UV-WARS
第一部「重音テト」
第一章「耳のあるロボットの歌」
その6「リツvsサラ(?)」
テト、モモ、小隊長の三人が発生装置の穴を出ると同時に、発生装置は大きく揺れた。
その頂上から火柱が立ち上ぼり、空をおおう雲に突き刺さった。
同時に、地平線の向こうから日が昇り始めた。かすかな雲の切れ間にオレンジの光の帯が広がっていった。
火柱はやがて細くなっていき、消えた。
「お帰りなさい」
出たところでリツが待っていた。
テトがリツの肩をポンと軽く叩いた。
「ご苦労さん」
リツは三人を見やって、モモの水着姿にぎょっとしながら、マコがいないことに気づいた。
「マコ先輩は?」
「SCなら、モモが持っている」
小隊長の言葉の意味を悟って、リツは少し唇を噛んでうつむいた。
テトは周りを見渡してルナがいないことに気づいた。
モモが周囲の状況を分析した。
「戦闘があったんですね。タイプBが10体、タイプCが3体、新たに倒されてます」
「リツ、ルナはどうした?」
リツはうつむいたまま、首を振った。そして、少し震えた手でSCを差し出した。
「ルナ先輩のです」
モモはそれを受け取ると、「そう」と短く返事をした。
モモは手のひらの上でルナのSCのチェックを始めた。
「ルナのSCに記録されてるんだろうけど、何があった?」
テトの問いかけにリツは上目遣いで一瞥し、視線を朝日に送った。
「敵が現れて、一人で、タイプCやタイプBをやっつけて、最後は、タイプCと刺し違えて、自爆しました」
「SCは、いつ?」
「敵が現れてすぐ、念のためだって」
「そうか…」
「いくら門番だからって、ただ見てるだけは、辛いです」
モモがぽつりと言った。
「ルナ、ロット番号、1129。チェック終了。SCに問題はありません」
「そうか」
興味なさそうに返事をして、小隊長は発生装置の上に駆け上がった。
頂上から小隊長がテトに手招きをした。
素直にテトが登ると、小隊長はモモとリツにも声をかけた。
「二人とも、上がってこい」
テトは一変した光景に声がでなかった。
後から登った二人も同じだった。
今まで森だった風景は消え、窪地が現れた。その窪地の中に巨大なプラントがそびえていた。
プラントの中や周りで無数の影が動いていた。
「モモ、分かるか?」
「タイプ1です。非戦闘用の、ばかり、2000体くらいでしょうか」
「あと、どれだけだ?」
「30秒です」
「よし、新たな命令はない。基地へ帰るぞ」
空をおおう雲を凪ぎ払うように日が射し始めた。
適度に距離をおいたところで、テトは後ろを振り返った。
雲が割れ、日の光が、別の方向からも射し込んできた。
「始まったな」
肩越しに振り返って小隊長が呟いた。
日の光に見えたそれは、明るさを増し、熱量も増やしていった。
初めは光に触れる草木を燃やす程度の熱が、明るさ増すほど岩や金属を溶かし出した。
バリアが隠していた窪地で小規模な爆発が起きた。
ポップコーンができるような音がして、それは次第にドラムを狂ったように叩く音に変わった。
火柱が立ち上ぼり消えていった。
火柱の中で人形が踊っているような影が映ったような気がした。
最後に大きな火柱と轟音が起き、地面と空気を震わせた。
吹き飛ばされそうな熱風に、テトは思わずしゃがんだ。
反応が遅れたモモが危うく飛ばされそうになった。その手を小隊長とテトが同時に掴んだ。
強く引かれた手が地面をつかむと、反対の手で頭をコツンと叩き、少しはにかんだ表情でモモは舌を出した。
リツは平然と風を受け流していた。
やがて風が止み、静寂が訪れた。
雲はちぎれ、赤い空が覗いていた。地平線の上に太陽が浮かんでいた。
しかし、四人に勝利の高揚感や、平和の達成感はなかった。
空はほんの少しの間だけで、ほどなく灰色の雲が閉ざしていった。
小隊長が見上げると、頭上に光の点が現れた。
「来たぞ。お迎えだ」
頭上の点が大きくなって、飛行機の形になった。
「VTOLだ」
テトがぽつりと言うと、モモが釣られて続けた。
「サラさんでしょうか。サユさんでしょうか。それとも、ユフさん?」
リツの顔が曇った。
「サラは、嫌いだ」
「あら、まあ」
「いじめられたのかい?」
「違うだろ。新作カレーの実験台にされるのが嫌なんだろう」
リツは激しく首を振った。
「最近、サラは、僕を見つけると、新作髪形の実験台にするんだ」
VTOLの影が大きくなった。
「あれはユフさんですね」
モモの指さす先に、コクピットの窓から顔と手を出して振る仲間の姿が見えた。
とたんリツの顔が明るくなった。
「ユフお姉さん!」
「あらら」
「現金なヤツだな」
「こら、はしゃいでないで、ちょっとは下がれ。着陸できないだろう」
小隊長にどやされて少し下がったみんなの前にVTOLが降りてきた。
ランディング・ギアが四方に伸び、昇降用ハッチが開いた。
