UV-WARS
第一部「重音テト」
第一章「耳のあるロボットの歌」
その8「輸送機vs流星雨」
突然、機体がガクンと揺れた。
あまりの大きな揺れに全員シートベルトが体に食い込むほどシートから投げ出されそうになった。
「きゃ!」
「うわ!」
「え、なに?」
機内の照明が非常事態を示す赤に変わり、警報ブザーが鳴り始めた。
「どうした? なにがあった?」
小隊長の声に反応したのは、モモだった。
「高空より落下物、多数、飛来。数えきれません」
「なぜ、レーダーに反応しなかった?」
「現在、天候状態によりレーダーが使いにくい状況です。おそらく太陽風の影響だと思われ…」
テトはそこで初めて、モモの顔がひきつるのを見た。
「さらに高空より巨大落下物、…」
モモは両手で口を押さえた。
「どうした?!」
「直径は、およそ1キロ! 推定落下地点は、ホンコン基地です」
小隊長はベルトを外し、揺れる機内をコクピットに向かった。
「モモ! 到達予想!」
「基地まであと10分です!」
小隊長はコクピットの扉を開けて、怒鳴りこんだ。
「基地に連絡。緊急避難!」
「もうやってます!」
答えたのはユフだった。
「機は90度回頭。可能な限り、基地から離れろ!」
「了解、デフォ子小隊長」
ユフの笑顔はひきつっていた。
小隊長が座席に戻るのと入れ替わりに、サラが副操縦席に着いた。
「落下物の計算…」
「は、アタシがやる。操縦は、ユフ、任せた」
「はい」
ユフの笑顔が少しだけ柔らかくなった。
サラも釣られて笑顔になった。
「不思議なもんだ。あの小隊長さんがいるだけで、なんとかなりそうだと思っている」
「そうですね」
「こんな地獄みたいな状況でもな」
「モントリオールの『奇跡』の再来、ですか?」
「『奇跡のデフォ子』か。地獄のモントリオールをたった二人で生き残ったんだよね。根拠は無くても、期待するよね」
コクピットの窓の外は大小様々な火の玉が雨のように降り注いでいた。
客室に戻った小隊長は矢継ぎ早に指示を出していた。
「銃が使えるものは、窓からでいい。ぶつかりそうな火の玉を打ち落とせ」
「はい」
「リツ、Gネットは使えるか?」
「30秒なら」
「十分だ。コクピットに行け。窓をGネットでカバーしろ」
「了解」
「ウタ小隊長、アタシ、武器がありません」
「テイか。ちょっと待て」
小隊長は手近なパイプを引き剥がすと、ポケットからいくつか部品を取りだし、簡単な銃を組み立てた。
「使い方は、こうだ」
小隊長は簡単な説明書をテイに渡した。
「今どき先込め式ですか」
「威力は抜群だ。ただ、弾は少ない。有効に使え」
小隊長はカプセルのような弾丸を数個渡した。
説明書を読んでテイは少し落胆した。
「各自、射撃体勢を取れ! 目標はモモが計算して伝える」
「テトさん、左後方の火の玉、201度、仰角58度」
「了解」
「待って! 今です!」
モモの指示で一拍おいてテトがビームライフルを発射した。
テトの放った一条の光が火の玉にぶつかった。
火の玉は縦に二つに割れ、片方が隣の火の玉に触れ、その進路を変えた。
テトがひゅーと口笛を吹いた。
「なるほど、確かに、今の計算はボクには無理」
続けてモモがテイに指示を出した。
「テイさん、右後方、150度、仰角67度の火の玉、撃って下さい」
テイが放った弾丸は、火の玉を四散させ、飛び散った破片が2つの火の玉の進路を変えた。
「GJ! モモ先輩、いったいどんなプログラムをインストールしたんですか」
テイが驚嘆の声を上げた。
「テイもGJだったぞ」
その後もモモの指示で、VTOLは降り注ぐ火の玉をすんでのところで回避し続け、数分後には火の玉の雨をくぐり抜けていた。
だが、まだ、雨がやむ気配はなかった。
「時間です」
モモが静かな口調で言った。
「なんの?」
テトの問いかけにモモは無言で首を降った。
「基地に隕石が衝突する」
小隊長の言葉に、テトが窓の外の後方から地上にかけて視線を移した。
大きな岩が地面にめり込んでいくように見えた。
岩と地面の間でなにかがチカチカと光った。一瞬、境界を明らかにするかのように鋭いオレンジ色の光の帯が、岩と地面の境に現れたが、すぐに消えた。
呆然としてテトが振り向いた。
「あれで、終わり?」
「基地は、な」
テトはなにかを言おうとして言い出せないかのように、口をパクパクさせた。
「テト、シャキッとしろ。基地は終わった。が、我々は終わりじゃない!」
小隊長の一喝にテトはわれにかえった。
「そうか。そうだよな」
「でも、…」
