注意書き
これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
リンの長姉、ルカの視点で、彼女の九歳の誕生日の話です。
この話に関しては、外伝【わたしはいい子】【ルカの日記】を読んでから、読むことを推奨します。
【ケーキと愛情】
「ルカ、もうじきおたんじょう日よね」
パパとさいこんして、新しいにせもののママになったカエさんが、わたしにそんなことをきいてきた。そんなのはわかっている。今日は一月の十五日。わたしのたんじょう日は一月の三十日だから、後二週間とちょっと。そしてわたしは、九才になる。
「……はい」
わたしがそう答えると、カエさんはなぜか笑った。
「ルカ、おたんじょう日のごちそうは何がいいかしら?」
「ごちそう?」
「なんでも食べたいものを言ってね。作ってあげるから」
わたしは、少し前のリンの二度目のおたんじょう日を思い出した。カエさんは朝からキッチンに立って、ケーキを焼いたり、お料理を作ったりしていた。リンはまだ小さくて、お祝いしてもらったって理解なんてできないはずなのに。カエさんはケーキにロウソク(2という数字の形のロウソクだった)を立てて、リンに「願い事をしてね。ロウソクの火を一息で吹き消すと、願いがかなうのよ」って言ってたわ。カエさんってそういう迷信を信じてるみたいだけど、だいじょうぶ? あれをわたしにもやるつもりらしい。……かんべんして。わたしは、あんなもの信じてないの。
それにしても、カエさんはどうして自分で料理をするのかな。前のにせママは、キッチンに立ったことがなくて、わたしたちの食べる食事はいつも、お手伝いさんが作っていた。だからわたしはずっと、お手伝いさんがいるおうちでは、ママというのはキッチンに立たないものだと思っていた。
「なんでもいいわ。わたし、好ききらいはないから」
本当のことを言うと、わたしはピーマンがきらい。後、カリフラワーも。でも、きらいなものを残すのは悪い子がすることだから、わたしはそんなことはしない。
「そうじゃなくて……ルカは何が食べたいの? 本当になんでも――あ、さすがにすごくむずかしいものは無理だけど――たいていのものなら作ってあげられるから」
だからなんでもいいんだってば。そもそも、どうしてカエさんはそんなことをきくの?
「何がいい? ハンバーグ? ビーフシチュー? オムライス? ロールキャベツ? ルカは何が好きなの?」
カエさん、そんなずらずら料理を並べられても……。わたしは食べるものにそんなに興味がないから、名前をきいてもどんなお料理なのか、ぱっとうかんでこない。
どうしよう。答えるまで、カエさんはわたしを解放してくれないみたい。……適当に答えておこう。
「じゃあ……おすし」
別におすしが好きってわけじゃないけど。カエさんはというと、ちょっとびっくりしたみたいだった。
「ルカは和食の方がいいのね。……ちらしずしとのりまきだったら、どっちが好き?」
……まだ質問、つづくの?
「ちらしずし」
どちらでもいいのだけれど、とりあえずそう答える。
「具は何がいい? イクラとかのせてほしい? それともウナギにする? アナゴ? サーモン? ピンクにそめたでんぶを使ってもかわいいわよね」
えーと……いつになったら終わるの? リンの時はきかなかった……といっても、リンはまだ二才だから、ちゃんとしたお返事はできないんだけど。
「ふつうのちらしずしでいい」
そう答えるわたし。一部の単語はよくわからなかった。後で辞書をひかなくちゃ。
「普通の……じゃあ、かいせんちらしにするわね」
かいせんちらしって何? カエさんの言うことはよくわからない。
「あ、かいせんってのは、おさしみとかが乗るのよ。マグロとか、サーモンとか、イカとか、イクラとか、カニとか」
イクラやカニはおさしみじゃないと思う。ところで……ふつうのちらしずしってどういうのだっけ。
「それでいいのね?」
「うん」
きかれたので、わたしはうなずいた。よくわかってないけど、いいえって言うとまたあれこれきかれるし。
「メインをちらしずしにすると、サイドはおすいものとあえものよね。おすいものの具は、タイにしましょうか」
「うん」
わからないので、とりあえずうなずく。タイって高いお魚よね。食べたこと……あったっけ? よくおぼえてない。
「じゃあ、食事のメニューはこれでいいわね」
あ、やっと終わったみたい。
「ルカ、ケーキはどんなのがいい?」
今度はこうきいてくるカエさん。また終わらないんだ……。
ケーキ……。ハクはいつも、おたんじょう日にはケーキを買ってもらっていた。わたしにはなかったから、これもずっとそういうものなんだって思ってた。というか、そういうものよね? カエさん、なんでこんなことをしているの?
