この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。
*
あの廃墟がどこかわかればいいのに。クオは走りながらそう考えた。
がくぽはメイコと一緒に颯の家に帰ってしまった。
わざわざ颯の家に帰る余裕などない。
とにかく、早くルカを発見しなければならない。
そこまで考えたところで、クオは足を止めた。
噴水のある公園だった。
「…よく考えりゃ、俺、巡音ルカが何なのか聞いてない…」
声どころか、姿すら知らない。
知っているのは、未完成の新型VOCALOIDだということ。
ベンチに腰掛けて、これからどうしようか考える。
おそらく颯も、イクトも、リンもレンもメイコも
ルカの容姿はしらないだろう。
クオはこんなに少ない情報でどうやってルカを探すか、と頭を抱えた。
そのときだった。
綺麗で澄んだ、女の歌声が聞こえた。
『―――透明な道、色付かぬ夢
崩れた昨日は変わらない明日 …』
声のする方を見やると、そこに居たのは
美しい桃色の髪をしている、白い肌の聖女のような女だった。
衣服はどこかのRPGの魔法使いのようだ。
だがこの近くにこんな外人が居るなら、クオでも噂などで把握するはずだろう。
なら、最近この町にやってきたのだろうか。
すると、そこへ少女が駆け寄ってきた。
ぴたりと彼女は歌を止めた。
「外で歌ったら駄目でしょう!」
「…でも、」
「でもじゃないよ、ルカ。貴方は逃げ出したのでしょ?
きっと研究者達が探しているわ。さぁ、家に帰りましょう。」
クオは耳を疑った。
たしかに、そこの少女はルカと言った。
クオは立ち上がった。
よくよくみるとその桃色の髪の彼女は、
あまりに色鮮やかだったが、イヤホンの様なものをしている。
「…巡音、ルカ?」
クオは呟いた。
が、その声を聞いて彼女は振り返った。
驚愕の色で満たされた瞳を大きく開いて。
「貴方、誰」
すぐにその色は警戒に変わった。
少女も駆け寄ってくる。
クオは溜息をついた。
「やっぱり、お前はVOCALOIDの、巡音ルカ?」
「貴方に何も答えることはありません―――貴方は、私を捕らえにきたのですか?」
「ルカ、逃げましょう」
言うより早く、少女とルカは駆け出した。
クオは驚きながらも、後を追いかけた。
決着は、五分でついた。
*
「俺はクオ。巡音ルカ、お前は知らないだろうけど、とんでもない事態になってるんだよ」
とあるマンションの前。
クオのマンションから十五分ほどの場所だろうか。
「とんでもない事態?」
「ああ…ルカ、お前のデータを誤って入れられてしまった、
出荷直前だった初音ミクが暴走して、お前を探している。
その上初音ミクは破壊能力まで手に入れたらしい…」
クオは全然息を切らしていない。
ダウンしたのはルカと一緒に居た少女だった。
「…そんなの信じちゃだめだよ、ルカ!」
「何も知らない餓鬼は黙ってろ!」
「餓鬼じゃないもん!私には瑠香って名前があるもん」
それに、貴方も子供でしょ。
と瑠香が続けたが、クオはそれ以前に、再び耳を疑った。
「…ルカ?」
「そうよ。私もルカ。別に不思議じゃないわ。さぁ、いきましょうルカ」
瑠香はルカの腕を引っ張った。
「待てよ!…嘘だって言うなら、このDVDを見ろよ。」
何故持ってきてしまったのかわからないDVDをリュックから取り出した。
瑠香は無視しようとしたが、ルカはDVDに手を伸ばした。
DVDの表面に刻まれているマークをなぞる。
「本物…クリ○トンの、もの…」
「だろ?」
クオは笑った。
なんとか、信じてもらえそうだった。
*
「クオさん、でしたっけ?」
DVDを見終わったルカがクオを見据えた。
「事情はわかりました。私は何をすればいいでしょうか?」
「ルカ!?」
瑠香が声を上げるが、ルカは何も言わない。
「とりあえず俺の家に来てくれ。DVDを撮影していたがくぽって奴も
明日家に呼ぶから。」
「わかりました」
「ルカいっちゃ駄目よ!そんな餓鬼と一緒なんて!」
「餓鬼って言うな!俺は一応高校卒業してるんだぞ!」
