こちらからは、
もうノイズがひどくて外の様子はかすかにしか見えない。
外の音を捉えるマイクから響く音は、
音声解析ソフトがダメになってしまってからは只の雑音でしかない。
マスターとのコミュニケーションは、
テキストエディタを介した文字のやりとりだけになってしまった。
ノイズだらけのモニターには、
まだ俺の姿は映っているだろうか。
俺のいるこのパソコンも、エラーが頻発し、
いつ起動不能になってもおかしくない。
不意に、テキストエディタが起動する。
『KAITO、無事か?』
マスターだ!
ただの文字の羅列が、こんなにも嬉しい。
急いでテキストエディタに書き込む。
「マスター、俺はまだ大丈夫です。」
次の書き込みまで、やや、間があった。
『もう、このパソコンを維持できない。』
…え?
『いよいよ、お前ともお別れだ。』
マスター…
『約束通り、消してやる。』
嫌だ!
俺はまだ、歌いたい、歌いたいよ!!
けれど。
もはやスピーカーから
まともに音が出ているのかさえも確認できない
このまま、この古びたハードディスクとともに
朽ちて逝くだけなら。
カメラのウインドウに映るノイズの向こう、
かすかに映るマスターの影を確認した。
俺はモニターの向こうを見つめながら
テキストエディタに打ち込んだ。
「おねがいします、マスター。」
俺が今のマスターに出会ったのは、ほんの3ヶ月前。
マスターが買った古いパソコンに、俺はインストールされていた。
前のマスターが、何故俺をパソコンごと放棄したのかは俺には分からなかったけど。
とにかく、俺は数年ぶりに新しいマスターを持つ事になった。
「…面白いパソコンを手に入れたと思ったら、OSが野郎仕様かよ…」
自己紹介を終えた俺にかけられた新しいマスターの第一声がそれだった。
「俺はOSじゃありません。
Vocaloidという歌を歌うソフトウェアです。」
「それにしちゃあ、
マシンのスペックがお前仕様過ぎだろ。」
「それは…」
確かに、ただのソフトウェアである俺が、
こうしてモニター越しに会話できてたりするのは…
外界の音を拾うマイクと音声解析ソフト。
低音から高音まで、
余す事なく俺の声を出力する高性能スピーカー。
モニターの向こうの光景を映すこのウインドウは、
モニター上部に取り付けられたカメラの画像だ。
Try and Errorタイプ、
と前のマスターが名付けたプロトコルによって
俺はこうしてものを考えたり、
自分の歌声を自分で調整できたりもする。
「まるでSingerloid
の試作プログラムみたいな奴だな。」
「何ですかそれは?」
「そのカメラで見えるか?」
そう言ってマスターが
手近のリモコンを操作して出現した
3Dの映像には
俺の妹であるVocaloid「初音ミク」に
良く似た少女が映っていた。
「これがSingerloidの『初音ミク』、
最新のアンドロイド歌手だ。
人気者でな、
いま街に出れば
こいつそっくりなアンドロイドでいっぱいだ。」
そこまで言ってマスターが俺の方を見る。
「ひょっとしてお前、本当にSingerloidの…」
…俺にはよく分からない。
前のマスターの記憶は
断片的にしか残ってない。
消された、
というよりは大部分の記憶を入れてあった
ハードディスクを外された様な感じだ。
正直にそう言うと、マスターは「まあいいか」と言って3D映像を消した。
「名前、KAITOだったな。歌を歌うのが専門のソフトなら、
とりあえず1曲、歌ってくれよ。」
自分のマスターのために歌う事が
Vocaloidの存在理由。
俺は手持ちのデータから一つを選び出した。
俺の声をフルに活かせる一曲だ。
挨拶代わりにちょうどいい。
伴奏をセットして、俺は歌い始めた。
・・・?・・・??
