「はぁ……」
(どうしよう……)
今日、ワタシはとても緊張していました。
理由は、先日ご迷惑をお掛けしたお詫びをするということで、ワタシの家にその方々をお招きすることになり、ついにその日が来てしまったからです。
(しかしこんな部屋では、逆に失礼になってしまわないでしょうか……)
ワタシの住んでいるのはとあるアパートの一角で、八畳程の広さです。大人数が入るには、決して広いとは言えません。
(それに……)
来て下さった方々に出すのは、特に腕に自信のある訳でもないワタシの料理です。狭い場所に入れられ、大して美味しくもない料理を食べさせられたのでは、最早拷問です。
更に、もし粗相をしてしまうような事があったらと思うと、心配で心配で気が狂いそうで、いても立ってもいられませんでした。
「全く……原因はお前だっていうのに、呑気だね……」
暗くなる気持ちを紛らわす為、ワタシは水槽の中のたこルカに話し掛けました(因みに、水槽は現在たこルカが脱出出来ないよう殆ど密閉されています)。
たこルカは全く意に介さず、ご飯のマグロの刺身を口に運んでいます。本当に、羨ましくなるほどこの子は自分の興味のある事以外は無頓着です。
「こんにちはー!」
と、ついに玄関をノックする音が聞こえました。
ワタシは慌てて玄関の鍵を開けに行きます。
「こ、こんにちは、今日はわざわざ来て下さりありがかっ……」
か、噛んでしまいました……恥ずかしい……。
「はは、じゃあ遠慮なく上がらせて貰うぜ」
「ふふ、ルカさん可愛い♪」
「みっくみく~♪」
「気持ちはよくわかりますよ……」
笑われた上に同情されてしまいました……ああ、落ち込む。
「こ、こちらにどうぞ……」
気落ちしながらも、ワタシは皆さんをリビングに案内しました。
「わあ、素敵なお部屋!」
「え……?」
予想外の反応に、ワタシは少々驚きました。文句を言うまでには行かずとも、がっかりした反応をされるだろうと思っていたのに……
「ちゃんと整理されてて羨ましいです。うちなんて、いくら綺麗にしてもすぐマスターが散らかして……」
「ちょ、なんで僕だけ!ミクだって散らかすだろ!?」
「む、わたしが散らかすのはお菓子の袋だけだもん!!」
「そこで威張られても……」
「ふふっ……あ、すみません……」
三人のやりとりの微笑ましさに、ついワタシの口角は緩んでしまっていました。
「あ、笑ったー!」
「ふ、ようやく緊張が解けたようだな。実はルカさんの表情を緩ませる為にやったのだよ」
「そ、そうなんですか?」
「真に受けないで下さい普通に嘘ですから」
驚くワタシにハクさんが冷静にコメントしました。
「あれ?そう言えばはちゅねさんは……?」
「あそこにいるな。何やってんだ?」
見ると、はちゅねさんは、水槽の中のたこルカをじっと見つめています。たこルカも、はちゅねさんを見つめ返しています。
「まさか、また戦おうっていうんじゃ……」
ハクさんが呟くと、はちゅねさんがこちらに振り返った。
「みく、みくみくみっくみっくみっくみくみくみく?」
「?」
「えーっとね、なんかたこルカを水槽から出して欲しいんだって。戦う気はないみたい」
「はあ……」
特に断る理由はありません。この状況下で脱走もしないでしょうし。ワタシは水槽の上の蓋を取りました。
すると、たこルカはにゅるにゅると触手を伸ばし……
「きゃっ!?ま、またっ!?」
「こらっ!」
ワタシの一括を受け、たこルカはハクさんに触手を伸ばすのを止め、大人しく這い出て来ました。
「すみません、ハクさん……たこルカはなぜか女性に絡みつくのが好きで……さすがに今回はやらないと思っていたんですが……」
「そ、そうなんですか……なんてはた迷惑な……」
たこルカははちゅねさんと向き直るとしばしみくみくるかるか会話しあい、最後にがっしりと握手を交わしました。
「仲直りですかね?」
「一度本気で拳を交えた漢同士には、固い友情が芽生えるのさ……」
「はちゅねは女の子だと思うよ?」
したり顔で頷くミクさん方のマスターに、ミクさんの鋭いツッコミが入りました。
多分、たこルカも女の子だと思います。
「い、いいんだよ細かい事は……それよりそろそろルカさんの料理を食べようぜ」
「あ、はい」
ワタシは、皆さんがテーブルについたのを確認し、台所の料理を運びました。
「わ、豪華……!」
「うん、味もいい!俺よりは絶対うまい!」