「ふつうのにする? それともロールケーキがいい? タルトもおいしいわ。今は一月だけど、どこでもイチゴは売っているから、イチゴのタルトでもだいじょうぶ。……果物は、しゅんの季節に食べるのが一番おいしいと思うけど」
「それもふつうの……」
ケーキの種類なんてよくわからないから、またこういう答えになってしまった。
「デコレーションケーキね。クリームは生クリームにする? それともチョコレートがいい? ゼリーケーキやムースケーキがいいって言うのなら、それにしてあげるわ」
そんなにいろいろいわれても、ケーキなんて、ようちえんのイベントでしか食べたことないし……。あ、カエさんが来てからは、クリスマスとリンのおたんじょう日にカエさんがケーキを焼いて、わたしも食べたんだっけ。リンのおたんじょう日の時は、ピンクのクリームの上にけずった白いチョコレートがかけてあった。クリスマスの時は、木のきりかぶみたいな形のケーキ。カエさんがツリーをかざって、鶏の丸焼きを作った。クリスマスツリーをかざったのも、初めてだっけ。
「だから、ふつうのでいいの」
「生クリームにイチゴが乗ったケーキが食べたいってこと?」
うなずく。イチゴなんてどうでもいいけど、何か答えないとカエさんの質問ぜめが終わらないんだもの。
「じゃあそうしましょうね。それとルカ、プレゼントは何がほしいの?」
やっと食べ物に関する質問が終わったと思ったら、今度はカエさんはそんなことをきいてきた。……プレゼント?
わたし、今まで何をもらったっけ……たしか四才の時に、パパがお勉強セットを買ってくれたんだっけ。ノートとかえんぴつとかがセットになっているの。いっぱいお勉強するようにって、言われた。七才の時は学習ずかんだった。
「わたし、漢字の辞書がほしい」
カエさんは、ものすごくびっくりしたみたいだった。……なんで? わたし、ほしいものを言っただけよ。
「漢字の辞書って……漢和辞典ってこと? ルカ、本当にそんなものがほしいの?」
一さつあれば役に立つって、先生は言っている。国語の辞書はもう持っているから、もらうのなら漢字の辞書だ。
「うん」
わたしがうなずくと、カエさんはなぜかこまった顔になった。
「……ルカ、おたんじょう日なのよ。ダイヤの指輪がほしいなんて言われてもあげられないけど、もうちょっと……そう、例えばお人形とかぬいぐるみとか、あるいは何か身に着けるものとか、そういうのはほしくないの?」
わたしは、もうおもちゃで遊ぶ年じゃない。カエさんはこの家に来た時、なぜかわたしにうさぎのぬいぐるみをくれたけど、つくえの上にずっとおきっぱなしにしてある。本当のことを言うとすててもいいんだけど、ハクと同じことはしたくない。かといって着るものだって、別にほしくないし。
……カエさん、リンには絵本のセットを買ってあげてたっけ。そして、リンは毎日カエさんのひざにすわって、絵本を読んでもらっている。
「本当に辞書がほしいの」
「……わかったわ」
そして、わたしはようやくカエさんから解放してもらえたのだった。
一月三十日、カエさんは言ったとおりの料理を作った。色んなおさしみの乗ったちらしずし――イクラも乗っている――に、タイのおすいもの、それからきゅうりとにんじんのすのもの。
「ルカ、おいしい?」
「はい」
たぶんおいしいんだと思う。少なくとも、まずくはない。
「たくさんあるから、すきなだけおかわりしてね」
わたしは料理にはしをつける。いつものように、おぎょうぎよく。ハクはお通夜みたいな顔で、おすしを食べていた。……前のにせママが出て行ってからいつもこうだけど。リンは手づかみでおすしを食べようとして、カエさんに止められている。
「ほら、スプーンを使いましょうね」
「やだ!」
あ、リンがスプーンを投げた。ここのところずっと、リンはああなのよね。ご飯を食べながら遊んだり、物を投げたり、急に「やだ~!」となきわめいたり。
「はい、投げてもむだよ。ここにかわりはたくさん用意してありますからね」
カエさんは、食事のたびに十本くらいスプーンを用意して、いつもこうやっている。リンは投げるのにあきたのか、スプーンでおすしを食べ始めた。ぼろぼろはでにこぼすので、カエさんが時々ふいてやっている。
カエさんの行動って、本当によくわからない。リンのとなりにすわって、食事を手伝ったりとか。前のにせママは、ああいうことはしなかった。
……いらいらする。リンはなんで、かまってもらえるの? カエさんの子どもじゃないのに。でも、すねたりふくれたりするのはいい子のすることじゃない。
