五番目アリスは
――やはり、この絵本は開いてはいけない、見てはいけないものだったんだ。この絵本を開いてしまえば、『夢の世界』とやらに引き込まれ、他のアリスたちと同じようになってしまうのだろう。
やっとルカが気づいたときには、時既に遅しであった。
あたりは真っ暗な闇に包まれ、絵本の中でアリスたちが最初にいた、あの空間に違いなかった。暗い空間の中でぺたんと座り込む。
「出てきなさいよ!いるんでしょう?うちの生徒たちをかえして欲しいのよ!」
震える身体を抑え、ルカが叫ぶ。いつもの柔らかく落ち着いた声とは違う、甲高く怒りと恐怖と、少しの勇気と大きな不安で、身体だけでなく声すらも震えていた。
碧い瞳が近づいてくる人影をうつした。切れ長の目が一層細く、ルカが人影を確認しようと目をぐっと細めてそちらをみていた。
しかし、人影はすぐに消えてなくなっていた。驚いてルカが辺りを見回すと不意に、髪に触れるものがあった。
桃色の長い髪をすくい、人影がルカの後ろで微笑んでいた。実際に微笑んでいたのを見たわけではないが、微笑んでいたのだ。
まるでピエロのような服装で、気味が悪いほど真っ白な仮面をつけていた。頬の辺りには星と涙が描かれ、口と目の部分は裂けたように長い仮面だ。
そんな不気味な格好をした人影に、強がって大声を出したルカの顔がこわばり、しりもちをついたままで後ろへと下がる。しかし、相手も面白がるようにルカの動きに合わせてこちらへと歩み寄ってくる。
「いや、こっちにこないで」
「どうしてです?何も恐れることはありません。何せここは夢の国、貴方の思い通りに…」
「ならないわ!私の思うままになんかならない!全ては貴方が生き延びるため、そうでしょう?」
言葉をさえぎられたからなのか、図星だったからなのかはわからないが、相手は仮面の下で目を鋭く光らせ、ルカにぐっと近づき、その白く整った顔に人影の白い手袋が触れる。ぴくり、とルカが身震いをする。それを面白がるようにして、人影は小さな笑い声を上げた。そんな手をルカが手の甲で払いのけ、仮面の奥を見据えるようににらみつけた。
「何のつもりですか?大体、アリスは夢が生き続けるために夢を見ればいいだけのことでしょう?一人で十分でしょうし、この世界に閉じ込めておかなくてもいいはずじゃないのですか?」
すると相手は少し驚いたようにして見せ、それからルカの顎に手を添えてぐっと顔を近づけると、にやりと笑った。
「それはそうです。ですが、やはり人間の欲望というものは面白い。貴方のように生徒思いの正義感が強い生徒会長を気取っていても本当は違う。そうやって人を見下して楽しんでいるんでしょう。人の上に立つ優越感と、誰も自分に逆らえないという安心感を得るために生徒会長になったんでしょう?私にはよくわかる」
「ち、違うわ!少しでも学校をよくしようとして…」
「自分がいてよいと思う場所は、自分がもっとも力を持っていると思える場所ではありませんか?」
「なんで、そんなこと…」
「『何故』?それは貴方にはよくわかっているのでしょう?」
そうって、仮面に手を伸ばした。
仮面をとめていた金具がはずれ、「カチリ」と小さな音を立てた。その手が仮面をそっとはずすと、その顔はよく見知った顔、碧い瞳の切れ長の目に少しかかる程度の長めの前髪、スカートのすそをも越えようかというほどの長く緩やかなウェーブのかかった、ロングヘアーも、すべて、自分の顔に他ならなかった。
「あ、貴方、誰なんですかっ!?なんで…」
「私の名は『ルカ』。第五のアリスです」
「ちょっと、何のつもり――!?」
視界が狭まったかと思うと、ルカは体中を見た。
白い手袋とピエロのように所々膨らんだ服装。それはすべて、目の前にいたあのおかしな奴が着ていた服装そのままで、その相手は自分が着ていた服を着ている。
しかし、ルカはあくまでも冷静に振舞う。
「残念だけど、私はアリスじゃないわ。貴方が今までのアリスにつけてきた名前はトランプのマークでしょうけれど、トランプのマークは『スペード』『ダイヤ』『クローバー』『ハート』の四つのみ。五番目はありえないわ」
「よく考えてください。トランプは全部で五十四枚。それぞれのエースからキングまで、十三枚ずつ。しかし、それだけでは五十二枚だけでしょう」
「…まさか、ジョーカー?」
「その通り。そして、アリスになるのはあなたではない。私です。何故なら、貴方はもはや『ルカ』ではなく、消えかけた夢なのですから」
「…え?」
ポカンとしているルカ――いや、夢に、にやりと笑い、短めの制服のスカートを翻してみせると、ルカ(元・夢)は呟くようにルカの耳元で囁いた。
「さようなら、醜い夢。私は夢の国を楽しんでくるわ」
「いっ、い、いやぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!」
暗い闇一色の空間に、悲鳴とも叫びとも取れぬような声がただ響くだけだった。
「おや、これはこれは。はじめまして。この絵本を開いたということは、貴方が六番目のアリスですか?…ああ、ここは夢の国。全て貴方の思いのままに。しかし、アリスとしてこの世界で私の意に反する行いをすることがあれば、代償をいただきます」
暗い闇の中で、夢はそう呟いた。
「ああ、またつまらなくなっちゃった」
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リオン
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こんにちは、返事が遅れまして、スミマセン!
月影ルンナさん、落ち着いてください!!(汗)
ありがちかなぁとか思いながら書いていたので、よかったです…。
この後、がくぽ君は絵本を開いてなんかかんかあって逝っちゃいます。きっと。
鏡の悪魔Ⅳ、がんばりますね!
気まぐれでも、コメントあるだけでうれしいです!
Ж周Жさん、絵本を開かなければ大丈夫ですよ!…多分。
リアルでしたか?よかったです!
次は、はじめのほうにリンレンが出てきにくいかも…。
そんな感じですが、よろしくお願いします!
2009/11/02 17:05:42