1.
1月も半ばを過ぎて、街の其処此処が鮮やかなハートで飾られ出した。
「もうバレンタインの準備か……年々開始が早くなるなぁ」
見るともなしに眺めつつ、私はどうしようかな、なんて考える。手作りするのは決定にしても、何作ろう。あれ、でもカイト的にはチョコよりアイスの方がいいのかな。だったらアイスケーキ……それともバレンタイン用に何か限定メニュー出てるかな?
つらつらと考えながらも、足は一路家を目指す。厚手のコートを着込んでいても、この時期の夕暮れは身を切る寒さだ。風に凍えて身を縮めると、ひどく心細く、人恋しくなる。早く、カイトが待っていてくれる家に帰りたい。
「ただいまー」
鍵を開けて、そう声をかけながらドアを開くと、殆ど間髪入れずに出迎えの声がする。
「お帰りなさい、マスター!」
喜色に弾む声は、尻尾を振って駆け寄るわんこみたいだ。カイトが毎日こうして迎えに出てきてくれて、本当に嬉しそうに迎え入れてくれて。それが嬉しくて幸せで堪らないんだって、ちゃんと伝わってるかなぁ。
「ただいま、カイト」
改めて言いつつ、鼻先まで引き上げていたマフラーを外すと、白い両手が差し伸べられた。
「寒かったんですね、マスター。ほっぺたとか、赤くなってます」
そっと頬を包まれて、その掌が大きくて、あったかくて。うん、と小さな子供のように頷いた。
* * * * *
2.
カイトの温もりにほっとして、暖かい部屋で美味しいご飯を食べ終える頃には、外の寒さも奇妙に寄る辺無い感覚も、遠くぼやけてしまっていた。
そうしてゆったりとした気持ちでカレンダーを眺めていると、ふと大事な事に気が付いた。2月14日って、KAITOマスター的にはバレンタイン以上に一大イベントの日じゃないか――ヤ○ハ暦でなら。……うん?
「ねぇ、カイト」
「はい。何でしょう、マスター」
「カイトの誕生日っていつになるの? ≪KAITO≫の発売日でいいのかな。『オリジナル』だと2種類あるんだよね」
そう、何故だか『KAITO』の発売日は2つあって、どちらを『誕生日』とするのか明確な答えが無い。マスターごとに選択したり、「いっそ両方!」なんて言う人もいるみたいだ。≪VOCALOID≫――『歌うアンドロイド』としての≪KAITO≫なら、発売日はクリ○トン暦に合わせて2月17日だった筈だけど。
「……たんじょうび……」
首を傾げて答えを待つ私の横で、カイトは妙に平坦な調子で呟いた。
「カイト?」
「っま、マスター! 俺、重大な過失に気付いちゃいましたっ」
「か、過失? どうしたのいきなり」
一転して勢い込むカイトに気圧され、私も何だか慌ててしまう。カイトは蒼白な顔で瞳を潤ませて、苦悩の色すら滲む言葉を吐き出した。
「俺っ、マスターのお誕生日を知りません……!」
* * * * *
3.
「なんてことだ、この世で最も大切な日を知らないなんて! 信じられない、ありえないだろう俺の馬鹿!! 馬鹿野郎ーーーっ!!」
「ちょ、落ち着いてカイト! っていうか大袈裟だから!」
「大袈裟なんかじゃないですっ」
今にも自分で自分を殴りつけそうなカイトを宥めようとすると、大粒の雫を散らしながら返された。
「泣くほど?!」
「だって、う……うぅ……」
嗚咽に呑まれて言葉が続かないらしい。マジ泣きだ。あぁもう、
「愛しいなぁカイトは」
「ますたぁ……」
思わず抱き寄せると、涙に濡れたブルーアイが揺れる。本当に何処までも、愛しいひとだ。
「ほらカイト、顔拭いて。大丈夫だから。私の誕生日はまだ先だよ」
「う……ほんと、ですか……?」
おずおずと尋ねるカイトがどうしようもなく可愛くて、光る目元にキスして笑う。
「ほんとに。カイトより後、3月だよ」
真っ直ぐに視線を合わせて告げると、漸くカイトも安心したようだった。
* * * * *
4.
