アイツは時々、デロデロなくらい甘いときがある。
そう、まるで、ふつうのバニラのアイスを三乗くらい濃縮させて、ドロドロになるまでかき回したシェイクみたいに。

その中で日頃、ドロドロになるまで甘やかされている私は、
時々アイツに愛されすぎて、そのうち溶けてなくなってしまうんじゃないかと思うときさえある。




ミクら年下組が寝静まった午後11時すぎ。
それからが、メイコとカイトに与えられた束の間の休息タイムだ。

それまで料理、洗濯、掃除、さらにはミク達の面倒をみたりと、何かと忙しなく動いているメイコたちだが、ミク達が寝たら、そのドタバタは一気に終息を迎える。
そうすると、二人はソファに並んで座り、コーヒー片手に「お疲れ様」とお互いを労ったり、…………まぁ、ときどき大人の時間が待っていたりもすることもある。

この時間帯になると、カイトは昼間の”良いお兄ちゃん”を一気に脱ぎ捨て、メイコだけに見せる”甘えたな年下の恋人”へとモードチェンジするのだ。
その豹変ぶりといったら、いっそ見事で、メイコは真剣な顔で「アンタ、実は二重人格なんじゃないの」と問うたこともあるほどだ。
ちなみに、カイトは「めーちゃんだけ特別なの」とゲロ甘な笑顔でのたまっていたが。

はてさて、メイコはこの日もミク達を二階の寝室に行かせ、大きな溜息と共に、柔らかなソファに凭(もた)れていた。


「はい、めーちゃん、お疲れ様」

と、台所で明日の朝食の下ごしらえを終えたカイトが、色違いのマグカップを二つ持ってメイコの元までやって来た。
陶器と木製のテーブルがぶつかる響く音を鳴らし、カイトはコップをメイコの前までスライドさせた。
そうして、拳一つ分くらい空け、メイコの隣に腰掛けて、愛用の青色のマグでコーヒーを啜る。

「ありがと」
と、メイコはマグに手を掛けた。
コップの中では、薄茶の液体が湯気を吹き出し揺れている。
カイトは、最近メイコ限定で出血大サービス中のハニースマイルを愛しの彼女に向け、「どういたしまして」と言いながら、その視線をふいにマグを持つメイコの右手の指先で止まらせた。

「…めーちゃん」
彼は目を伏せコーヒーに口づけるメイコを呼ぶ。
その姿勢のまま、目線だけをカップの中の波立つ液体からカイトへと移した彼女は、小首を傾げて、言葉の続きを促した。
しかし、カイトの目は相変わらずメイコの指――もっというと爪先を注視していて。

カイトはマグをひとまず机に置いてから、自由だった彼女の左手を柔く持ち上げ、「めーちゃん、」と再びメイコに呼びかける。

「マニキュア、塗り直した方がいいんじゃない? ところどころ剥げかけてるし」

ほら、と示されたメイコの爪は、彼女のイメージカラーの赤で彩られていた。が、最近、塗り直しをしていないために、爪の伸びた部分の根元と爪先の一部が欠けたようにその色を失っていた。
やや不格好な自身の爪に「あら、ホントだわ」と応えながらも、メイコはその目はリビングの棚の中に置かれた赤のマニキュアを探していた。
すると、気付けば、カイトがソファから立ち上がって、既に目当てのマニキュアを手にしていて。

アイツはまるで私のしてほしいことを正確に先読みしているようだわ、とメイコはやや呆れながら、「アンタ、ホント女だったらいい嫁になりそうよね」とぼやいた。
ちょっとした嫌みも入っていたその言葉に、カイトはふふっと微笑み、「でしょ?」と自分で軽やかに同意してみせた。メイコは思わず呆れた。

「でしょってあんたねぇ…」
「その時もめーちゃんが嫁に貰ってね。あぁ違う、そんときはめー君(・・・)か」
「…私はメイトじゃないかもしれないじゃない」
「俺とめーちゃんはある意味、一心同体だからね。必ずどっちかが女で、どっちかが男だと思うよ」
「そんなもんかしら……」

