俺は如何思ってたんだろう、リンの事。今まではそう思っていた。けれど、今ではもう、応えは分かりきった事だ。けれど、その気持を伝える訳には――伝えられる訳がない。
 だって、だってリンは―――もう、いないのだから。

 インストールされた時、始めて俺が見たのが、リンだった。俺と目が合うと、恥ずかしそうにはにかんでいたのを覚えている。
 俺達のマスターは機械系に強いらしく、また音楽の方にも長けていた為、俺達の他に、初音ミク、MEIKOを持っていた。
 最初は不安で仕方なかったが、ミクさんもメイコさんも優しくて、直ぐに馴染めた。リンも、安心そうに笑っていた。
 所で、所持するマスターによってVOCALOIDの性格は様々なものに分かれる訳だが、リンは他の“鏡音リン”よりも、大人しかった。発言数も少ない。少しはにかんで、終わりなんて事もざらに合った。因みにミクさんはのほほん天然っ娘でメイコさんはやはりと言うべきか豪快な頼れる姉御タイプだった。
 そんな性格のリンだったが言う事はしっかりと言うタイプだった。この家の主、ともいえるべきマスターにも自分が嫌だと思った曲には嫌だという意見をしっかりと通した。
 しかし根は恥ずかしがり屋なのか、俺と目が合うとニコリと微笑んでそれだけで終わる時もあったが、何かと俺に対し、
「レン大好き」
 と言った。俺は其れに応える事が出来なかった。恥ずかしい、と言うのもあった。何せリンは場所を考えずに自分の言いたい事を言うのでミクさんやメイコさんがいる前でも平気でそう言ってのけた。それも俺にリンに返事が出来なかった原因の一つである。
 けれど、そんな平和な日々は、長くは続かなかった。
 ――ある日、リンの声が出なくなったのだ。口を開いてパクパクと動かして見せても声は紡がれる事が無かった。始めてその症状が出た時、リンは俺の方を見て寂しそうな顔をした。
 マスターも原因が分からないらしく、必死にパソコンを操作し、何とか対処法を探し出そうとしていた。けれど、駄目だった。

 ―――リンは、俺の目の前で、消えてしまった。

 あ、と声を出してみる。出る。次に、マスターから貰った歌を歌ってみる。二、三小節歌っただけで次の言葉が出てこない。歌えない。リンが居なくなってしまってから、俺は歌う事が出来なくなっていた。そんな俺を、マスターもミクさんもメイコさんも、誰も責めなかった。
 鏡音が、二人で一つ、なんて誰が決めたんだろうな。何時かマスターが知り合いにそう漏らしていたのを聞いた事がある。今ならその思いに賛成できる。

 如何して、鏡音は二人で一つなんだろう―――・・・・・・。

 そんなある日、マスターは俺に言った。
「・・・ごめん、レン。今日から・・・蒼さんの所に行って貰いたいんだ・・・」
 蒼さん。何度かマスターに連れられ会った事がある。十四歳にして音楽界でも有名な人だ。長い黒髪に水晶の様な透き通った蒼色の目。あの人になら、俺を任せられる、て訳か。
「・・・本当にごめんな・・・。レンを救う事が出来なくて・・・」
 そう言ってマスターは寂しそうに、笑った。まるで俺の分も笑おうとするみたいに。

「久し振りだね、レン君。いや、レン、て呼んだ方が良いのかな?」
 蒼さんはそう言ってニコリと笑う。この人は本当に変わらない。性格が。
「あ、そうそう。今日はレンの他にも他の人から譲り受けたVOCALOIDが来るから、如何する? 一緒に迎える?」
「・・・いや、良いです」
「そう。貴方と一緒で相方をなくしてる、鏡音リンなのに」
 蒼さんの言葉に俺は固まった。俺と一緒で、相方をなくした、鏡音リン。その言葉が妙に頭に残った。
「・・・じゃ、レン、あっちで待っててよ。後で呼ぶからさ」
 そう言って蒼さんは己の後方を指す。俺は何も言わずに其れに従った。