「……良かった。過ぎちゃってたりしたら、俺、」
ほっとしたのも束の間、カイトは再び眉を寄せた。
「あぁほら、カイト、泣かないで。大体過ぎちゃってたとしたら、そんなの言わなかった私が悪いんだよ」
見る間に盛り上がる雫を拭いながら言うと、またもや強く首を振って否定される。
「マスターが悪いことなんて無いですっ!」
「いや、それはどうだろう……」
潤んだままの瞳で視線に力を籠めるカイトに、素で首を傾げる私。苦笑が零れて、宥めるように涙の伝う頬を撫でた。
「私が間違う事だっていっぱいあるよ? だから悪かったらちゃんとそう言って、私に修正したり反省したりするチャンスを頂戴?」
ね?、と微笑みかければ、ふぅっとカイトから力が抜ける。額を合わせるように寄せられた頭に手をやって、さらさら零れる髪を梳かした。
「……ふふ。ありがとう、カイト。泣いちゃうくらい大事に思ってくれて、嬉しいよ」
「マスター……うぅ、マスター、大好きですーっ」
ぎゅう、と思い切り抱き締められる。こんな風に抱き付いてくれたりするところは可愛くて、だけど抱き寄せられた胸とか、背に回された腕とかは『男のひと』で、何だか不思議な気がする。どきどきするし、安心する。……要するに。
「ありがとう。私も大好きだよ、カイト」
* * * * *
5.
「ところで話を戻すけど、カイト。誕生日は?」
「あ……どうでしょう、俺、試作品だから正式には≪KAITO≫じゃありませんし……。生まれた――造られた日、っていうのも、プログラム基準かボディ基準か、初起動はいつだったかなぁ」
ううん、とカイトは首を捻る。確かに彼の場合、何を以って『誕生』とするか難しいところかもしれない。
「カイトにも判んないかー。じゃあカイト、14日と17日、どっちがいい?」
判らないなら決めてしまおう、という事で訊いてみた。カイトはますます困惑した表情で、目を瞬かせる。
「む、難しいですよ……」
「んー、じゃあねぇ。バレンタインと誕生日をダブルでお祝いと、個別に2回お祝いと、どっちがいい?」
「えっ」
少しは選びやすいかと表現を変えると、何故だか絶句されてしまった。え、どうしてそこで固まるかな。
何か変だったか?と内心首を傾げるうちに、フリーズ状態だったカイトがじわじわと解けだした。頬を紅潮させて私を見つめ、何処か夢見るように言う。
「……ばれんたいん……貰えるのが、前提なんですね」
うっとりした視線を向けられて、今度は私が目を瞬かせる番だった。
そうか、そこで喜んでくれるのか。こういうひとつひとつを、『当たり前』にしてしまわずに拾い上げてくれるあたり、嬉しいなぁと思う。
私は満面に笑みを浮かべ、力一杯頷いた。
「そこは日本人女子として、勿論全力で参加しますとも!」
* * * * *
6.
何だかあちこち脱線しつつ、結局カイトは『14日』を誕生日に選んだ。……んだけど、その理由がまた奮っているというか、カイトらしいというか。
「ちなみにマスター、お誕生日は3月の何日ですか?」
「私? 14日だよ」
「……ホワイトデー、ですね」
選びかねたらしいカイトに問われて、答えると思案顔で頷かれて、それから。
「じゃあ、14日にします。マスターのお誕生日がホワイトデーなら、バレンタインデーが誕生日だと『お揃い』みたいで嬉しいから」
――にっこり笑顔でこれですよ。つくづくひたすら可愛いひとめ……!
「ん、わかった。それじゃダブルな分、より張り切ってお祝いするからね。楽しみにしてて?」
「マスター……! あいしてますっ」
感極まった様子で瞳を輝かせるカイトを見ていると、ティーカップに沈む砂糖にでもなった気分だった。甘く甘く溶けていきそう。一呼吸ごとに吸い込む空気すら、とろりと甘く香る気がする。
こんな幸福に満ちたセカイをくれるカイトに、何を贈れば伝えられるだろう。……何を、伝えたいだろう。感謝を? 幸せだよって事を?
ひとつひとつは確かに伝えたい事で、だけど何だかしっくりこない気もして――絡まりかけた思考は、そっと触れられて放棄した。
多分、一言で纏めると『愛してる』って事で。だけど一言じゃ足りない気がするのかもね。
寄せられる唇に瞼を下ろしながら、何となくそんな風に結論付けた。
Honey, sweet honey【兄誕*前夜祭】
KAITO兄さん、ハッピーバースデーイブ~!!
文章書きオンリーの私ですが、兄さんへの愛が迸ったので勝手に個人企画。
2011年KAITO誕ひとり祭り、題して『兄誕』!
14日~17日の兄さんバースデー期間+前後各1日、小説(SS)・歌詞を連夜UPします。
一緒に楽しんでもらえると嬉しいです☆
そんな訳で本日のUPは『前夜祭』、いつものふたり(『KAos~』のカイト&來果)で前フリSSです。
前フリという事で作中は1月設定で、書き上がったその日からブログの拍手に置いてました。ログまとめ恒例で、6本目はこちらで初公開です。
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ブログで進捗報告してます。各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
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