「マスターの料理は下回るのが逆に大変じゃないですか」
「ひでぇ……目から勝手に透明な液体が流れでそうだ……」
どうやら料理には満足して下さったようです。良かった…
「そうだ!わたし、ルカさんの歌が聞きたい!」
「えぇっ!?」
ミクさんの突然の発言に、ワタシは戸惑いました。
「そ、そんな……披露する程のものじゃ……」
「謙遜するなって。聞かせてくれよ」
「私も聞いてみたいです」
更に、今までたこルカと話し合っていたはちゅねさんも、ワタシに視線を向けました。
「みっくみく!」
「るぅぅか、るか」
「た、たこルカまで……わかりました……では、そ、粗末なものですが……」
ここまで求められては断れません。ワタシは立ち上がり、歌い始めました。
「~♪」
何分久しぶりだったので上手く歌えるか心配でしたが、どうにか音程を外すことなく歌いきる事ができました。
「ど、どうでしょうか……」
「凄く良かったよー!!」
歌い終わったワタシに、皆さんは拍手を送って下さいました。
「みっくみく!」
「ああ、実に良かった。こりゃあハクは負けたな!」
「よ、余計なお世話ですよ!それにマスターの腕前の低さも原因の一つでしょう!?」
「なんだとう!?その通りだよ畜生!!」
「あ、マスターと言えば、ルカさんのマスターってどんな人なの?気になる!」
「あ、ワタシ達にマスターは居ません。そういう選択をしましたので」
ボーカロイドは作られた時に2つの選択を迫られます。買い手がつくまで待つか、社会に出て暮らすかです。後者は、まだボーカロイドを受け入れる法制度が整っていないのリスクも多く選ぶものは少ないのですが、ワタシはそれでも広い世界が見たかったのでこちらを選びました。
「へぇー、一人暮らしなんてかっこいい!!」
「そ、そうでしょうか……?」
「うむ、僕も一人暮らしには実は憧れていた。まあ今はボカロ買って良かったと強く思っているが」
「私達がいなかったら大袈裟でなく餓死してるかもしれませんからね……」
「ふふ……でも今は、少し、誰かと一緒に暮らすのもありかな、と思っています」
それは、ミクさん達を見ていて浮かんできた事でした。
正直なところ、ワタシは人間に仕えるという今のボーカロイドのあり方を、あまり快く思っていません。今も、その考えは変わっていませんが……ミクさん達のような関係なら、いいかもしれない。そんな風に思ったのです。
「へぇ……なら、うちに来たらいいんじゃないですか?」
「えっ?」
ワタシが呟くように言った台詞を聞き、すぐにハクさんが発言をしました。突然な上、内容も飛躍していて、ワタシはうろたえてしまいました。
「えぇー!?それじゃマスターがルカさんのマスターになっちゃうよ!」
「なんだその言い草は……ハク、よくぞ言った!!」
「あ、いえ、別にそういう意味じゃなくて……とりあえずうちで何日か過ごしてみて、他の人と一緒に暮らす感覚を味わってみたらいいんじゃないかなー、と思った訳で、決してルカさんをマスターに仕えるようにしようとしたい訳では全然ありません」
「あーなるほど、いいねそれ!確かに、ハクさんがそこについて考えてない筈ないもんね!!」
「なあ僕泣いていい……?」
「却下です。……で、ルカさん、どうでしょうか?」
「……」
確かに、それならワタシが拒む条件は見当たりません。
少し考え、ワタシは口を開きました。
「はい、皆さんの、ご迷惑でないのなら……」
「やった!ねぇ、これからルカ姉って呼んでいい?」
「おいおい、あくまで一時的に同居するだけだぞ?」
「いいの!わたしこんなお姉さんが欲しいと思ってたんだ!!」
「ちょ、ミクその言い方は……」
「……うん、本当は分かってましたよ、私みたいな頼りない奴が姉みたいな立場じゃ嫌だろうなーって……」
「ご、ごめんハク姉そういう意味じゃなくて、ルカさんは大人びてる感じで素敵だなーって……」
「……どうせ、私の魅力なんて胸が大きいくらいですもんね……」
「ハク姉ーっ!?ごめんなさい違うのそんなことが言いたかったんじゃないのーっ!!」
「ふふっ……ハクさんもとても素敵な方だと思いますよ?」
これからのこの方々との生活を想像し、自然とワタシは笑顔になっていました。
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