そんなもんだよ、とカイトは愉しげに笑う。
なんだかその笑みが気にいらなくて、メイコは膨れっ面でカイトに右手を突き出した。キョトンとした顔もさらに、気に食わず。思わず可愛いとか思ってしまったではないか、不覚にも。

「なに?めーちゃん」
「早くそれ、渡しなさいよ」

メイコがぶすくれた顔で手を突き出し続けると、カイトはそれまでの甘い笑みはどこへやら、ものすごい意地悪い(ただしメイコ主観)笑顔を浮かべ。

「だぁーめ、だよ。めーちゃん」

語尾にハートマークでも付きそうな声音でカイトはそう言い、マニキュアをメイコから遠ざけた。
途端、何だコイツは、と射殺さんばかりの眼力で、メイコはカイトを睨む。そのキモい声音と仕草は一体なんなのかしら。--ぶたれたいの、もしかしてぶたれたいの?

愛しの彼女の胡乱げ、かつ冷たい眼差しにも強靭な心のカイトはめげず。
メイコの「早く」という凄みも、カイトはたいして堪えた様子もなく、飄々とメイコに歩み寄り、彼女の右手を取った。
そうして、ヌルイ笑顔とは正反対の、やけにキラッキラしたオーラを発して、カイトがメイコに顔を近づけ言ったことは。

「俺が塗ってあげる」
「…え、なんで」

間近でその整った顔を見せられ、思わず怯んでしまったメイコである。
そこは惚れた弱みとか、好きなタイプの顔に弱いとか、様々な要因が絡み合った結果だ。
僅かに引き気味になったメイコに、カイトは帰来の人の良さを彼方に放り投げて、さらにごり押しを決めにかかる。

「だって、めーちゃん、両利きじゃないから、右手塗りにくいでしょ。めーちゃんの役に立てるなら、俺も嬉しいし。…ね?」

本心には、五割くらい”メイコの身体に触れたい”という、メイコが知ったら大激怒の不純な動機があるのだが、カイトはそれをおくびにも出さず、ニッコリと笑った。
すると、メイコはさらに言葉に詰まり、この段まで来ると、ほぼカイトの一人勝ちが決定するのである。

「………分かったわよ。ただし、変なことはしないでよ」

はい、と渋々といった体で、メイコは両手をカイトに差し出した。
カイトは内心でガッツポーズを決め、メイコの横に再びいそいそと居直ると、嬉々とした様子で彼女の爪に赤の彩りを置いていく。
それをじっと見つめ、メイコはやがて徐々に肩の力を抜いていった。

そう、なんだかんだ言って、カイトは手先が器用なのだ。
だから、確かにメイコが自分で塗るより、仕上がりは遥かに綺麗なものになる。
現に塗り終わった左手の親指や人差し指は、ムラがなく、まるで陶磁のようなとろりとした色合いをしている。
まったく男のくせに私より器用なんて、と思わないでもないが、そこはカイトだ。
彼は家事全般得意で、特に家事と裁縫にかけてはプロ並みなのである。
いっそ、ボーカロイドからそっちの職種に転身しても、十分やっていけるだろう。……なんか、さっきから褒めっぱなしでムカムカしてきたわ、とメイコはちょっとした意趣返しにカイトの足を一発蹴り飛ばしてやった。

「ちょ、痛いよ、めーちゃん! なにするのさっ」
「うっさい。カイトのくせに。だったらとっとと終わらせなさいよ」
「…はいはい、分かりましたよ。じゃぁ、次、右手ね」

塗り終わった左手を放され、今度は右手を胸の位置まで持ちあげられる。
メイコはまだ乾いていない左手も、右手と同じような高さまで持ち上げたままで保った。
すると自然と、手錠を掛けられるのを待つ囚人のような格好になったようだと、メイコは自分の今の姿に嫌気が差した。その間にも、カイトはメイコの爪を一本一本丁寧に塗りあげていく。
その単純作業の見るのも、そろそろ飽きてきて、メイコは爪を塗られている姿勢のまま、頭をコテンとソファの背凭れに預けた。そしてメイコはふと爪の塗られ具合ではなく、爪を塗る技師であるカイトの観察をしてみる気になった。

