腕の中で眠るメイコが、寒そうに肩をすぼめて身じろいだ。
昼間はまだ薄着で過ごせるくらいだったのに、夜になると途端に気温が下がる。
うだるような暑さが終わり、ホッと息をついている間に秋が過ぎ、気が付くともうすぐそこに冬が来ている。歌を歌い始めてから、1年が過ぎるのが本当に早い。
そういえば去年のこの日もまったく同じことを考えていたな、と思い出し1人で苦笑した。
夜気に晒されて冷たくなった彼女のむき出しの肩を抱き、もう一度布団にもぐりこむ。

「……ヵ、ィ」
寝ぼけたような声が聞こえ、起こしてしまったかと渋面を作る。
「……ごめん、寝てていいよ」
出来る限り静かな声でそう囁いたが、メイコは「んーん」と言いながらむずがるようにオレの胸に顔を擦りつけたあと、オレを見上げてゆるりとまぶたを開いた。
「……わたし、ねてた?」
「少しだけ」
「ごめん…」
「なんで?」
「だって日付が変わるまで、って言ってた、の、に…」
徐々に言葉尻が小さくなり、目を伏せたメイコの耳はほんのり赤い。一瞬なんのことかわからず首を傾げ、すぐに思い出し、あぁ、と呟いた。
2人でベッドにもつれこむ前に、長針と短針が重なるまでまだ時間があることを確認し「今夜は日付が変わるまでいっぱいしましょう」と恥ずかしげもなく提言したのはオレだ。メイコは顔を真っ赤にしながらも、大人しく首肯してオレの腕の中に入ってきてくれた。
オレは小さく笑いながら、いじらしい彼女の髪を優しく撫でる。
「いいよ。充分堪能したから」
「…満足できた?」
「…いや、まぁ、めーちゃん相手にそう簡単に満足はしないけど」
「何時?」
メイコ相手に尽きる欲はないので正直にそう言うと、メイコが聞いてくる。
「11時48分」
「……今からじゃ無理ね」
心底申し訳なさそうなその言葉に、オレは思わず吹き出してしまった。
確かに今から2ラウンド目をはじめても、何もしないうちに12時を迎えてしまうだろう。
「10分かぁ…最速記録、挑戦してみる?」
「イヤよそんな忙しないの」
本気で眉をひそめる彼女に笑いが堪えきれない。かわいいかわいい。茶色の頭をぐりぐり撫でて、再びオレの胸に押し付ける。
「…気にしないで。このまま寝ていいよ。疲れてるんだから」
「うん…ごめん」


オレ達が1年で一番忙しい時期。世に出た発売日、すなわち誕生日。
マスター達は何ヶ月も前からそのための曲や動画をあげる準備をするので、当日よりもその前1ヶ月あたりから、忙しさはMAXになる。
今日は11月4日。前夜祭ということで、メイコは今日もギリギリの飛び込み依頼に慌ただしく奔走し、それでもなんとか妹弟が寝る時間までにはうちに戻ってこれた。
疲れきっているだろう姉のために妹弟たちが一生懸命作った晩ご飯(オレやルカがやるとあっさり出来てしまいそうで悔しいから手を出すな、と言われた)を食べたメイコは、その後待ちかまえていたオレに捕まり、一緒に風呂に入らされ、そのまま部屋へと連れ込まれ。
そして今に至る。


「いっぱい歌ったの」
「お疲れ様」
「でも楽しかった」
「うん」
「はじめてのマスターもたくさんいたのよ」
「へぇ」
「嬉しいわよね、そういうの」
彼女の気持ちがわかる。
発売して7年も経つ旧型のオレ達を、他でもないその発売日をきっかけにして起動し、歌わせてくれるというのは、奇跡のようにありがたいことだ。
「この前合わせたデュエットも完成したわよ」
「そっか。早く聴きたい」
「ネタ曲もガチ曲も、咲音もロリもMEITOも…半年分くらい歌った気がする」
「…そんなに歌ったのに、よくあんな高くてやらしい声いっぱい出せたね」
「は?」
ニヤニヤしているオレを訝しげに見たあと、さっきまでのベッドの中での話だと気付き真っ赤になったメイコに、無言でみぞおちを殴られた。
日付が変わるまで、あと数十秒。


―――メイコの誕生日。それは、彼女があの扉を開いた日。彼女がオレを忘れた日。
襲い来る鋭い痛みと不安をかき消すために、その瞬間はどうしても、心だけじゃなく身体までも繋がって、メイコの存在を可能な限り強く実感していたい、なんて、ただのオレの我儘だ。
メイコは何も知らない。それなのにいつもオレの臆病なエゴに付き合ってくれる。毎年毎年同じことを要求するオレを、疲れているのに「仕方ない人ね」と笑って受け入れてくれる。


