私、鏡音リンはごく普通の中学二年生である。
 跳びぬけて学力が高いわけでも、超人的な運動能力があるわけでも、まして魔法が使えるわけでも、特別武術の有段者であるわけでも、相手を飛び上がらせるような凄い料理を作れるわけでもない。ごくごく普通の女子中学生。あえて言うなら、人より少し歌がうまいのと、少しだけ整った顔をしていると言うことくらいしか普通じゃないところは思いつかないかな。
 ごく普通の家に生まれ、ごく普通の両親に育てられ、ごく普通の友達と遊びながら、ごく普通の学校で勉強を習っている。
 何の変哲もない、なんていったらマジックみたいだけれど、実際にそうなんだから、別にいいよね。何の変哲もない私、唯一つ『変哲のある』ところがある。
 私が毎日通った場所、桜の木の下。
 そこには、いつももう一人の私がいる。
 『彼』はいつでも優しい。はしゃぎまわる私とは真逆だけれど、容姿はとてもよく似ていて、私が男になって少し大人になったら多分、あんな感じだと思う。とやかく言うより、さっさと話してしまったほうが早いと思うし、この間あったことを話すね…


 甲高いチャイムの音が響くなり、鏡音リンはスクールバッグを掴み取るようにして、挨拶が終わったばかりの教室を飛び出した。まだ帰りの会が終了していないのか、廊下には誰もおらず、リンは全力疾走で廊下を突っ切って行った。
 玄関で素早く靴を履き替えて、玄関にぶつかりそうにまでなって、やはりリンは突っ走っていた。早く、少しでも早く、あの『桜の木』へ行きたい!
 両腕を前後に思い切りぶんぶんと振り、走って、ニ、三キロほど離れた小高い丘の上、一本だけ大きく枝を伸ばした桜の木の本にたどり着く。『彼』はいつも、その木の根元で居眠りをしているのだ。
 木の根を枕にして、小説を顔にかぶせるようにし、金髪の彼は寝息を立ててねむっていた。上からその顔を覗き込み、その小説を取ってしまうと、金糸の髪が風にゆれて、整った女性のような顔が露になった。
 見ほれるような美形、と言うよりか美人、と言ったほうがしっくりくるような、愛らしい風貌。長いまつげと、結んでいるのにもかかわらず長い金髪、柔らかそうな唇もすべて無防備な可愛らしさ。身長はリンよりか高く、確かに体つきも男性らしくはあるが、顔だけを見てみれば女性に見えないこともない。
「…レン。レン、起きて、レンってば」
 ゆさゆさと揺さぶってやると、彼は素っ頓狂な声を上げて目を覚ました。
「ふにゃ?」
 腑抜けた声で答え、むくっと起き上がると、大きなあくびをして頭を何度か引っかいてから、リンに気がついたらしく優しい微笑を見せた。
「やあ、また来てたの」
 彼の名は鏡音レン。リンと血縁は(わかっている限りでは)ないものの、リンが兄のように慕う人物であり、常に優しさと微笑を常備した、ある意味スーパーマンである。年齢としてはリンよりか二つほど年上で、よきお兄さんだ。
「うん」
「お茶でも飲んでいく?」
「いい?」
「いいよ。じゃ、おいで。ここで飲むわけには行かないから」
 そう言ってレンが近くの小さな小屋に入っていくのを、リンが早足について行って、中に入る。そう大きな建物ではなく、読んで字の如く小さな家屋であり、人一人がそこで生活するのは難しいと思われる。
 奥のほうから紅茶を持ってきたレンを手伝って、小奇麗な部屋の真ん中に置かれたテーブルの上におき、横のクッションにどっかと腰掛ける。
「今日はどうしたの?何もなかったのに来た訳じゃないでしょ?」
「…別になんでもないよ。ただ、レンの紅茶美味しいからさぁ」
 そう言って、紅茶を少しばかり口に含む。いくらかいい茶葉を使っているのか、その香りや味といったら、リンの家で飲む紅茶なんかとは比べ物にならない。勿論、レンの入れ方がうまいと言うのもあるのだろうが…。
「もう、そんな風だと、また成績下がっちゃうよ?」
「成績は諦めてるんだもん。それに、紅茶を飲んでるだけで成績は下がんないよ」
「紅茶を飲んでここに長居するから成績が下がるんだよ」
「じゃあ、勉強教えてよ。教科書ならあるよ」
「そういうなら教えるけど…。塾に行ってるんじゃ?」
「塾なんてよくわからないよ。頭いい子が通うものだもん」
 そういいながら紅茶のティーカップをカラにすると、ふとリンは窓の外へと目をやり、あの大きな桜の木を見た。
「…また、桜を見ていたの?」
「うん。やっぱり、あの桜の近くが落ち着くんだ。やっと花も咲いてきたしね」
 何故かレンは、あの桜の根元を自分のテリトリーのようにして、何時来てもあの場所に寝転がっている。どうしてか、レンはあの桜があるからこの場所を離れたくないらしく、その理由を聞いても、レンは笑ってごまかすだけで、多くを話してはくれなかった。何か大きな理由があることは明らかなのに、その理由が分からないのはリンにはむずがゆくて仕方のないことだった。
 鮮やかな金髪と青い瞳が窓から差し込む光に輝き、煌きながらと記憶顔を動かすと滑らかな肌理の細かく白い肌がファンデーションでもつけているように、美しくリンの目に映った。
「…桜、綺麗だね」
「うん、桜、凄くキレイなんだ。…いつか、散ってしまうけど」
「ピンク色だね」
「もうすぐ、地面がピンク色で埋め尽くされるようになる」
「そうなったら、綺麗だろうねぇ」
「…すぐにシワシワで茶色に変わっちゃうけどね」
「もっとポジティヴに考えなよ。…あ、そろそろ帰んなきゃ。じゃ、明日も来るね」
「はいはい。気、つけて帰るんだよ」
「分かってる!」
 最後の言葉にむっとしつつ、リンは走って家に帰っていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

またいつか、桜の木の下で 1

こんばんは、リオンです。
新シリーズですが、今回は初めてリンとレンが年齢別って言う設定になってます。
イメージとしては、リンはポジティヴ、レンがちょっとネガティヴです。
桜には色々なイメージがありますよね。
入学や進学から出会い、卒業なんかから別れ、ロマンチックな恋、怪しい夜桜。
花言葉は『純潔』、『精神美』、『淡白』なのだそうです。
後、桜の種類によって別の花言葉もあるそうです。
ひまわりなんかに比べて様々な表情を見せる桜を中心に描いていきます。
格好いいことを書いてみたつもりですが。
それでは、また明日!

閲覧数:764

投稿日:2010/02/03 23:16:07

文字数:2,341文字

カテゴリ:小説

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  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    リオンさんの小説、読ませていただきました!!
    どの小説も、とてもおもしろいです(^^♪
    新シリーズがんばってください(*^^)v

    2010/02/04 21:01:33

    • リオン

      リオン

      はじめまして、紗央さん。
      読んでいただけましたか!ありがとうございます!!面白いだなんて、そんなそんな…。
      新シリーズも頑張ります!

      2010/02/04 21:06:16

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