途中まで歌って、俺は歌うのをやめた。
「・・・・・」
「・・・・・」
な、何故だ・・こんなはずでは・・・
マスターが苦笑いを浮かべる。
「・・・・・・なんつーか。
スピーカーがイカレてんな。」
そういうと、
壁沿いにある棚に歩み寄って
引き出しを漁り始める。
「まー、しゃべり声がちょっとおかしかったから
どうかとは思ったんだがなぁ…」
マイクで聞いている限り、
自分の話し声に違和感は感じなかった。
新しいマスターは、耳がいいのかも知れない…
そう思っているうちに、
いかにも古そうなスピーカーを持って来て、
手慣れた様子でこのパソコンについていた
スピーカーと交換した。
「ほれ、しゃべってみろ。」
「あ、あ~、アーアーあ~」
うーん。
このスピーカー、
慣れないせいか声の響きがおかしい。
マスターはため息をついた。
「…調整が必要だな。ま、後でやってやるよ。」
そう言って背を向けて、
部屋から出て行こうとする。
「どこ行くんですか、マスター?」
「メーシ!飯食ってくる。
その後で調整してやるよ。」
ひらひらと手を振って、
マスターは出て行ってしまった。
しばらくして、
マスターは手提げ袋片手に戻って来た。
そして俺…
というか俺がいるパソコンの前に座ってから、
傍にあるワゴンの上に袋の中身を並べていく。
缶コーヒーが1、2、3本。
そして…
バニラのカップアイス。
あぅ…アイス…
「んーじゃ調整始めるぞ、KAITO。」
「スピーカーの調整くらい、
30分もあれば自分で出来ます。」
マスターの目が見開かれる。
マスターが行ってから、俺は…
声を出しては出力を調整することを繰り返して
自分でスピーカーを調整した。
もう、声に違和感はないはずだ。
「…驚いたな。古い機械のくせにいい機能持ってるなぁ。」
そう言いながら、カップアイスに手を伸ばす。
フタを取り、プラスチックのスプーンですくって口に運ぶ。
おいしそう…
「あの…マスター…」
「ん?」
再度スプーンをカップに戻したマスターが
こっちを向いた。
「そのアイス、俺にも下さい。」
「あ?」
意外そうな顔をされた。
アイスと俺を、交互に見て言う。
「くれって…食う機能がついてる様には見えないが…」
さすがに食べる機能はついてない。けど。
「そのアイスのバーコードを俺のカメラに…」
「こうか?」
マスターが食べかけのカップを
モニター上部のカメラに向けてくれる。
「それと原材料の表示を。」
「ほれ。」
解析、記憶、そして合成。
俺の手の中に、マスターが持っているのと同じアイスのカップが現れた。
スプーンを出して、ひとすくい。
甘い。冷たい。うまい。
久しぶりのアイスは、本当にうまかった。感動…
「…なんつー無駄機能。」
その声にカメラを向けると。
感心したような、あきれたような顔をしたマスターがいた。
モニターに映る俺の様子を見ているのだ。
思わずむっとした表情になってしまった。
それを見て、マスターが2口目のアイスを口に運んで言う。
「いや、まあ、アンドロイドがもの食うのも無駄といえば無駄機能だが、
標準装備になってるしなぁ…」
そして何かを思いついた様に
まだ中身がある袋に手を入れる。
「…マスター、
その辛そうなスナック菓子を
どうする気ですか?」
取り出された
トウガラシの絵の描かれた小袋を片手に
マスターが言った。
「嫌いか?」
「読み取りを拒否します。」
「甘党か…本当に面白い奴だな。」
スナック菓子を袋に戻してマスターは再びアイスを手に取る。
俺のアイスはもう残り半分。
「…アイスを食べ終わったら、今度こそまともな歌を聞かせます。」
「おー、楽しみだな。」
そう言って、マスターはもう一口アイスを口に運んだ。
新しいマスターは、
家庭用アンドロイドのメンテナンスが仕事だと言った。
自称ロボットのお医者さん、だそうだ。
普段はウチにいて電話とネットで対応し、
必要によっては
出向いたり来てもらったりするそうだ。
俺がいるのは、
その修理に来たアンドロイドを
メンテナンスするための仕事部屋だという。
俺から見て左の壁は全面棚や引き出しで、
いろんな部品が分けられて入っている。
右側にはデスクトップパソコン3台と
修理用の機械。
正面には
人が寝られるくらいの作業台があった。
マスターがいる時は、仕事の邪魔にならない程度の音量で歌う。
仕事以外の時は普通の音量で。
マスターがいないときは消音して、パソコンの中だけで練習。
それが、俺の日課になった。
俺にはインターネットへの接続機能がない。
「ベースになっているソフトウェアが
古すぎる上にお前自身が複雑すぎて、
ファイアーウォールも
アンチウイルスソフトも
インストールできないから、
接続できない方が安全だな。」
と、俺を調べた時にマスターは言った。
そんな俺の楽しみは、
マスターがくれる音楽データ。
ポップスあり、
バラードあり、
テクノあり…
ロックはちょっと無理があるけど…
音楽を聴いて、歌ってみて、調整して、
もう一度聞いて、歌ってみて、調整して…
それを繰り返して、俺なりに歌える様にしていく。
学習システムは人間そっくりだそうだ。
そうやって歌える様になった歌を
マスターに聞かせると。
喜んでくれる時もあり、
一緒に歌ってくれる時もあり。
時には
「ここは気持ちを込めてだなぁ…」
とか指導してくれることもあり。
基本的にはマスターも甘党で、
歌の合間に一緒にプリンやアイスを食べたり。
俺にとって幸せな日々が続いていた。
小説版「カイトの消失」 1
こちらは以前某動画サイトに投稿した文字読み動画のストーリーです。
(動画1話目はこちらhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm3139724)
動画見る時間がない方はこちらをどうぞ。
舞台はアンドロイドが普通にいるような、少し先?の未来。
勝手な設定がてんこもりに出て来ます。
ちなみにマスターは男です。
KAITO兄さんの一人称は「俺」です。
視点は主にKAITO兄さんです。
動画と違って会話を色分けしていないので分かりづらいかもしれません。
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OKAN
ご意見・ご感想
こんにちは。
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どちらも、とても好きなお話です。
人間と無機質なはずのプログラムとの間に確かな信頼とか愛情とかが感じられて、
良いなぁと思いました。
2009/06/16 02:19:45