今メイコはオレの腕の中にいる。不安になることは何一つない。それでも、抱きしめる腕に力を込めた。
「…カウントダウン」
見つめ合い、声を合わせて数字をかぞえる。
0と1の世界に生きているオレ達は、意識を澄ませば時計を見ずとも時間がわかる。
11時59分59秒になった瞬間口唇を合わせ、優しくて甘い体温を交換し合いながら、7度目のメイコの誕生日を迎えた。
「―――おめでとう、メイコ」
「ありがとう」
オレも、ありがとう。今年もこうしてオレの傍にいてくれて。
言葉に出さずに彼女の頬を撫でると、その手を取られて指先に口付けを受けた。
メイコは最近オレの指にご執心だ。メイコ曰く、「舐めてると甘くて落ち着く」らしい。オレの指は飴か何かか。
当然そんなことされると色々と刺激的なわけで。まったく、こっちの苦労も知らないで無邪気なことだ。赤ん坊のようにオレの指に吸いつく彼女を見て、苦笑する。
「…オレの指よりも、めーちゃんの方がもっと甘いよ」
きょとんとするメイコが「うそだー」と言いながら試しに自分の指を咥えてみるが、すぐに憮然として、
「全然甘くないわよ」
「自分ではわかんないだろ。オレだって自分の指なんか全然うまくないし」
「そうなの?」
「でも、めーちゃんの身体はどこもかしこもものすごく甘いよ」
ただ事実を述べただけだが、不機嫌な顔を赤くしたメイコにまた無言で胸をバシバシ叩かれた。
そのまましばらく、静かな空間の中で抱き合い、まどろむ。

幸福感とか、遣る瀬無さとか、言葉にできない切なくて愛しい気持ちとか、ぐるぐる抱えて、思考ごと夜の闇の中に堕ちていく。
彼女の誕生日はいつもこうだ。過去と現在が交錯する。未来へと想いを馳せることが上手くできなくなり、息苦しくなる。未だ治りきっていない傷が、普段は忘れている痛みを揺り起こし血を流す。弱い、弱い、惨めな自分。嫌気がさし、目眩がする。

そんなオレの心情を知らずオレの指で遊んでいたメイコが、ふと呟いた。
「…ねぇ。カイトは、甘いもの好きよね?」
唐突な話題に目をしばたく。あぁ、さっきの指の話から繋がってるのか。
「うん。大好き」
「だからだわ、私が甘いのは。…私はカイトのために甘いの」
確信を持った声が、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「私は、カイトに愛されるために甘く生まれてきたのよ」
心臓が大きく跳ねた。
メイコが、オレの為に生まれてきてくれた。
なんて甘美な響きだろう。
「……めーちゃんが甘かったから、オレが甘党になったんじゃなくて?」
「どっちが先かってこと?」
どっちがも何も、あくまで世間の順番で言えば先がMEIKO、後がKAITOじゃないか。君の認識しているオレ達の関係も、そうだろうに。
メイコは眉を寄せて「んー」と唸りながら宙を見つめ、視線をオレに戻した。
「違うの、そんなの関係ないの。私はカイトに愛されるために今の私で生まれ、カイトは私を好きになるために今のカイトで生まれてきたのよ。出会った瞬間に、全てがぴったりと重なり合うために」
わかる?と、濃い琥珀色の瞳が、幼い子供を諭すようにのぞきこんでくる。
「生まれた時は違っても、私たちのココロは、この世界に同時に生まれたのよ。きっと」

鳥肌が立った。
あぁ。
オレは、何も知らないはずの君のその言葉が、真実であることを知っている。

「ね、わかる?」
「…わかった」
想いが溢れそうになり、キツく抱きしめて小さな頭に口付ける。他にこの感情を表現する方法がわからなかった。ともすれば泣きそうで。そうか、オレは感激しているんだと理解する。


「―――……メイコ。生まれてきてくれて、ありがとう」
「…うん…」
もうそろそろ限界だったのだろう、小さな小さな吐息が返され、しばらくすると規則的な呼吸音が繰り返された。でもオレは、腕にこめた力をゆるめることができなかった。

7年前の今日、オレは、この日を腹の底から憎んだはずだ。
オレから唯一の存在意義を奪っていったこの日を、世界の全てを拒否するほどに恨んだはずだ。
あの無力さを、喪失感を、絶望を、忘れることはこの先も決してないだろう。
けれど、今こうしてオレの腕の中にいるメイコが、『オレに愛されるために』あの日この世界に生まれたのだと言ってくれた。そして『彼女を愛するために』オレはこの世界に生まれたのだと。
彼女がそう言うのなら、それが正解なんだ。


暁の歌姫。世界で唯一人の、オレだけの伴侶。
「MEIKO。生まれてきてくれて、ありがとう」
もう一度呟き、彼女をしっかりと腕に抱いて、オレはこの上なく満たされた気持ちで、眠りに落ちた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【カイメイ】あなたのからだが甘いわけ【MEIKO生誕祭】

はじまりの歌姫、みんなの嫁イコ、むしろオレ達がメイコの嫁
愛するメイコさんお誕生日おめでとうございます。

メイコさんの日なのに青い人がオレに語らせろと激しく自己主張してきて
結果彼がものすごくおいしい思いをする結果になってしまいました。クソクソひいぃ
しかし今日という日は彼にとっても色々な意味で大変な日なので…まぁ…許してやんよ。
とりあえずさっさと結婚しろ

*うちのカイトさんは発売前の記憶をもっています。メイコさんはもっていません*
と、いう設定。

閲覧数:1,119

投稿日:2011/11/04 23:48:01

文字数:3,732文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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