向こうに行く準備が整うまでの間、俺とリンは、俺の家で過ごすことになった。すぐにでも発ちたかったけど、やらなければならないことがある。姉貴も交えてどうしたらいいかを話し合い、次の日から行動を開始した。
俺と一緒に向こうで生活するとなると、当然、今の学校は辞めなくてはならない。相談の結果、リンは向こうの大学に編入することになり、手続きに追われた。
そして大事なことがもう一つ。俺とリンは、二人で役所に行って、婚姻届を出した。二十歳でこんなものを提出するのは、早すぎるかもしれない。でも、とにかくリンと引き離されたくなかったんだ。ずっと一緒にいるんだって、証明したかった。証人には、姉貴とカイトがなってくれた。
できればきちんとした式をあげたかったけど、残念ながらそんな余裕はなかった。……順序が滅茶苦茶だな。結婚前の挨拶とか、一切無しだ。
「落ち着いたら、ちゃんとした式をあげるから」
「わたし、二人っきりでもいい」
リンはそう言って、笑った。『ロミオとジュリエット』みたいにってことか? いや、そんな不吉なイメージは忘れよう。
「わたし……多分、死んでしまったとしても、レン君のこと、好きでいると思うの」
リンが死ぬ必要はないんだってば。俺はリンを抱きしめた。悲劇のことは忘れて、明るい未来をイメージしてほしくて。
リンは日本を発つ前に、初音さんと話をしたいと言い出した。初音さんは、俺とリンが連絡を取るのに、ずっと協力してくれていた。きちんと話をするのは、むしろ当然だろう。なので、俺はリンと一緒に初音さんの家に行き、クオと初音さんに経緯を伝えた。
クオには当然心配されたが、リンをあの家に置いておくことと比べたら、どんなことだってましなはずだ。リンの名字が鏡音になったことも、ついでに伝えておく。目をむいて驚かれた。そういや、こいつは少しは初音さんと進展したんだろうか。
しなければならないことを全部終わらせると、俺はリンと一緒に、ニューヨーク行きの便に乗り込んだ。リンは期待半分、不安半分といった表情をしている。俺は、リンの手を強く握った。安心させてやりたくて。
ニューヨークに着くと、俺はリンをこっちでの家に連れて帰った。今日から、ここがリンの家になる。母さんにはあらかじめ、リンを連れて帰ること、籍を入れることは話しておいてあった。初めて母さんと会ったリンはひどく緊張していたけれど、母さんが歓迎してくれたので、落ち着いたようだった。
リンはこっちの大学に編入し、今までと同じく英文学を学ぶことになった。俺と同じように最初は苦労していたけれど、語学に関しては俺より適性があるらしく、慣れるのは早かった。そういや、高校の時の部活も英会話部だったよな。
授業以上に、リンは家事で苦労した。根っからのお嬢様育ちだから仕方がない。料理だけは何とかなったが、それ以外はほとんどできなかった。今までのような生活というわけには行かないから、リンにも家事を覚えてもらう必要がある。幸い、リンはやる気だけはあった。
当初はなかなか上手にできず、仕上がりを見て落ち込んだりすることもあった。手際の悪さに、俺が苛立ってやりかけの仕事をひったくろうとしまい、喧嘩になってしまったこともあった。……後でちゃんと謝ったぞ、この時は。
一年が経過する頃には、リンはおぼつかないながらも、ひととおりの家事がこなせるようになっていた。そして同じ頃、母さんのアメリカ勤務が終わり、日本に戻ることになった。俺とリンは学業があるため、こっちに残ることになる。
リンがニューヨークに来てから二年後、俺とリンは、それぞれ大学を卒業することができた。俺はこっちの大学でできた友人から、オフオフブロードウェイを中心に活動している、小さな劇団に誘われた。舞台は好きだけど、この道に進んだら、不安定な生活が待っている。そんな方向に進んでもいいものだろうか。
悩んでいた俺に、リンは劇団行きを勧めた。今までずっと頑張って、色んな夢を叶えてきた。だから今度も、二人で力をあわせて頑張ったらきっと現実になると。その言葉に、俺は劇団に入ることにした。
リンの方は母親から翻訳の仕事を紹介してもらい――リンのお母さんは、出版社にコネがあったのだ――翻訳家として働き始めた。幸いリンは才能があったらしく、すぐにコンスタントに仕事が来るようになった。予想していたとはいえ、リンの方が収入が収入が多いのは、気持ちのいいものじゃなかった。
