伝わる感触だけ。
だからもう「歌うためのもの」としての私には意味がない。
何となく変な感じはしてた。でも、まさかこうなってしまうなんて思わなかった。
倒れる直前にはもう気付いてたよ。家まで保たないな、って。
体から力が抜けたのは、まるで他人事みたいに感じた。
なんだろう、感覚神経も中枢神経もきちんと働いてるのに運動神経だけ途切れた感じかな。体が頭の言うことを全然聞いてくれなかった。
だからレンが必死に私を抱きしめたのはわかった。
震えとかから、泣きたいのに泣けないんだっていうのもわかった。
レンが私を助けられないことで自分を責めていたのも。
でも、でもねレン、そうじゃない。
そう思っちゃだめだよ。
そんなに苦しまないで。
あなたまで壊れてしまわないで。
私知ってるよ。あなたの気持ち。あなたの優しさ。それが私に光をくれた。
ねえ、気付いて。あなたは無力なんかじゃない。
伸ばした手が温もりに包まれる。
少し固めの感触は、レンの手のもの。
いつも私の傍を離れないでいてくれる。
レンは覚えてるんだろうな、あの日に私がいったことを。
あの言葉に嘘はなかったし、今でもそう思ってる。だからレンが傍にいてくれてうれしいよ。
でも、少し怖い。
もしレンが歌うことを止めてしまったら、って考えると、怖い。
ミク姉とメイコ姉はカイ兄がいなくなって暫くの間歌おうとしなくなっていた。
見ていて辛かった。怖かった。
もしも二人がこのまま歌を失ってしまったら、って。
でも二人ともちゃんとメロディを取り戻した。
レンはどうだろう。
なんだかんだいって私達はお互いに依存しあってるって言えると思う。
わたしはあなたであなたはわたし。それが鏡音の基本スタンス、のはず。実はあんまり詳しくないけど。
だからこそ相手を失うことには耐えられない。
指先から伝わる温もり。
その優しさと強さに胸が熱くなる。
あのね、レン、大好きだよ。大切なの。今更そんなことを身を以って感じたってどうにもならないけど、誰よりも何よりも、1番。
今となっては伝えることも出来ない。だからきっと伝わらずに終わるんだって分かってる。
あなたの気持ちが伝わるように、私の気持ちも伝わればいいんだけど。掌から、指先から―――あなたに。
あのね、レン。あなたに生きていてほしい。もっともっと歌っていてほしい。私、レンの歌が大好きだよ。
ごめんねレン。置いていくことになっちゃうかな。
自分のことだからわかる。私はもう、限界なの。
あの雪の日に倒れてからずっと、私はあなたを束縛してきた。もちろんレンが私を邪魔者だなんて思わなかったのはわかってるよ。
私だってレンを縛るつもりなんてなかった。あの時の言葉にはそんな意図なかった。
でも私が鎖としてあなたを縛ってきたのは確かなはず。
ごめんね、ありがとう。
今、その鎖は消える。
それはもう確かなこと。
止めようのないこと。
私がいなくなれば、あなたは泣くだろうね。
でもレン、気付いて。
さびしくないよ。
独りじゃないよ。
私はあなたの傍にいる。ずっと。
同じようにあなたも私の中にいる。私がこの世界から去っていったって、きっと消えずについて来てくれる。
だから私も淋しくない。
心配しないで。
これは置いていく側の無茶な注文なのかもしれないね。私がレンに置いて行かれたらきっとそう簡単には実行できないだろうし。
でもそう願わずにはいられないんだ。
神様、お願いです。
私の命の全てを使って、あと一度、一度だけ歌わせてください。
あなたに告げたいの。
レン、声を出して。歌っていて。
心に届く、その声で、
やさしいうたを、うたっていてね。
さあ声を返してください。
これが私の命の証。
これまで生きた、命の軌跡。
レンが音のない声で泣かなくてもいいように、私は想いを遺していこう。
悲しい歌にはしたくないよ。
だって私は悲しくないから。
ありがとう、レン。
私は、幸せです。
さようなら、大切なひと。
私の最期の歌が、あなたにとって優しいものでありますように。
いのちの証(私的proof of life)
前作、私的soundless voiceのリン視点です。
あの優しさ・・・ちょっと表現しきれない・・・
というかひとしずくP(さもさん)の曲はどれも綺麗すぎて困る。
涙腺よりも心が決壊するんだよな。
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ブクマつながり
もっと見る白い雪が降る。
俺達の立てる音は足音でさえ飲み込まれて消えてしまう。
「ねーレン」
「ん?」
寒い・・・けど別にそれは嫌じゃない。俺達、人間じゃないし。
ただ視界の全てが白いのは、ちょっと不気味だ。
「カイ兄、さ」
「うん」
「きっと幸せだったよね」
「え?」...音のない声(私的soundless voice)
翔破
カーテンが風にそよぐ。
温かくなり始めた太陽の日差しをほんのりと感じながら、私はじっと前を見つめた。
ひらひら、と斜め前の金髪が風にそよぐのをそっと視界の端に入れながら、5時間目の気怠い授業を聞き流す。
「えー、この時元の価格をXとするなら、個数が四割増、価格が二割減であるので…」
別に、見てない。...私的メランコリック Girl's side
翔破
・ひとしずくPの曲endless wedgeを基にしていますが、soundless voiceとproof of lifeの続きとして読んでも大丈夫だと思います。
・ミクとカイトはホームページの小説から引っ張ってきました。解釈は色々あるでしょうが、マイ解釈ということで。
~~~~~~~~~~~~~~...永久の楔
翔破
俺に声なんて必要だったのかな。
私は目を丸くした。
その発言主であるレン君は静かに繰り返す。
「俺に声なんて必要だったのかな」
「・・・それは、必要なんじゃないかなぁ」
だってそもそも私達は歌うために存在しているんだから、声が無かったら大変なことになるんじゃないだろうか。
―――レン君、何かあったの...恋とはどんなものかしら
翔破
金髪が風にさらさらっと靡いたから、あ、やっぱり女の子なんだなー、なんてちょっと失礼な事を考えた。
俺は、難しい事を考えるのは苦手だ。
考え込むのも、好きじゃない。
でもきみはいつも、憂鬱そうにシャーペンを指先で回す。
俺はいつの間にか、教室に入ったらまずその姿を確認するようになっていた。
<私的メラ...私的メランコリック Boy's side
翔破
「リン、レン、自分の部屋が欲しくないか?」
始まりは父さんの一言だった。
「え―?なんで?」
私は口を尖らせた。だって別に不便があるわけじゃないし、今までもずっと同じ部屋だったし。なんでわざわざ分けなくちゃいけないのかな。
お父さんは暢気な顔で指を立てて見せた。
・・・あんまり可愛くない。いつも以上...私的アドレサンス(前)
翔破
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