 それからどれ位が過ぎただろうか。不意に俺の耳に蒼さんの声が入ってきた。別に叫んでいる訳でもないのに、それでもしっかりと耳に入ってくる。
「・・・・・・。ちょっと、隠れてないで出てきてよ。君の新しいパートナーになる子だよ?」
 ・・・待て。聞いてない事言ってるよこの人。何だ新しいパートナーて。しかも隠れてないで、てあんたが此処にいろ、て言ったんだろうか。
 俺はハァ、と溜息をつくとリンを少しだけ見ると蒼さんの横に並んだ。と言っても蒼さんよりも一歩後ろにいたが。
「こっちの鏡音レンも貴女と同じ様にパートナーいないの。だから・・・・・・私は貴方達をパートナー同士として組ませたいんだけど・・・・・・良いかな?」
 蒼さんの提案に俺は目を丸くした。チラリとリンの方を見ると其方も同じ様に驚いていた。
「ちょ・・・蒼さん、如何言う事ですか!? 聞いてないですよ俺!」
「そりゃそうだよ。今言ったんだもん」
「でも行き成りそう言うのって・・・有りなんですか!?」
「さあ」
「おい!」
 更に言葉を続けるも蒼さんは其れを無視し、リンの方を見る。
「て事だから。あ、そんな行き成りパートナー、何て無理だって言うのは分かり切ってる事だから、暫く二人で一緒のフォルダに居て欲しいんだよね。あ、大丈夫だよ。リンとレンの部屋、ちゃんと分けてあるから」
『はぁ・・・』
 気が付いたらリンと息ピッタリに返事をしていた。その様子を見て蒼さんはニコリと微笑む。
「んじゃ、そういう事で。後で一人ずつ呼んで調整し直すから、宜しくね~」
 そう言うと言うだけ言って蒼さんは俺達の前から姿を消した。

「・・・良し、と。調教終了。どっか可笑しいと思う所無い?」
「・・・大丈夫です」
 少し歌って見せて、俺は応える。蒼さんは何だかんだ言いながらVOCALOIDの調教はかなり上手い。現に今だって俺の声は何も言わずに何処かの動画サイトにアップしたら“鏡音レン”に声が激似の人が歌った、と言う様な扱いを受けるだろう。
「んじゃ、此れ楽譜ね」
「有難う御座います」
 俺は蒼さんから先程まで歌っていた練習用の楽譜を受け取ると蒼さんの部屋を出た。

 ♪~♪♪~♪
 
 部屋に戻り、俺は蒼さんから貰った楽譜の歌を歌いだす。不思議とこの歌は歌いやすかった。口からメロディが紡ぎだされ、俺は其れに合わせ楽譜を捲っていく。そして楽譜が最後の一枚になり、其処に書かれていた言葉に俺は思わず歌うのを止め、次の瞬間には ドンッ! と思い切り壁を殴っていた。
 明かりも付いていない暗い部屋の中、俺は壁を殴った左の拳をグリ、と壁に強く押し付けた。自分でも分かる位、身体が震えていた。
「畜生・・・・・・」
 ポツリ、と呟いた。何故この言葉が出てきたのか分からなかったけど、その言葉を発した時、凄く、寂しさを感じた。
「何で・・・何でこんなに・・・・・・。思い出すんだよ・・・?」
 ギリ、と歯を食い縛る音が耳に届く。其れを聞こえない振りをし俺は続ける。
「忘れようと思ったのに・・・・・・忘れてしまおうと思ったのに・・・・・・! 何で・・・何であの人はこんな事を言うんだ!?」
 ドンッ! と再び壁を殴る。その拳には自分でも情けない程力が入らなかったが、痛かった。――心が。
 じわり、と視界が滲んでくる。そんな俺を、誰かが背中から優しく抱き締めた。
「・・・・・・リ・・・ン・・・?」
 リンが俺の背中に抱きついていた。俺の腰に回されているリンの腕に雫が落ちる。俺の涙だ。
「・・・何・・・で・・・?」
 絞り出す様な声を出し、俺はリンに問う。
「レンの声が・・・レンの歌声が聞こえたから。気になって来たの」
「・・・・・・・・・そっか・・・」
 それだけ言うと俺は言葉を失った。リンも何も言わない。暫くの間、沈黙が続いた。けれど、
「なぁ、質問、良いか?」
 気が付いたら唇が動いていて、それで沈黙は断ち切られた。
「何?」
「お前の“鏡音レン”・・・・・・何で居ない?」
「・・・・・・」
 絶対に応えたくないであろう質問。リンにとって一番嫌であろう質問。だけどリンは応えた。
「・・・レンの声に・・・何時からか雑音が入る様になったの。最初は私もマスターも気にしてなかったんだけど・・・。日に日にレンの症状は酷くなってきて・・・。マスターも私達が始めてのVOCALOIDだったから対処法が分からなかったらしくて、でも必死になって探してくれて。・・・そして、やっと治し方が分かった時には―――・・・もうレンはいなくなってた・・・」
「・・・そっか・・・。俺の所の同じ様なモノだよ」
 そう言って俺は話し始める。俺の“鏡音リン”が居なくなった時の話を。
「俺の所のリンはすっげー大人しくてさ・・・。でも言いたい事は言うタイプだった。だから俺の事をずっと『好きだ』って言ってくれてたのに、俺は応える事が出来なかった。気恥ずかしい、て言うのもあった。でも、それでも俺も『好きだ』って還しておけば、今、こんなに後悔しなくても済んだかも知れない。
 俺の所もある日突然、だ。リンの声が出なくなった。原因は不明。俺の元マスターは機械系に強い人だったんだけど、でも、リンの声は戻る事は無かった。そしてある日――――消えちまったんだ。何もかも」
 俺は話しながら、ギュウ、と手の平を握り締めた。掴みたかったモノを逃してしまった後の様に。
「だから後悔してるんだ。リンに、一度でも、一度だけでも良いから『リンの事好きだ』、て言ってやれば良かった。リンの事、忘れようと思った。何度も、何度も。そして、今もそう思ってた。けど、やっぱり無理だよな」 
 クルリ、とリンの方に振り返り、リンの目を見つめる。その瞳の奥は悲しみに染まっていた。
「蒼さん・・・マスターから貰った歌、最後まで見た?」
 そう聞くとリンはフルリと首を横に振る。俺は手に持っていた楽譜をリンに見やすい様にすると「此処、見てみなよ」と声を掛けた。其処に書いてあった歌詞は――