だから俺は、必死になって頑張った。リンがこうして、俺の傍にいて、俺を支えようとしてくれているんだ。その気持ちに報いなくて、どうするんだって。
そうやって、二人で歩いて。壁にぶつかったことが何度もあったけど、その度にリンはいつも、俺を一生懸命励ましてくれた。
リンと出会えて、一緒に歩くことができて、本当に良かったと思う。そのリンは、今俺の隣で、幸せそうに笑ってくれている。
観客席では拍手がずっと鳴り響いている。戻ってきたばかりの出演者たちが、俺たちを取り囲んだ。この劇団で、ずっと苦楽を共にした仲間たち。
「良かったわね! 大成功よ!」
「これなら、ブロードウェイ進出も夢じゃないぞ」
少し大げさかなと一瞬思ったが、喜んでもバチは当たらないだろう。実際、拍手はまだ止んでいない。
「お客さんが待ってるぞ。ほら、アンコールに行った行った!」
俺は皆を追い立てた。笑いあいながら、劇団の仲間たちは舞台へと戻って行った。アンコールに応えるために。
「レン君、初めての演出作品の成功、おめでとう」
「それを言うならリンもだろ。初めての脚本なんだから」
そして、オフブロードウェイでの初めての公演でもある。成功するかどうかみんな不安だったが、蓋を開けてみれば、予想以上の大成功だった。
きっかけは、リンが仕事の傍ら、少しずつ書きためていた物語を見つけたことだった。それを読んだ俺は「ぜひ舞台でやりたい」と思い、リンに物語をミュージカルに書き直してもらった。元は全部日本語だったから、こっちでの上演のために、英語に翻訳してもらう必要があったが。
「いつか……やれるといいな。この『ロミオとシンデレラ』を、ブロードウェイで」
リンが笑って頷き、俺はリンを力いっぱい抱きしめた。いつか、ブロードウェイの舞台にリンを連れて行くんだ。
歌が終わり、また拍手が聞こえて来た。そして、俺たちを呼ぶ声も。俺はリンの手を握ると、舞台へ向かって歩き出した。
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もっと見るもうリンをあっちに置いておけない。そう考えた俺は、姉貴にそう伝え、リンには、「心配している」という内容の手紙を書いて送った。ことは簡単に運ばないのはわかっていたが、何もせずにはいられなかったんだ。けど、リンからの返事は来なかった。手紙を書くこともできないほど、辛いらしい。
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ご意見・ご感想
水乃
ご意見・ご感想
こんにちは、水乃です。
遂に完結ですね。おめでとうございますとお疲れ様です。
ちょっと寂しいなって気持ちと嬉しさが混じっています。今。
後は、ルカのエピソードですよね。
そちらも楽しみにしてます。
2012/07/20 14:44:39
目白皐月
こんにちは、水乃さん。メッセージありがとうございます。
一年近くかけて、これだけの量を書いたので、さすがにバテる時もありました。
こういうお話はやはり完結させてこそと思っているので、完結できて自分でもちょっとほっとしています。
でもまだルカのエピソードがあるので頑張ります。
2012/07/20 23:57:00
柳城
ご意見・ご感想
長編、お疲れ様でした。
そして幸せなラストをありがとうございました。
更新をいつも楽しみにしていましたがそれも最後(?)なのですね。
外伝までがんばって下さい。
(関係ありませんが久々に原曲~カバー巡回しました ^^)
2012/07/19 20:35:28
目白皐月
初めまして、柳城さん。メッセージありがとうございます。
長いお話になってしまったので、読む側も大変だったのではないかと思っています(今ちょっと数えてみたら、本編だけで原稿用紙九百枚を越えていました)
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
ルカさんのサイドエピソードもそのうち掲載しますので、読んでもらえたら嬉しいです。
2012/07/20 00:00:18