やがて、食事が終わった。カエさんはリンを食べさせた後で、自分の分を食べている。食べながらあれこれきかれたので、適当にお返事をする。だって、友達のことなんてきかれても、わたし返事できないもの。学校で同じお教室でお勉強する子は「友達」なの? カエさん、なんで色々ききたがるんだろう。
「それじゃあ、ケーキにしましょうね」
お手伝いさんにお皿をかたづけてもらうと、カエさんはケーキとお茶道具を持ってきた。カエさんが言ったとおりの、白い生クリームとイチゴのケーキ。ハッピーバースデーと書かれた、チョコレートのプレートものっている。
「ケーキ! ケーキ!」
リンがはしゃぐ。ハクは席をすべりおりた。
「ハク?」
「……あたし、いらない」
「ルカのおたんじょう日なのよ。いっしょに食べましょう」
「……だから、いらないのっ!」
ハクは走って行ってしまった。……クリスマスの時も、リンのたんじょう日の時も、全く同じやりとりをした。カエさんには記おく力というものがないみたい。
カエさんは温めたミルクをカップに注いで、そこに少しこう茶を入れている。リンはミルクだけ。理由は「小さすぎるから」
小さすぎると、何がだめで、何がいいの? よくわからない。
「はいルカ、今日はケンブリックにしたわ。リンはホットミルクよ」
飲み物の用意が終わると、カエさんはケーキにロウソクを九本立てて、火をつけた。……やっぱりあれをやるらしい。
「一息でふき消してね。願いがかなうから」
そんなのあるわけないじゃない。そう思うけれど、カエさんは本気でそう信じているみたいなので、わたしはまじめな顔をして、ロウソクをふき消した。
「おたんじょう日おめでとう、ルカ。お願いがかなうといいわね」
ねがいごとはしてないから、かなうはずもない。だけど、わたしはうなずいた。
「じゃあ、ケーキを切りましょう」
カエさんはケーキを切り分けた。リンが相変わらずケーキケーキとさわいでいる。……うるさい。
「ママ、ケーキ!」
「ちょっと待ちなさい、リン。これはルカのバースデーケーキだから、ルカが一番最初に選ぶけんりがあるのよ。ルカ、どれにする?」
カエさんにそう言われたので、わたしは手近な一切れを指差した。カエさんがその一切れをお皿に乗せ、チョコレートのプレート――切る時にじゃまなのでわきによけたもの――もそえて、わたしの前においた。
「はい、どうぞ」
「……いただきます」
そうは言ったものの、わたしはケーキを食べる気になれなくて、しばらくそれをながめていた。別にどうということのない……ふつうのケーキだ。……多分。
カエさんはリンにもケーキを取り分けてやっている。ようやく目の前にケーキがやってきたリンは大よろこびで、口の周りをクリームでべたべたにしながら、ケーキを食べ始めた。
「……ルカ? 食べないの?」
食べたくない。でも、出されたものは残さず食べないと。わたしはフォークを手に取って、ケーキを口に入れた。
これ……甘いのよね。
いつだったっけ……こんな風に、ケーキを目の前に置かれたことが、あったような気がする。こんな、白い生クリームにイチゴの乗ったケーキで、ロウソクが一本だけ立っていて……。
「ルカおじょうさま、ケーキを買ってきましたよ。おたんじょう日にケーキがないなんて、あんまりですものね。おくさまに見つかりたくないから、ショートケーキですけど、ケーキはケーキですよ」
あれは……だれだったんだろう。
甘いはずのケーキは、なぜか苦く感じた。
ケーキを食べ終わると、カエさんがプレゼントを渡してくれた。大きい包みと小さい包み。大きい方は、持った感じで本だとわかった。わたしがほしいと言った漢字の辞書だろう。でも、もう一つの小さい包みは?
「大きいほうはパパから。こっちはわたしからよ」
今すぐ開けろってこと? わたしは包み紙をていねいはがした。破ったりするのはおぎょうぎの悪い子のすることだ。大きい方は、思ったとおり漢字の辞書だった。小さい方は、ビーズをちりばめたバレッタ。
「辞書だけでいいって、言ったのに」
「ルカににあうと思ったの。それにね、おたんじょう日ぐらいえんりょしなくていいし、わがまま言ってもいいのよ」
わがままを言うのは悪い子のすることだ。カエさんの言いたいことがわたしにはよくわからない。
「ありがとう」
わたしはいい子にしていなくてはならないの。だから、お礼を言って、プレゼントを受け取った。必要のないものだけど。
ロミオとシンデレラ 外伝その十四【ケーキと愛情】
【ルカの日記】を書きながら、「カエさんが来てから、初めてのルカの誕生日ってどんな感じ?」というのが頭に浮かんだので、形にしてみました。
この段階でもっと素直になれていたら、ルカにも多分もっと違う人生があったんでしょう。
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