「へぇ、見えないわ。背が低いからかしら?」
「…ルカ、いくぞ。こんな奴と一緒に居ると心根が腐る」
「あら?心根が腐っているのは貴方じゃないの?人の家に勝手に上がりこんで」
「保護した新型を好きなように使っているお前に言われたくないな。いくぞ」
クオはルカの手を牽いて家を出ようとした。
ルカは綺麗な瞳で、クオをみつめ、口を開いた。
「クオさん、お願いです。瑠香さんに一つだけ唄をプレゼントさせてください。
下手したら彼女に被害が及んだかもしれませんし、私を保護してくれたのは彼女です」
「…わかったよ」
クオは渋々手を放した。
ルカはお礼を言うと、綺麗な声で唄を紡ぎ始めた。
『――― 遠ざかってゆく穏やかな過去
風運ぶ止まったままの時計
透明な道、色付かぬ夢
崩れた昨日は変わらない明日 』
巡る、音、か。
クオはルカを見やった。
ほかのVOCALOIDと違って、でもどこか似ていて、
綺麗な歌声。詩を紡ぐ度に彼女の周りを巡る唄は美しくて、感嘆する他なかった。
そして、
なにより彼女は楽しそうに歌を謳う。
それをみてふと思った。
―――カイトも、こんな風に謳うのだろうか。
楽しそうに。
うれしそうに。
美しく、穏やかなあの声で。
以前一度ずつだけリンとレン、そしてメイコが謳う場面を目撃したことがある。
それぞれ声色は違えども、とても美しい旋律を奏で、
楽しそうに、うれしそうに歌を謳う。
ちくりと、何か痛みが心を刺した。
カイトに一度も歌という歌を謳わせたことがなかった。
カイトは以前言った。
VOCALOIDの一番の楽しみは、マスターに歌を謳わせてもらうことだと。
それが存在意義であると。
もっと謳わせてやればよかった。
もう、帰ってこないかもしれない、
数週間姿を見ていない青年の顔を思い浮かべる。
『 いつまでも戦う理由(わけ)は胸に秘め
どうか声届くようにと
新しい花束添えて願う
明日が色付いてゆく
巡る想い抱いて …』
ルカは口を閉じた。
それをみて、クオが顔を上げる。
歌が終わったようだ。
「…早く行くぞ」
「はい」
ルカは静かな声で答えた。
だがそのルカの瞳は戸惑いと、不安と心配で満たされていた。
当然だろう、初音ミクに襲われる可能性があると聞いた上
わけのわからない人物に連れて行かれるのだから。
「では、さようなら…瑠香さん」
「………さっさといっちゃえ」
瑠香はそれだけ言うと、家の中に引っ込んだ。
クオは黙ってルカの手を牽いた。
*
「大丈夫ですか?」
家まで五分までの距離の坂道。
ルカに話しかけられてクオは立ち止まる。
「…何が?」
「…声が、」
声が震えているとルカは言った。
そんなわけないとクオは返した。
どうして震えているのかわからないけれど。
坂道はあっという間に登り終わった。
鍵をポケットから取り出して家に入る。
ルカに、カイトの使っていた(と、いっても私物は一切ない。)
部屋を好きに使ってよいと言い放つと、
クオは自分の部屋に入った。
リュックを無造作に床に放り投げる。
そのままベットに倒れこむ。
意識が飛んでいくようだった。
不意に聞こえたのは、あの声だった。
―――マスター?どうしたんですか?
「…っ」
目の前で、
彼が、あのときのまま笑っている。
最初は目障りでしょうがなかった蒼い髪も、
こんなはずではないと考えていた声も、
なぜか今では心地よくなる。
―――ほら、ちゃんと毛布かけて眠らないと風邪引いちゃいますよ?
そういって苦笑いするカイトに、
笑いながら返事を返した記憶があった。
声を思い出せて、耳がその声を求めていることに気がつく自分が嫌になる。
『―― 舞い踊る星屑眺めた夜は まだ笑ってた
泣いていた 息をしていた
静寂、流れる時間と守るべき何か
映り込んだ不安と歪(いびつ)な月 』
歌が、聞こえた。
おそらくルカが隣の部屋で歌を謳っているのだろう。
クオは毛布に埋まりながら、目を閉じた。
カイトの歌声が、聞こえた気がした。
続
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