その後、数分メイコ姉さんと話した後、彼女は呼び出されて行ってしまった。
彼女は「元気な顔が見れて安心したわ」って言ってこの場を後にした。
私は彼女の後ろ姿を見送った後、
別室に押し込んでいた帯人のもとへむかおうとした。
そのはずだった。
別室への扉のドアノブを握ったとき、すごく不安な気持ちになった。
ドアが、ドアが半開きになっていたから。
まるで誰かが盗み聞きしていたみたいになっていて―。
私は扉を開いて、別室へ飛び込んだ。
「帯人!?」
帯人が部屋の真ん中でうずくまっていた。
私は急いで駆け寄る。
「大丈夫!?」
声をかけても反応がない。うつむいたまま、彼は返答しない。
しばらく沈黙が周りを包み込んだ。
それはあまり居心地のいいものではなかった。
頭を抱えてうずくまる彼が、あまりにも痛々しくて私は視線をそらした。
しかし、私は視線をそらした先に、より恐ろしいものを目にした。
床に落ちた血痕のような、そんな不気味な斑点。
まさか―。
「帯人ッ!」
無理矢理うずくまる彼を起こした。
思わず息をのんだ。
「…どうして」
帯人の包帯は乱れていて、その下からたくさんの血がにじんでいた。
そんなことは前からよくあったことだ。
それが癖だということも十分認識していたつもりだった。
けれど今回ばかりは違う。
傷の数が異常に多い。こんなに自分を傷つけたことはなかったのに。
帯人は片手で胸のあたりを引っ掻き、もう一方の手で頭を抱えている。
その異様な光景に絶句しながらも、私は必死に体を動かした。
私が、マスターなんだから、しっかり、しないと。
私は力一杯、帯人の両腕を引っ張った。
彼の両手が傷から、頭から、一旦は離れてくれた。
抵抗するかと思っていたが帯人は案外、大人しくしていた。
私は問う。
「…帯人。なんてこんなことをするの?」
「………嫌だった」
「なにが」
「寂しくて、苦しくて、すごく嫌だったから…」
(一人にしたことを、怒ってるの?)
「ごめんね。ひとりぼっちにして。もう大丈夫だよ。
私はここにいるから。ほら、レモンティーでも飲もうよ?ね?」
そう言うと、帯人はまた頭を抱えた。今度は肩が震えている。
帯人にいくら声をかけても、彼はうなり声をあげるばかりだった。
内心、私は不安だった。
もしかしたら、これが《エラー》というものなのだろうか。
なら刺激しないで、メイコ姉さんを呼んだ方がいいんじゃないか。
ボーカロイドの医療施設にも行って、検査してもらえば、きっと。
私はポケットからケータイを取り出した。
…それは一瞬の出来事だった。
身動き一つできなかった帯人が、突然、ケータイをはたき落とした。
そのままケータイは床を滑り、部屋の角に移動してしまった。
私はすぐにそれを追いかけようとしたが、その行動は制止される。
「たい、と…」
目の前で、帯人が、帯人が突然、笑い始めた。
「ああははっはああはあはあああははあはははっっははっはっは!!」
なんでだろう。
とっさに、「ああ、駄目だ」って思った。
目の前に立つ彼は、いつもの優しい彼ではなかった。
明らかにおかしいのは、その目だった。
虚ろな目が、夜のように薄暗く沈みきっている。
不気味な目が、ぎょろりと私を見つめた。
不凍液の赤が、血にしか見えない…。
胸を引っ掻く彼の指先は、血だらけだった。
「マスター、マスター、マスター、マスター、マスター」
壊れたレコードのように、何度も何度も彼は私を呼ぶ。
「なんで僕だけを見ていてくれないんですか。
なんで他の生き物と会話をするんですか。
なんで僕をひとりぼっちにするんですか。
なんでですか。なんで、なんで、あなたは遠くに行くんですか」
帯人は私の腕をつかみ、一気に引き寄せる。
私と彼の距離はどんどん近くなる。嫌な汗がにじむ。
「やめなさい!」
私の声は震えていた。
「嫌だよ」
「ッ!?」
彼は目を見開いて、ニタッと笑う。
今まで見たことがないような、気味の悪い笑みだった。
私の全身の血の気が引いた。
「ひっひひっひひっひひひひっひひ♪」
ここからちょうど見えちゃうの。
このマンションのね、私と同じ匂いのする子のね、部屋がね。
今ね、とってもおもしろい状況なの。
すごくね、すごくね、おかしいのよ。
「やっぱり、あなたも駄目なの」
愛される。
愛したい。
そんなの、私だってわかってる。
でもね。わからないことだって、あるの。
わからないのに、愛せというから、こんなことになるの。
「ねえ、コップはどこにあるの?私には見えないよ」
見えるわけないじゃない。
見えるわけないのよ。
コメント0
関連動画0
ブクマつながり
もっと見る「危ないッ!」
帯人はとっさに私をコートで包み込む。
そのおかげで私は降り注ぐガラス片で怪我をすることはなかった。
でも、コートの隙間からたたずむ少女の姿がしっかりと見えた。
「なんで?なんでよ」
彼女自身、ガラス片によって腕を切っていた。
不凍液がまるで血のように腕を伝っている。
「ありえないでし...優しい傷跡 第13話「わたしの決意」
アイクル
ひとりぼっちで残されて。
すごく寂しくて。
昨日、抱きしめた温もりが忘れられなくて。
人肌ってあんなに優しいんだと、やっと気づいた。
ねえ、マスター。
僕は、僕は、僕は、僕は。
あなたがここにいないと、息ができなくなりそうなんだ。
今にも泣いてしまいそうで、
苦しくて傷が疼いて。
僕は何度何度も、傷...優しい傷跡 第05話「赤い少女」
アイクル
私はコンビニによってアイスを買った。
なにが好きなのか、わからなかった。
だから、ちょっと高めのバニラアイスを買ってみた。
喜んでくれるかな…。
その日、私はいつもより歩幅を広げて歩いた。
でも、それだけじゃあ足りない気がした。
もっと早く帰りたい。
もっと、もっと、もーっと早く。
だから、私はルー...優しい傷跡 第06話「アイスクリーム」
アイクル
この状況を説明するのに小一時間。
帯人を別室に押し込んで、メイコ姉さんにこれまでのことを話した。
傷だらけで倒れていたこと。
それを拾ったこと。
帯人のマスターになったこと。
そしたら、ものすごく懐かれてしまったこと。
すべてを話し終えると、メイコ姉さんは頭を抱えているようだ。
「つまり、雪子はあっ...優しい傷跡 第08話「エラー、崩れ出す音」
アイクル
ベランダから飛び降りた帯人と雪子を見届けて、メイコはゆっくりと
立ち上がった。
キクはベランダを見つめたまま、じっとしている。
その口だけは動き続けていて、まるでなにかを唱えているようだった。
「残念だったわね。……あんたの相手でもしてあげる」
そう言うと、ぼんやりとした瞳をこちらにむけるキク。
「...優しい傷跡 第15話「本音が知りたいから」
アイクル
今日は日曜日。
だから目覚ましだって黙り込んでいるし、
朝日だって、無視しても怒りはしない。
いつまでも寝ていられる♪
最高だね!
…って、はずなのに。
…………めちゃくちゃ寝苦しい。
私は重いまぶたをゆっくりと開いた。
「んぅ~…」
ぼやけた視界。...優しい傷跡 第07話「おはようございます」
アイクル
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想