私はコンビニによってアイスを買った。
なにが好きなのか、わからなかった。
だから、ちょっと高めのバニラアイスを買ってみた。
喜んでくれるかな…。
その日、私はいつもより歩幅を広げて歩いた。
でも、それだけじゃあ足りない気がした。
もっと早く帰りたい。
もっと、もっと、もーっと早く。
だから、私はルートを変えた。近道をした。
公園を突っ切ったら、マンションまであともうちょっとだ。
私の足はいつの間にか駆け足になっていて、
私の顔は無意識のうちに笑っていた。
でも、私はすぐに足を止める。
突っ切るはずだった公園に、見覚えのある背中があった。
ちょっと猫背で、
ひとりぼっちで、
いつも寂しそうな背中。
傷だらけの包帯も、
黒くてきれいな髪も、
すべてがすべて、彼のものだった。
ブランコに腰掛けている彼の背中に、忍び足で近寄る。
彼はうつむいたままで、気づいていない。
今がチャンス!
私は後ろから帯人に抱きついた。
「だー!」
「ッ!?」
悲鳴はなかったけど、振り返った顔はかなりおもしろかった。
目をまん丸く見開いて、まるで変なものを見るような目で
私のことを凝視していた。
「なんなんだ、こいつッ!」って言わんばかりの顔だった。
私は腹を抱えて笑う。
「ま、マスター…」
「あははは、ちょ、ビビりすぎー!あはは」
「笑いすぎです…」
「あはは、ごめんごめんッ」
私は隣のブランコに座る。
そして、さっき買ったばかりのアイスクリームを彼に渡した。
帯人はきょとんとしている。
「…なんですか?これ」
「あいす」
「…それくらい、わかります」
「なら聞かないーっの♪」
帯人は手渡されたアイスを見て、首をかしげてる。
私はそんな彼に、コンビニでもらったスプーンを差し出した。
「…なんで」
「私の同級生で、帯人と同じ男性ボーカロイドを持ってる子が
いるんだけどね。
その子のボカロは、アイスが大好物なの。
三日三晩、アイスで生きていけるような馬鹿なんだって言ってた」
「だから…?」
「だからー。そのー、ね。同じ男性タイプなんだから、帯人も
アイスクリーム好きなのかなー、なんて」
「僕の、ために?」
帯人はまじまじと私の顔を見つめてきた。
急に恥ずかしくなって、私はとっさに目をそらした。
「た、食べよっか?」
帯人は口元に優しげな笑みを浮かべて、こくりとうなずいた。
夕暮れに染まる公園で、二人でアイスを食べた。
大奮発した高めのアイスクリームはもちろんおいしかった。
でも、きっと別の隠し味のせいもあると思う。
今まで食べたなかで、一番おいしあったから。
月が東の空で輝き始めたころ、やっと二人は立ち上がった。
くいーっと背伸びをする私を見て、帯人は微笑んでいた。
「ねえ?…マスター」
「なに?」
「僕は、あなたと一緒にいてもいいですか?」
「もちろん♪ 帯人がいたいなら、ここにいてもいいよ」
「…本当?」
「嘘つくわけないでしょー。あ、もしかして疑ってるの?」
「…違う」
あ。ほら。また悲しそうにうつむく。
帯人。あんたの悪い癖だよ。それ。
こっちまで、悲しくなるじゃん。
私はつま先立ちして、帯人の頭にチョップをする。
帯人はびっくりしてまた私を見つめる。
私は二カッと笑ってやった。
「その顔禁止だから♪ 笑わなきゃ損だよ」
そう言ったら、彼は「ぷっ」と吹き出して、そして笑った。
ちょっとだけ声を出して、笑ったんだ。
まるで人間みたいに―。
そして帯人は、きれいな笑顔で、
「僕はずっと、あなたと一緒にいたいです」
そう言った。
「どんとこい!」なんて誤魔化して笑ったけど、
本当は飛び跳ねたくなるくらい嬉しかった。
まるで家族が帰ってきてくれたみたいに、
寂しかった部屋が
ちょっとだけ暖かくなった。
幸せって言ったら、きっと笑われるね。
コメント0
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る「危ないッ!」
帯人はとっさに私をコートで包み込む。
そのおかげで私は降り注ぐガラス片で怪我をすることはなかった。
でも、コートの隙間からたたずむ少女の姿がしっかりと見えた。
「なんで?なんでよ」
彼女自身、ガラス片によって腕を切っていた。
不凍液がまるで血のように腕を伝っている。
「ありえないでし...優しい傷跡 第13話「わたしの決意」
アイクル
ひとりぼっちで残されて。
すごく寂しくて。
昨日、抱きしめた温もりが忘れられなくて。
人肌ってあんなに優しいんだと、やっと気づいた。
ねえ、マスター。
僕は、僕は、僕は、僕は。
あなたがここにいないと、息ができなくなりそうなんだ。
今にも泣いてしまいそうで、
苦しくて傷が疼いて。
僕は何度何度も、傷...優しい傷跡 第05話「赤い少女」
アイクル
この状況を説明するのに小一時間。
帯人を別室に押し込んで、メイコ姉さんにこれまでのことを話した。
傷だらけで倒れていたこと。
それを拾ったこと。
帯人のマスターになったこと。
そしたら、ものすごく懐かれてしまったこと。
すべてを話し終えると、メイコ姉さんは頭を抱えているようだ。
「つまり、雪子はあっ...優しい傷跡 第08話「エラー、崩れ出す音」
アイクル
「ぼくは、あなたのことを愛しています」
そう言った、彼の瞳は虚ろだった。
けれど温もりのある声だった。
だから、私はそっと手を伸ばして彼の頬をなでた。
私の行為に彼は驚いているみたいだったけど。
「帯人」
「……」
帯人の頬は暖かい。
ボーカロイドと人の境目なんて、ずっと昔から、ないのかもしれないね...優しい傷跡 第12話「家族」
アイクル
今日は日曜日。
だから目覚ましだって黙り込んでいるし、
朝日だって、無視しても怒りはしない。
いつまでも寝ていられる♪
最高だね!
…って、はずなのに。
…………めちゃくちゃ寝苦しい。
私は重いまぶたをゆっくりと開いた。
「んぅ~…」
ぼやけた視界。...優しい傷跡 第07話「おはようございます」
アイクル
その後、数分メイコ姉さんと話した後、彼女は呼び出されて行ってしまった。
彼女は「元気な顔が見れて安心したわ」って言ってこの場を後にした。
私は彼女の後ろ姿を見送った後、
別室に押し込んでいた帯人のもとへむかおうとした。
そのはずだった。
別室への扉のドアノブを握ったとき、すごく不安な気持ちになった。...優しい傷跡 第09話「壊れ出す」
アイクル
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想