雪道を走る馬車は、やがて花街・吉原に辿り着いた。
空はとうに宵闇に覆われ、蛍火に似た行灯がぼんやりと辺りを照らしている。野太い男の声。女達の嬌声。笛に太鼓、三味線の音。季節外れの祭のような賑やかさは、花凜達の目に新鮮に映った。けばけばしいまでに飾り立てられた街の通りを一本入ると、明かりが消えたように寂れた建物が目だった。その内の一つに馬車が止まる。
「着いたのかな?」
美久が心配そうに呟く。花凜はそんな美久の手を取り、「大丈夫だよ! 私達は生きる。約束したんだもの」と言った。美久の唇が微かに持ち上がり、笑みの形を作る。
「巡音さん、禿になる娘達を連れて来ました」
男が下劣た声でそう言うと、扉の中から一人の女が出てきた。
桃色の長い髪は簪で丁寧かつ淫靡に結い上げ、紫の瞳にはどこか虚無的で享楽的な色が揺らめいている。金糸銀糸が豪奢に縫い取られた唐色の着物を纏い、深緑の帯には淡い浅黄の糸で波紋が縫い取られていた。
「おやおや。皆様、よく来んしたぇ。さあ上がって。わっちは花魁の巡音。ぬし達にはわっちについて下働きをしてもらいんす」
その声は鈴のように軽やかで、霧のように人を惑わす響きを持っていた。花魁巡音はその白魚のように白く細い指で、美久の顎をそっと持ち上げる。
「ほぉ、ぬしには気高さを感じるわ。貴女は誇り高く、いざとなれば躊躇いなく散る。潔く、それでいて美しい散り際。そうね、ぬしは椿の花だわ」
美久は夢心地といったとろんとした瞳で巡音を見た。彼女は美久に笑いかける。傾国の美姫とは彼女のような人を指すのだろうと花凜は納得した。
巡音の瞳が花凜を見つめる。
「ほぉ、これは上々。『華』になれそうな娘をいちどに二人も見つけるとは、今日は運がいいのね」
花凜は得体の知れない雰囲気の巡音に半ば押されながらも、しっかりとその目を見据えた。
「鼻っ柱の強い娘ぇ。あの子が椿なら、ぬしは牡丹だわ。艶やかに鮮やかな大輪の花を咲かせ、散り逝く時さえ人の目を引き付けて放さない」
巡音は美久と花凜の肩を抱き寄せた。
「こなたの二人はわっちの禿になってもらいんす。他の子達をどの女郎の禿にするかは、好きに采配してくんなまし」
男は睦言でも囁かれたようにとろりだらし無い笑顔になって、それからはっと思い直したのか二人以外の少女達を追い立てた。
「花凜」
一人の少女が、花凜の名を呼んだ。
「私達も、生きるよ」
力強くそう言ったその少女に、花凜は笑いかけた。
巡音が二人の肩を抱いたまま中に入る。他の少女達は、男に連れられて別の入り口へと歩いていった。
花凜と美久の、禿としての日々が始まった瞬間だった。
気付けば、いつからか雪は止んでいた。
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