「…ばか言うんじゃねぇよ」

メイトは扉を蹴破り、ミクをベッドに横にした。
その部屋は今までいた病室とは違い、いろいろな機械が置いてあった。
電源を入れると、画面に不思議な曲線が表示された。
部屋の奥には、ボーカロイドのボディがガラスの箱に入れられている。

携帯で誰かに連絡を取っていた。
きっと電話の向こうにいるのは、病室にいた彼らなのだろう。

メイトは言う。

「ミクの中で生まれた、ミク以外の人格だと?
 あほか。あほか。あほか。そんなんなぁ、あり得ないんだよ。
 俺たちはボーカロイドなんだぞ?」

俺は上半身を起こし、機械をいじくるメイトを見ていた。

「……変か」

「異常だぜ。ったく、今おまえの中身を調べてやるよ。
 どっかの部品がいかれちまって、
 おかしいことばっかり言ってるだけなんだろ」

異常。
確かに、俺がここにいること自体、おかしな話だ。
本当は彼女の中で、消えていく存在だったのに。

でも、今俺はここにいる。
いる意味があるはず。

「ほら、暴れるなよ。
 まあ、そんな元気もねえだろうがな」

俺にケーブルをつなぐ。
彼は画面を見ながら話し始める。

「ボーカロイドはプログラムなんだ。
 人工知能が発達していくことはあるが、新たな人格。
 つまり新たなプログラムを組み上げていくことはない。
 そういうことには規制がされているし、第一そんな例はない。
 自分の意思、なんてものはボーカロイドにはないんだよ」

ひどく、おかしなことを話しているように聞こえた。

彼女は……今、どうしているんだろう。
あの水面の向こうに見えた、笑顔は、彼女は、今、どこに、

「くそっ」

表示された数値やら曲線を見て、机をたたいた。大きな音がする。
彼の仮説を否定する、数値が現に出ているんだろう。

俺の顔を覗き込み、彼は怒鳴るように言った。

「おまえは誰なんだ!!!」

さあてね、誰だろうね。俺は笑った。

「そろそろ逃がしてくれない?
 あの子を捜さなきゃならなんだ。
 君たちが「ミク」と呼んでいた、あの子を…」

「ミクのボディで、ミクを探す?
 犬が自分の尻尾を追いかけてるのと同じにしか思えねぇよ。
 …絶対に逃がさねぇ。
 おまえが行けば、その身体(ミク)が危険にさらされる」

「そう、なら、勝手にさせてもらう」

「はぁ? おまえなにを……ッ!?」

勝手に動き出す機械。
慌て出すメイト。
俺はにいっと笑ってみせた。

「ボーカロイドには作られたものしか入っていない。
 だが、そこに新たな人格が生まれるかもしれない。
 たった一つの、限りなく低い可能性。
 それを人は進化と言うんだろ?
 ボーカロイドの中に生じた、彼女の中のアニムス。
 いずれ消える存在だったそれは、彼女の消失とともに
 自己防衛プログラムとして足場を手に入れた。
 大丈夫。
 彼女の記憶を継続することはない。
 俺は俺の意思で、彼女を捜す」

「おまえ……!!」

「悪いけど、この身体(ミク)を傷つけるわけにはいかないから、
 そっちのもらうよ」

ショートするコンピュータ。
部屋が白煙に包まれる。
視界が真っ白になると同時に、バリバリと漏電の音が響く。
メイコや雪子たちが駆けてきた。
扉を開けるや否や、部屋の白煙が薄くなる。