ハッチを手で開けた人物が現れ手を振った。
「げ」
そう真っ先に声を出したのはリツだった。
「おー、みんな無事か?」
「サラ?!」
くせっ毛のオレンジ色の髪をなびかせ、タラップを下ろしながらも、サラはタラップを無視して飛び降りた。
そのままサラはリツに向かってダイブした。
「うげっ」
サラが抱き付いた勢いで、リツはサラの下敷きになって地面に倒れこんだ。
「おお、ボーヤ、無事だったか」
サラはリツの髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。
「止めてよ、サラ」
その時、タラップを別の人物が降りてきた。
「お帰りなさい。ご無事でなによりです」
長い銀色の密編みの髪を揺らして、白いハーフコートを着たユフが降りてきた。
「いや、半分はやられたからな。あまり良い方ではない」
小隊長が表情を隠すように手をかざして空を仰いだ。
「でも、残りの方のSCをお持ちなんでしょう?」
「降下開始直後に輸送機が撃墜されて、一人を救出できなかった」
「まあ。デフォ子さんの小隊で初めての未帰還者ですか」
「そういうことになるかな」
「どなたが?」
「通信を担当していたナナだ」
「ナナさん?」
「ちょっと緑色が入った銀髪で、やたら胸がでかい…」
少し考えてユフが微笑んだ。
「思い出しました。いつも小さい子たちと遊んでいた、ベレー帽をかぶっていた人ですね」
「ああ。リツやルコが結構なついてる」
「でも、基地に帰ればまた会えますわ」
「そうだな」
少し穏やかな表情で、小隊長はタラップを登った。
その背後でサラの声がした。
「皆さん、早く乗って下さい。もう出ますよ。まあ、モモさん、その格好は、どうされたんです?」
「服を敵のナノマシンに食べられちゃって…」
「着替えなら用意がありますわ」
「メイド服は…?」
「勿論、ありますよ。ちゃんとモモさんのいつも通りのが」
そのやり取りを聞いて、小隊長は「ああ、平和になったなあ」と感じていた。
小隊長が中に入ると、すでにテトが座席に着いて、どこで見つけたのか、フランスパンをかじっていた。
テトの隣には赤みがかった銀髪の人物が座っていた。
二人が楽しそうに話しているのを見て、小隊長は小さな嫉妬心が芽生えたようだった。
空いているテトの隣の座席に腰を下ろすとテトの向こうの人物を確認した。
「なんだ。テイか」
小隊長の言葉に、テイが軽く会釈をし、銀髪が軽く揺れた。
「ウタ小隊長、お久しぶりです。またお会いできて光栄です」
「どうした、テイ。一人か?」
小隊長は辺りを見回して言った。
「はい。アタシの小隊はアタシだけになりました」
「誰かのSCはあるか?」
「情報担当のミコさんが持っていたのですが、ミコさんがやられてしまって、全部、…」
「そうか、残念だな」
それを聞いて、テイがクスッと笑った。
「相変わらず節約主義なんですね」
「節約というか、効率を考えて、知識や技術はなるべく集約されるべきだと思っている。失敗によってそれまで蓄積されてきた知識や経験の流れが断ち切られるのは、全体にとって損失だと考えている」
そこにテトが割って入った。
「いくらゲームをセーブしたところからやり直せるとはいえ、せっかく稼いだ経験値が無くなるのは、許せないと」
小隊長は口をへのじに結んでから言った。
「テトが言うと話が安っぽくなるな」
「なんだとぉ!?」
「それより、おにぎりは無いのか。自分だけフランスパンを食べやがって」
それを、いつの間にか隣に座っていたモモが差し出した。
「どうぞ」
モモはいつものグリーンのメイド服に着替えていた。
「おう、サンキュー、モモ」
それは白い皿の上に白おむすびが二つ載っただけのシンプルなしろものだったが、小隊長を笑顔にする力を持っていた。
「どこにあった?」
「後部の冷蔵庫の中ですわ、ウタさん」
モモの向こうの席にはリツが座って、サラのなすがまま髪をいじられるのを、じっと耐えていた。
コクピットに入る前にユフが一礼した。
「では、出発いたします。皆さま、シートベルトをお締めください」
ユフの言葉にテトは顔を上げた。
「他に迎えに行く小隊はないのかい?」
ユフが柔らかな微笑みで答えた。
「ウタ0101小隊とソラ0330小隊の回収が当機の任務です」
「他の小隊の回収はどうなっている?」
「回収用のVTOLは基地から58機が飛び立ちました」
「大部分の部隊を回収する予定なのか」
小隊長は少し不思議そうな顔をした。
「今回は帰還率、高いですね」
モモはうれしそうだった。
ユフは、頷いてコクピットに消えた。
やがて、エンジン音が辺りを満たし、柔らかなクッションに体を預けるような感覚を残して機体が上昇を開始した。
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