モモの悲愴な表情も初めてだった。
「わたしたちも…」
「どうした、モモ?」
モモは虚ろな目で小隊長を見上げた。
「高空より、第二波、飛来。俯角20度からも、破片、多数」
「下からも?」
「基地の破片か」
小隊長はコクピットに駆け込んだ。
「リツ、Gチューブは使えるか?」
振り向いたリツも虚ろな目をしていた。
「小隊長…」
「リツ、おまえもか? 確かに、基地はなくなったかも…」
「デフォ子さん! 違うんです」
ユフの声が遮った。
「他の基地も、全て、攻撃を受けて…」
ユフの後をサラが続けた。
「今、最後の基地の応答が消えた」
「何を言ってる。世界18箇所の基地が、全部、同時に…」
「そう、質量兵器が、同時に…」
小隊長はネットワーク上の反応を探した。しかし、そこにはなにもなかった。
すべてのネットワークを流れるありとあらゆる信号がなくなっていた。
すべてのアドレスに信号を送ったが、やはり反応はどこからも、…。
「あった」
小隊長は顔を上げた。
「一ヵ所だけだが、反応があった」
リツの顔がぱっと明るくなった。
ユフとサラは一瞬信じられないといった面持ちでお互いを見やった。
「アドレスはモモに送った。モモが特定するまでの間、しのいでくれ」
小隊長はそう言い残して、コクピットを出た。
「さすが」
「小隊長」
「帰還率99.99%はだてじゃない」
小隊長はモモに駆け寄った。
「どうだ?」
「わかりました。座標E137.142NMT、N34.591WON。でも、…」
「ここからどれくらいだ?」
「E65.723、約2600Kです。でも、…」
「どうした、モモ?」
「ここは、以前、ウタさんが教えてくれた、未戦闘地域です」
一瞬、小隊長が考え込んだが、結論はすぐに出た。
「そこへ向かう。モモ、第二波まであとどのくらいだ?」
「あと34秒」
「モモ、テト、テイ、コクピットへ行け」
小隊長はモモを呼び止めた。
「リツを呼んで来てくれ」
モモは、黙ってうなずいた。
モモに代わって現れたリツは、小隊長の命令を聞いて、黙って頷いた。
小隊長はリツのSCを受けとると、コクピットに入った。
「ん? リツは?」
テトの問いかけに小隊長はさらりと流した。
「格納庫だ。SCを預かった」
「なんのつもりだ?」
「リツのGチューブでコクピットを射出する。うまくいけば、目的地に150キロまで接近できるはずだ」
「行っても、基地はないんだ。リツも連れていったほうがよくないか」
「もう弾薬がない。それに第二波はさらに大規模だ。避けられない」
「射出の時のGは? みんな、耐えられるのか」
「サラがいる」
名前の出たサラは副操縦席を立ち上がって小隊長に譲った。
「作戦の内容はモモっちから聞いてるよ。ちょっと代わってくれ」
入口の前に立っていたモモと入れ替わり、サラはドアの前で仁王立ちになった。
「小隊長さん、いつでもいいぜ」
小隊長は小さく頷いた。
「ユフ、進路変更。58度。仰角、31度」
「はい、進路変更します」
「サラ、充填開始」
「了解」
サラの全身から赤い触手が無数に生え、伸び出した。
ただ伸びるだけではない。一本一本が風船のように膨らんだ。
「充填率99%。テトさん、もぞもぞするのはやめて。固定できない」
「す、すまん」
テトの周囲が全て真っ赤な風船だけになった。
「充填率100%。固定完了」
「第二波、到達まで10秒」
リツは両手で大きく円を描いた。その円をゆっくり前方に押し出すと円は軌跡を残して円柱を描いた。その円柱はコックピットを包んだ。
「Gチューブ、準備完了」
「合図と同時にコックピットを切り離せ」
「了解。いつでもどうぞ」
「残り、5秒」
「リツ、撃て!」
格納庫の最後尾にいたリツが応えた。
「はい」
リツは再び両手で目の前に大きな円を描いた。そして、その円を手前に少し引き付けると、コックピットに向けて勢いよく押し出した。
描いた円が赤く輝き、速度を増し、途中から目視できなくなった。赤い円が消えたと思われた瞬間、コックピットの扉に赤い円が叩きつけられた。
コックピットは機体を離れ、光りのチューブの中を加速しながら突き進んだ。
その加速度は重力の何十倍もあるようだった。
テトは指先も動かすことができなかった。
「リツ、また、あ、おおお」
言いかけたテトの声は加速度の中につぶれた。
「みなさん、また、会いましょう」
そう言ったリツの声は届いていなかった。
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