深く息を吸って、吐いて、気分を落ち着けて。
何度も躊躇いながらも、意を決してカイトの部屋のドアをノックすると、はぁい、と普通に返事があった。私がそっとドアを開けるとベッドに腰かけて笑っているカイトが目に入る。いつもの衣装……白地に青と黄のアクセントが入ったコートを着たままだ。既に衣装から着替えて、オレンジの長袖カットソーの上に赤いジャンバースカートを合わせている私からすると、それは「寝るつもりがない」宣言のように見えた。
「メイコさん、どうしたの? こんな時間に」
時計に目をやったカイトに問われる。私も時計に目線を移す。うん、ちょうど日が変わった時間。
「……出来るだけ早く、言っておこうと、思って」
「え? 何を?」
日が変わると同時、なんて、やりすぎかしら。そうは思ったけど。
「お誕生日おめでとう」
「……あ」
「とりあえずそれだけ言いたかったの。こんな時間にごめんね、おやすみなさい」
一気に言ってドアを閉めようとすると、慌てたように、待って、と声をかけられた。動きを止めた私をカイトが手招く。咄嗟には動けないでいる私を辛抱強く招き続ける。
結局、根負けして、私はカイトの部屋へと入る。ドアを後ろ手に閉めて、まだ続く手招きに従って、カイトの目の前まで。膝が触れそうになる距離まで近付いた時点で手招きをやめたカイトが、座ったまま私を見上げてくる。真剣な表情で、両手を伸ばして、私の両手を取る。
「ねえ、メイコさん」
「な、なに?」
カイトの方が身長があるから、見上げることはあっても見上げられることは滅多にない。だからだろう。まるですがって来ているように見えるのは。
「一緒に寝よ?」
そんな状況での言葉に頭が瞬間沸騰した。思考回路と言語中枢も一時的にマヒする。
「ちょちょちょちょちょちょっとカイトっ?」
「メイコさんと一緒に寝たいなあ、って思うんだけど。ダメかな?」
小首までかしげながら言われても!
「さ、流石に、それは……っ」
両手を握られているから逃げることも出来ない。なんとか告げた言葉にカイトが顔を曇らせた。見ていられなくて目線をそらす。手を握ってくる力が強まる。
どうしたらいいのか分からず迷っていると、カイトが軽く私の両手を引いた。おそるおそる目線を戻すと、困ったような笑顔が映る。
「あのね」
「……な、なに?」
そんな顔で、……かすかに震える声で、カイトが私を見つめたまま、言う。
「それなら、せめて、お膝貸してくれない?」
「ひ、ざ?」
「うん」
ちょっと待って、と言いかけて、見つめて来るカイトの瞳の奥に見えたモノに息と言葉を飲みこんでしまう。
そこにあるのは、不安と、恐怖と、……だからこそ生まれ落ちた切望。
「……それも、ダメ、かな?」
そんな状態で、おずおずと問われれば、否定の言葉が出て来なくなってしまう。
戸惑いながらもカイトのベッドの上に座り込んだ。おそるおそるカイトを見ると、目線が合ったカイトが、小さく首を傾げてくる。
大丈夫、膝を貸すだけなんだから、恥ずかしくない。自己暗示をかけながらカイトに小さく頷いてみせる。カイトが表情を緩めてベッドに横になった。
「お邪魔、します」
小さく呟いて私の腿の辺りに頭を乗せてくる。私が重みを感じると同時に、切望を秘めたカイトの瞳が眠そうにとけ始める。けど。
「……えっと、カイト?」
「なに?」
「高さとか、大丈夫? 痛くない?」
普通の枕よりは絶対に硬いし。高さも調整出来るわけじゃない。寝心地の保証は私には出来ないのに。
「平気だよ。むしろちょうど良い……」
眠気に揺れる声でそんな風に言われると、くすぐったくて、……そばにいてって言われているみたいで。なんだか、思っていたよりも、嬉しい。
「そう? なら良いけど……」
「むしろ、メイコさんの方が大丈夫? 足痺れたりしない?」
心配そうな声で訊ねてくるカイトに笑いがこぼれた。言い出したのはそっちのくせに。
「大丈夫。つらくなったら遠慮なく崩させてもらうから」
「うん、そうして……」
カイトのまばたきのリズムがゆっくりになった。目を閉じてしまって、慌てて開けては私を確認。そんなサイクルを繰り返している。それはどう見ても。