「貴方の事を、忘れずに、今日も生きていきます」

 ポツリ、とリンの瞳から何かが落ちる。涙だ。リン自身の涙。ボロボロと雫はリンの頬を濡らしながらもそれでも止まる事を知らない様に堕ちていく、落ちていく。
 ス、と腕を伸ばしリンの体を抱き締める。さっきまでリンが俺にしてくれてた様に、優しく。
「忘れなくても良いんだよ。いや、忘れられる訳が無いよな。俺達にとっては、大事な大事なパートナーだったんだもんな」
 リンは俺の言葉に頷く。その度に雫が冷たく落ちてくる。
「ださらさ、忘れるのはもうよそう。忘れられる筈無いんだから。・・・あのさ、一つ、良いかな? ・・・こんな俺だけどさ、君の・・・“リン”のパートナーに・・・俺はなっても良いかな・・・」
 少しの間を置いて、リンは応える。
「・・・私も・・・こんな私だけど・・・我儘だけど・・・たまに融通利かないけど・・・。私でも・・・貴方の・・・“レン”のパートナーで良いのかな?」 
 不安そうに、リンは俺を見た。その様子は“リン”にそっくりだった。けれどリンはリン。俺は俺。全く違うけれど、同じでもある。だからこそ、俺はリンとパートナーを組みたかった。
「・・・勿論」
 俺がそう言うとリンは嬉しそうに笑った。リン自身の、柔らかくて優しい笑顔で。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

言いたかった言葉

日本酒って辛いんですね。

・・・・・・いや、今日厄払いに行って来たんですよ。其れで貰った御神酒飲んだだけです。お酒は二十歳になってから!(何言ってんの

いや、しかし苦かった。濁り酒は甘かったのに←
・・・いや、此れはお母さんに注いだ時に手に付いたのを舐めた時に感じただけです。でも甘口だったしなぁ・・・

・・・ま、そんな事はさておき「聞きたかった言葉」のレンsideです。
~sideて台詞とか間違っちゃいけないから面倒臭い←
なら書くな、て話ですよねハイ。

それでは此処まで読んで頂き有難う御座いました!

閲覧数:278

投稿日:2011/01/15 21:26:06

文字数:4,636文字

カテゴリ:小説

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  • 鏡美

    鏡美

    ご意見・ご感想

    …!
    感動です…はぅー、ティッシュティッシュぅう~

    リンだけどリンじゃなくて、レンだけどレンじゃなくて。
    複雑で、もどかしい関係ですね;
    けど、そこを乗り越えていくって前向きに考えることが出来るの、すごいと思います…
    鏡音はこうだった!って考えると切なくなりますね><

    これからも頑張ってほしいですー
    lunarさんも頑張ってください!

    2011/01/16 16:40:21

    • lunar

      lunar

      こんにちは。メッセ有難う御座います^^

      いや、だから私には人を感動させられる様な文章力はありませんよ、ありませんってばぁ!←

      何と言うか、私、固定概念って嫌いなんですよね。例えばボカロだったらミクはネギ好きでリンはみかん好き、レンはバナナ好きで・・・て言うのが何か嫌で。
      いや、別にそういう設定で描(書)いてる方々を否定する訳ではありません。でも、そういう風な固定概念が嫌いなのです。
      私も此処に小説載せて、リンとレンは双子だからそういうのは止めろ、て言われた事があります。私はリンとレン=双子と言う考え方が嫌いなので自分の意見を言わせて頂いたら何も来なくなりましたけど^^(黒い笑い
      リンとレンは二人で一つ、此れも誰が決めたのか知らないけれど、其れが皆に定着してきてる。其れが疑問で仕方ないのです。
      リンはリンで、レンはレン。同じだけど同じじゃない。違うけれど、違わない。其れが良いと思うんです。
      だから私はボカロのリンとレンは双子と言う設定で書いてません。

      ・・・何だか下らない事をつらつらと失礼しました。
      鏡美姫*さんも頑張って下さいね!

      それでは♪

      2011/01/16 16:52:38

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