「危ないッ!」
帯人はとっさに私をコートで包み込む。
そのおかげで私は降り注ぐガラス片で怪我をすることはなかった。
でも、コートの隙間からたたずむ少女の姿がしっかりと見えた。
「なんで?なんでよ」
彼女自身、ガラス片によって腕を切っていた。
不凍液がまるで血のように腕を伝っている。
「ありえないでしょ!どうして?なんで家族だなんて言えるの!」
帯人はコートからアイスピックを取り出し構える。
その目は鋭かった。
「家族?なにそれ。馬鹿じゃないの。
目の前にいるそいつはボーカロイドなんだよ?
人間じゃないんだよ。血だって流れないんだよ。心臓なんてないんだよ。
生きてないんだよ?《心》だってないんだよ?」
その言葉に、無性に腹が立った。
なんでだろう。いつもならこんな勇気ないのに。
帯人のことをひどく言うから、かな。すごく許せなかった。
雪子は立ち上がり、大声で彼女に叫んだ。
「だから、なに!ボーカロイドだから?だからなに?」
「…ッ」
少女が目を見開き、こちらをぎっとにらみつける。
「ボーカロイドにだってね、《心》がちゃんとあるんだよ。
大好きだって言えるんだよ。涙だって流せるんだよ。
楽しかったら笑うし、悲しかったら泣くよ。
ちゃんと!ちゃんと!ちゃんと!《心》があるんだよ!」
「………馬鹿じゃん。あり得ない。
《心》はないよ。だから愛情だって与えられないし、受け取れない。
大好きだって言うのは、全部嘘うそ嘘うそ嘘…」
雪子が言い返そうとしたとき、帯人がそれを制止した。
「帯人…ッ」
帯人は大声で叫んだ。
「嘘なんかじゃ、ない…ッ!!」
その言葉に少女は大声で笑う。
「あはははっ。やっぱ馬鹿だわ!なに言ってるの?
その人間のことがダイスキって?……よく言うよ…。
…そこの人間、一ついいこと教えてあげる♪」
少女は斧を帯人に突きつけて、言う。
「こいつ、人殺しだよ?」
雪子は息をのんだ。……目を伏せる帯人。
否定することもなく、ただ黙っている帯人を見て少女は笑う。
「こいつねぇ、あんたが拾う前にマスターを一人殺してるの。
そのアイスピックでグサリってね。一撃だよ♪
えぐいよね。グロいよね。気持ち悪いよね。最低だよね。
そのマスターがさぁ、彼に暴力を振っていたのが原因でね、
彼、壊れちゃったの。殺しちゃったの。大好きなマスターを。
…………それでもさあ、彼のこと、かばえるわけ?
自信をもってさ、「家族」だなんて言えるわけ?」
帯人はただ目を伏したまま、動かない。
手に持っているアイスピックを握りしめて、唇を噛んでいた。
私はなんとなく気づいていた。
彼が…なにかを隠していることを。
(人を殺してしまった彼を、かばうことは悪いことかもしれない。
でも……。
だからって、私は……)
「見捨てるわけないよ」
「…ッ!」
「はぁ!?なに言ってるの?」
「人を殺してしまったのは、許されないことだと思う。
けれど、だからって、私は帯人を見捨てない。
……決めたから」
私は息を吸い込み、大声で言った。
部屋中に聞こえるくらい大きな声で、胸にあふれる思いをはき出した。
「悲しいことも、苦しいことも、
一人で抱え込まないように、一緒に持ってあげようって!
その代わり、楽しいことも、嬉しいことも、
全部一緒に共有しようって!」
だから…ッ
だから……わたしは帯人を受け入れる。帯人のすべてを受け止めるッ!
「私は帯人のマスターだから!」
私の言葉に、少女はしばらく呆然としていた。
帯人は少女のほうをじっと見つめるばかりで、
顔を見ることはできなかったけれど、微笑んでいたように思えた。
少女は片手で目を覆いながら、高らかに笑った。
「あははははあああははははっは!
……貴女みたいな人、初めて。…そっか。そうか。そうなんだ。
ふふっふっふっっふふ…。嬉しい。すっごく嬉しい」
少女は目を覆う指の隙間から、雪子をじっと見つめる。
まるで泣いているみたいに、その目は潤んでいた。
「私の名前は呪音キク。貴女の名前は?」
「ますだ、ゆきこ…」
「雪子ちゃんか。そっか。うん。可愛い名前。それじゃあ―」
シュン。
空を切る音がして、目の前にいる帯人のコートがスッと切れた。
帯人は突然のことにたじろぐ。
「死んでもらおっかな」
呪音キクは斧を振り上げて、一瞬にして雪子に近づいた。
帯人が雪子をかばうよりも速く、キクの斧は雪子にむかって振り下ろされる。
そのとき、一発の銃声が響いた。
硝煙の匂いとともに、見慣れた彼女がそこに立っていた。
コメント1
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ご意見・ご感想
アイクル
ご意見・ご感想
ありがとうございます!!≧ワ≦
あの曲を知ってる人がいたなんて、感激ッ!
いいですよねー♪名曲だと思います。
実はなんの曲か、いまいち知らないンですよね…^^;
今度、ニコニコで検索してみよう♪
続編うpしたので、また気が向いたときでいいので、読んで頂けたら光栄です^^
2008/11/29 17:40:36