ガラスケースの中から髪の毛の先から、足の指まで真っ白なボディが
まるで生きているかのような動きで立ち上がる。

――空のはずの、ボディから。

羽化したばかりの蝉が、白から茶へ変わるように、
そのボディもまた空気に触れて、鮮やかな色に変わる。

短髪の明るい緑、そして瞳の美しい碧色。
肌はきめ細やかな絹のように滑らかに。

「へえ、入り心地もなかなかだね」

手を開いたり閉じたりして、接続の具合を確認する。

「名称はどうしよう。…ミクじゃ、紛らわしいから、……「39」。
 彼女が「1」なら、俺は「0」。……よし、「390」にしよう」

そばにあった白いシーツをまとい、彼は口元に笑みを浮かべた。
碧色の瞳が鮮やかな火を灯した。

   ◇

グランドピアノの音とともに、響く歌声。
古びた柱がきしみ、空気が振動する。
たった一席の観客席に座る赤毛の男は、満足そうな笑みを浮かべる。

演奏が終わると、男の拍手が淡々と続いた。

「見事だったよ。歌声も順調のようだね」

「ありがとうございます。…ついに本番なんですね。緊張します」

「大丈夫だよ。
 君ならきっと、すばらしい歌声をみんなに届けることができるはずさ」

「…はい。がんばります」

「さあ、そろそろ会場の下見に行こうか」

差し出された手を取り、フッと微笑んだ。

「行きましょう。どこまでも。《紅蓮の魔術師》様」

 私をどこまでも連れて行って。

「君を最上の舞台に案内してあげるよ。《災厄の歌姫》」

 すばらしい世界へ。

踊るように、二人は部屋を出た。

行き通う人々と、人間によく似たボーカロイド。
ボーカロイドは人に従い、人はボーカロイドに命令する。
容姿は一つも変わらぬというのに、実に奇っ怪な光景。

実に哀れな、愚かな、光景。

「――世の中の病を治しに行こう」

男の手には、古びた懐中時計が握られていた。


新たな世界まで、あともう少し。


   ◇

クッ。

動かない。
…それもそうか。
言語機能と発声機能が使えるだけ、まだよかった。

私の75%を占める、マスターの記憶。
彼が最期になにを言いたかったのか、この中にあるはず。
それを捜さなければ。

……でも、彼らが気づかないはずがない。
いずれ私という存在にたどり着く。

我が身を守る盾が必要だ。

(……聞こえる…?)

「久しぶりでござる。
 我が輩に連絡するなんて、いったいどういう風の吹き回しでござるか」

(…私を守れ…)

「冗談も言える状況ではなさそうでござるなぁ」ははは、と笑う男。

(…番犬)

「………」

(……おまえは、私の番犬よ)

「……フフ」

(もう一度言う……私を守れ!!)

懐かしい響きに、血が騒ぐ。

「御意」

 お護りしましょう、女王様。

 我は番犬。貴女様を護る、一騎の刃。

 戦えぬなら、手になって、愚者を切り裂いてみせませう。

 走れぬなら、足になって、風の如く踏み破ってみせませう。

 「護れと言うなら、そうするまで」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-君のために僕がいる- 第07話「それぞれの思惑」

【登場人物】
増田雪子
 すっかり空気のヒロイン

帯人
 すっかり空気の主人公
 あ、でも、画面の端でイチャイチャしてますよ。いつも(脳内で

咲音メイコ・始音カイト
 特務課刑事

メイト
 大学病院教授であり、ボーカロイド専門の医者
 酒は命の水

初音ミク
 「聖夜の悲劇」事件から眠り続けている女の子

ミクオ
 ミクの中から生まれた自己防衛プログラム
 いっつもツンツンしてればいい

本音デル
 クリプト学園生徒自治会会長
 不良だけど実は優しい

亜北ネル・弱音ハク
 増田雪子の同級生

鏡音リン・鏡音レン
 中等部からの飛び級組
 通称、天才双子

欲音ルコ
 飛び級ッ子
 不思議系でオカルト部所属

アカイト
 なにか企んでいる男

【コメント】
亜種万歳!(☆ワ☆)
でも七話まで来てストーリーが全然進展してないってどうよ!!!
と、いうわけで。
次回は一気に話を進めるので、いろいろスキップしたりします。
追いつけなくなったり、おいおいそりゃないぜ!ってことになったら
「おいこら、まてや!」めいたことを書き込んでくれると嬉しい。
みなさんのペースを見つつ、書いていこうと思います。

あ、また要らんこと書くけど。
盛り上がるシーンや戦闘シーンを書くときは、
いつも「集.結.の.園.」とか
   「キ.ミ.シ.ニ.タ.モ.ウ.コ.ト.ナ.カ.レ.」とか
   「P.a.r.a.d.i.s.e. L.o.s.t.」とか聞いてます。
おすすめですよー♪

閲覧数:1,203

投稿日:2009/06/21 21:30:46

文字数:2,655文字

カテゴリ:小説

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  • ♪グレープ♪

    ♪グレープ♪

    ご意見・ご感想

    こんにちは。♪グレープ♪です。
    私の学校はもうすぐ夏休みです。宿題に読書感想文が出るのですが、もし、良かったら使用させてもらえませんか?

    余談ですが、休日に良く帯人を描いていたりするのですが、かっこいい帯人をイメージして描いているのですが、どうしても目が上手くいかず、目がくりくりした可愛い帯人になってしまいます。。。(□_・)

    この後はどんなストーリーになるんでしょうか?とても楽しみです。ミクオが登場するということはミクオが鍵なのでは?
    と勝手に想像したりしてます。

    2009/07/10 18:59:28

  • FOX2

    FOX2

    ご意見・ご感想

    こんばんはFOX2です。

    な、なんと!
    ミクオ登場ですかッ!!
    僕も大好きです!!亜種万歳!!!イィヤッホゥーーー!!!!
    彼方の小説から亜種に対する愛がこみ上げてくるようです。

    2009/06/21 23:00:45

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