マニキュアの刷毛(はけ)が、メイコの爪の上を往復する。その刷毛の行き先を見つめるカイトの眼差しは真剣で、伏せられたまつ毛は影を作り、蒼色の瞳を隠していた。
人間離れした整った顔立ちと均衡のとれた肢体は、完全に釣り合いが取れていて、それはまるで歩くビスクドール。そしてデジタルでデータなボーカロイドらしい四角や三角などで構成されたシンプルな服装の下の身体は、意外に程良く筋肉がついていることも、メイコは既に知っていた。
作られただけあって、カイトは女性が理想とする完璧な男性像と一致している。
つまり、メイコの好みとも、ぴったり合致するわけで。
メイコは知らず知らずのうちに、カイトに見惚れている自分に気付いていなかった。

と、その時、俯いていたカイトが目線だけあげ、メイコに目を向けた。
突然のことに加え、それまでカイトについて考えていたことから、メイコの鼓動は大きく脈打つ。しかしカイトはメイコの鼓動の速度が収まるのを待ってはくれない。

「めーちゃん、あんまりじっと見ないでよ」

上目づかいにメイコを見たカイトは、恥ずかしいのか、すぐさま俯いたが、その顔は微妙にはにかんでいた。珍しい彼のそんな表情を見て、メイコの頬に一気に熱がともった。
なに、その顔、と問う間も無く、「塗り終わったよ」とメイコの右手を放したカイトは、いつの間にかマニキュアの片付けに入っていた。

やがてマニキュアを棚に片し終わったカイトは、ソファで呆けているメイコに寄って来て、彼女の身体を後ろに回り込み、強くメイコを抱きしめた。
メイコのウエストの部分をしっかり支えながら、カイトはメイコのショートの髪をゆるく撫で付ける。
未だ爪が乾いていないメイコは、カイトを抵抗する術を持たず、彼にされるがまま。
だから彼に抱き締められて、抵抗らしい抵抗をしないのも仕方ないわね、とメイコはそう自分で自分にいい訳をした。
カイトは反抗されないのをいいことに、メイコの首筋に顔を埋め、さらに擦り寄った。
そして、ご満悦な顔でふふっと笑う。

「ねぇ、めーちゃん、抱きしめちゃったけど、いいよね?」

カイトがくぐもった声でメイコに尋ねた。
メイコは青髪にくすぐられる首筋を捻り、背後の彼を僅かに睨む。
と、いってもメイコの目尻には赤みがうっすらと滲んでいて。

「アンタ、それ事後承諾じゃない」

メイコの建前上の苦言に、カイトの口は艶やかな三日月に描かれた。
とろりと甘やかに溶けたカイトの瞳が、メイコの理性をゆるやかに崩していく。

「………だめ?」

彼の囁く甘言はメイコをどこまでも誘う。
あぁ、もうだめだわ、こうしてメイコは今日も彼に陥落するのだ。

彼女は大人しく彼に身体を預けた。
それを無言の肯定と受け取り、彼は嬉々満面に微笑むと、またメイコに擦り寄り、首筋に触れるだけのキスを落とし、



「大好きだよ、めーちゃん」



彼は至極、幸せそうな顔で、彼女に愛を捧げた。





ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

[小説]致死量の愛を捧げないでください。[カイメイ]

致死量の愛を捧げないでください。
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お久しぶりです。奈月です。
カイメイを数ヶ月ぶりに書いたので、いそいそと投稿します。
こんな甘いカイメイ初めて書いたよ…!(叫)
つーか、甘いカイメイって書けるんだ、私…。

おらはびっくらした…(`・ω・´;)

あ、微妙にきわどい言い回しとかあるけど、これくらいなら大丈夫だと思います。大丈夫だと信じています(←)。

閲覧数:1,392

投稿日:2011/10/06 05:19:25

文字数:4,442文字

カテゴリ:小説

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