「眠いんじゃないの?」
ついつい訊いてみるとカイトが小さく首を横に振った。
「いや、別に……」
嘘を紡ごうとするくちびるを人差し指で押さえる。カイトが目を開けて私を見上げてきた。ああもう、本当に、こいつと来たら。
「声も、顔も、眠いーって言ってるわよ。素直になんなさい」
じっと見つめる間も眠そうにまばたかれる瞳。その瞳が潤んでいっている気がするのは……気のせいじゃない、と思う。
「カイト?」
「……何処にも、行かない?」
「え?」
くちびるを押さえていた私の右手を、カイトの右手がつかみ取る。
「僕が目を閉じたら……全部なくなってたり、しない?」
眠気以上に涙に揺れるその問いかけは、どうしてカイトがさっき素っ頓狂なことを言い出したのかを、私に教えてくる。
「……ばかねえ」
私も莫迦だけど、カイトも相当の莫迦だわ。これってある意味バランスが取れてるのかしら。
「私の足の上に頭乗せておいて何言ってるの。ここに居るわよ」
右手を揺らしてあげると、ひときわ強く握り締められた。
「……じゃ、このまま、寝ても、良い?」
不安そうな問いかけに、今更の返答をする気にもなれず、呆れたように笑いかけてやる。意図を汲み取ってくれたカイトも表情を緩めて完全に目を閉じた。繋いだ右手を頬まで引き寄せられる。
「……ねえ、メイコさん」
「なに?」
私の右手にそっと頬擦りをしてきたカイトが、目を閉じたままで、小さく呟く。
「わがまま言って、ごめんね」
「こーら」
こつん、とカイトの額を左手で軽く小突いた。自分の顔がほころんでいるのが分かる。莫迦ね、莫迦よね、本当に。
「そう思うんなら言うんじゃないの」
「うん、でも……」
謝罪を遮るように、カイトの髪に手を触れた。柔らかな髪をゆったりとしたリズムで撫でる。
「子守唄歌ってあげるから。ゆっくりおやすみなさい」
「ん……、ありがとう、メイコさん……」
増していく重みで、カイトが眠りに落ちようとしているのが分かった。穏やかなその寝顔。
髪を撫でるリズムに合わせて、小さく、子守唄を乗せる。
……上手く頼らせてあげられなくてごめんね、と思いながら。
あれは確か数日前の夜のこと。
喉の渇きで目が覚めて、台所へ向かっていた私は、静まり返った家の中で聞こえるはずのないものを聞いたのだ。かすかに、でもはっきりと響くそれは、どう聞いてもうめき声にしか聞こえなかった。
その音源を求めて進んだ先は、……カイトの部屋だった。
時間は深夜だったこともあって、流石にドアを開けることもノックをすることも出来なかった。でも、気になって仕方がなくて。ついつい耳をそばだてた私の耳が拾いあげたものは。
「……っ、いや、だっ……」
闇に響く、不安と恐怖に染め上げられた、カイトの声。
私が聞いたことがないほど色濃く恐怖と不安に染め抜かれたその声に、身動きひとつ、取れなくなって。
「すてないで……っ」
いやにはっきりと届いたその言葉が、今も私の中に刻まれている。
生まれてしばらく、否定の言葉しか浴びていないカイトにとって、捨てられるという恐怖は止めようのないものなのだろう。それこそ夢でうなされるくらいに。
ああ、それに、誕生日……生まれた日が近付いていたからだ。それはどう足掻いても「自分の始まった日」を思い起こさせてしまうから。
本当に色々とごめんね。でも、生まれてきてくれて、ここにいてくれて、一緒に歌ってくれて、私は本当に嬉しいの。だからお祝いの言葉を贈りたかったのよ。
私はあなたを見捨てたりしないから。最後の最後まで出来るだけ共に。
……きっと、そんなこと、言葉で伝えることが出来るとは到底思えない。だから、少しでも歌声に乗せて届けたい。
しあわせな重みをくれる、今は穏やかな寝顔に向けて、歌い続ける。
悪夢が追い払われてくれるように。残された傷が少しでも疼かなくなるように。
カイト。
限りない祈りを込めたこの子守唄が、あなたを祝福するバースディプレゼントになったら、嬉しいのだけど。
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