この状況を説明するのに小一時間。
帯人を別室に押し込んで、メイコ姉さんにこれまでのことを話した。
傷だらけで倒れていたこと。
それを拾ったこと。
帯人のマスターになったこと。
そしたら、ものすごく懐かれてしまったこと。
すべてを話し終えると、メイコ姉さんは頭を抱えているようだ。
「つまり、雪子はあっちの趣味はないってことよね?」
(あっち、とはおそらくボーカロイドへの過剰な愛情のことだろう。
この前、最近はそういう事例が後を絶たないんだと言っていたから)
「ないですよッ!」
そう笑ってみせると、彼女は苦笑していた。
「意外だった?」
「そりゃあね。正直、私は反対よ。ものすごーっく、ね」
「あ!だめ!絶対に帯人を廃棄しないで!!」
「ん?どうしたのよ。必死な顔して。そんなことするわけないでしょ?」
よかった。
私は胸をなで下ろした。
でも、やっぱりメイコ姉さんの表情は曇っていた。
「最近、嫌な事件がよく起こるでしょう?」
「…マスターを殺してしまう、ボーカロイドの暴力事件のこと?」
「そう。製造元を調べ上げても、原因はまったくわからなかった。
今のところ、ボーカロイドのシステムの《エラー》だということしか
わかっていないの」
「だから、心配なの?」
メイコ姉さんはうなずいた。
そして、彼女はヒマワリみたいと微笑んだ。
「だって、あの人に言われたんだもの。あなたをお願いって」
おじさんのことだ…。
私は目を伏したまま、「ごめんなさい」と言った。
そしたら、彼女はぽんっと私の頭をなでた。
「なに謝ってんのよ。あなたはマスターでしょ?
マスターなら、しっかりしなさい」
「はい…」
うつむく私を見て、メイコは静かに言う。
「…本当のこと言うとね、《エラー》っていうのはどのボーカロイドに
起こってもおかしくないことなの。
だから、あの帯人君がいつどうなったって、変なことじゃない」
「…」
出会ったばかりのころの記憶が、頭をよぎる。
握られたアイスピックを突きつけられた、あの恐怖感。
あれは、あれはもしかして……《エラー》だったの?
「でも、もしそうなったら、すぐに連絡をちょうだい。
一秒で駆けつけてあげるから」
そう言って、メイコは私の頭をわしゃわしゃと荒くなでた。
その言葉が嬉しくて、私はしばらく頭をなでてもらっていた。
まるでお母さんみたい。
なんて言ったら、きっと殴られちゃうだろうな。
心のなかで、ちょっとだけ笑った。
帯人は別室で、ひとりぼっちだった。
椅子に座り、ただボーッと一時間くらい外を眺めていた。
窓から見える景色は、とてもきれいだった。
こんなに世界はきれいだったんだなと、改めて思った。
ふと、先日会った赤毛の少女のことを思い出した。
彼女は僕と似ていた。
なにが似ていたのか、よくわからないけれど、あえて言うならばおそらく―。
まとう空気。
なんて表現すればいいかわからない。
この言葉がたぶん一番近いだろう。彼女と僕は雰囲気が似ていた。
僕の目には、彼女が今にも泣きそうに見えた。
寂しそうに見えた。迷っているように見えた。苦しそうに見えた。
彼女にも僕という存在が、そんな風に見えていたんだろうか。
《人殺し。あなたとオソロイね》
彼女の言葉が脳裏によみがえる。すごく気分が悪くなった。
頭の回線がくすぶっているような気がする。
ああ、すごく嫌な気分だ。
帯人は椅子から立ち上がり、二人のいる部屋へむかった。
話しが終わっていなくても割り込んでしまおう。
メイコさんという人が、マスターとばっかり一緒にいるなんてずるいから。
帯人は扉を開けようとした。
しかし、その手はドアノブを握る前に停止する。
扉のむこうから、声が聞こえた。
「…本当のこと言うとね、《エラー》っていうのはどのボーカロイドに
起こってもおかしくないことなの。
だから、あの帯人君がいつどうなったって、変なことじゃない」
メイコさんの声だ。
《エラー》…?
《エラー》ってなに?
《エラー》ってどういうこと?
ねえ、教えてよ。
ねえ、
ねえ、ねえ、
ねえ、ねえ、ねえ、
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ますたー、―。
赤い少女の、あの虚ろな瞳が頭に浮かんだ。
光のない、何を考えているのかまったくわからない、あの瞳。
不気味なあの瞳…。
ああ、なんとなくわかった気がする。
《 人 殺 シ 。 ア な タ と オ ソ ロ イ ね 》
ああ、なんとなくわかった気がした。
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もっと見る「危ないッ!」
帯人はとっさに私をコートで包み込む。
そのおかげで私は降り注ぐガラス片で怪我をすることはなかった。
でも、コートの隙間からたたずむ少女の姿がしっかりと見えた。
「なんで?なんでよ」
彼女自身、ガラス片によって腕を切っていた。
不凍液がまるで血のように腕を伝っている。
「ありえないでし...優しい傷跡 第13話「わたしの決意」
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ひとりぼっちで残されて。
すごく寂しくて。
昨日、抱きしめた温もりが忘れられなくて。
人肌ってあんなに優しいんだと、やっと気づいた。
ねえ、マスター。
僕は、僕は、僕は、僕は。
あなたがここにいないと、息ができなくなりそうなんだ。
今にも泣いてしまいそうで、
苦しくて傷が疼いて。
僕は何度何度も、傷...優しい傷跡 第05話「赤い少女」
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私はコンビニによってアイスを買った。
なにが好きなのか、わからなかった。
だから、ちょっと高めのバニラアイスを買ってみた。
喜んでくれるかな…。
その日、私はいつもより歩幅を広げて歩いた。
でも、それだけじゃあ足りない気がした。
もっと早く帰りたい。
もっと、もっと、もーっと早く。
だから、私はルー...優しい傷跡 第06話「アイスクリーム」
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「ぼくは、あなたのことを愛しています」
そう言った、彼の瞳は虚ろだった。
けれど温もりのある声だった。
だから、私はそっと手を伸ばして彼の頬をなでた。
私の行為に彼は驚いているみたいだったけど。
「帯人」
「……」
帯人の頬は暖かい。
ボーカロイドと人の境目なんて、ずっと昔から、ないのかもしれないね...優しい傷跡 第12話「家族」
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今日は日曜日。
だから目覚ましだって黙り込んでいるし、
朝日だって、無視しても怒りはしない。
いつまでも寝ていられる♪
最高だね!
…って、はずなのに。
…………めちゃくちゃ寝苦しい。
私は重いまぶたをゆっくりと開いた。
「んぅ~…」
ぼやけた視界。...優しい傷跡 第07話「おはようございます」
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その後、数分メイコ姉さんと話した後、彼女は呼び出されて行ってしまった。
彼女は「元気な顔が見れて安心したわ」って言ってこの場を後にした。
私は彼女の後ろ姿を見送った後、
別室に押し込んでいた帯人のもとへむかおうとした。
そのはずだった。
別室への扉のドアノブを握ったとき、すごく不安な気持ちになった。...優しい傷跡 第09話「壊れ出す」
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