雪が降っている
 白い息が後ろに向かって流れる

 ある国の物語では
女は降ってくると書いていたが
自分の目の前の女は崖を今まさに落ちようとしていた。


<1.雪の色>
「俺が毒を盛ったって言いてぇのか」
 なんて汚い言葉遣いかしら、と
姉兄弟達は罵ってくる。
 昨日父が死んだ。
 もともと病弱だった父の看病を一番傍で続けていたのはこの私だ、
 こいつらは父が持っていた権力やなんかをできる限りものにしたいのだろう。
「お望み通り出て行ってやるさ」
 感情が高ぶるとこの口調になってしまう
あれはいつだっただろう
 父に連れられた場所で桜の木が並んでいた、
その近くでよく遊んでいた少年が思い浮かぶ
「父上、申し訳ありません。私はこの屋敷では
私らしく暮らして行けそうにはありません」


 門番の申し訳なさそうなまなざしを背に受けながら
雪の道をいくばくか歩いた。
 これでも貴族の出だ、しかもか弱い女だ
野宿の方法など教わっていない
 川の音がする、先ほどから頭痛がする。
 生きていくうえで水は必要だろうと安直な考えで
音の出どころへ向かう。
「高いな」
 崖の下にある川を除きながら呟く
 ぼーっと川を眺めながらふと目を瞑る
 父との数少ない記憶が蘇る
父も私も冬が嫌いだった
心地よい苦痛が体を覆い座り込もうとしたとき
足を踏み外した。

「もっとしっかりと掴め!」
 声が聞こえ、驚いて目を開くと
小柄な男が腕を掴んでいる、
「離せ、このままじゃお前も落ちる」
 男といえど年の差がある、
ぢりぢりと二人とも落ちていっている
「離さない」
「落ちるぞ」
 私は腕に力を入れて相手の手を振り払った。
すると崖下に男は飛び込み
私の頭を抱えるようにして落ちていく。

<2.筆と女>
 カサッ カサッと
音が繰り返し聞こえる。

 子供の頃 父の大きな手を頭の上に置かれた時のことを思い出す。

「よく背負えたな」
「さっきは君が暴れたから落としたんだ」
 私より小柄な少年は器用に私を背負い
川の上流へ向かっていく。
 記憶をたどると確かに
先ほどは彼の手を自分から振り払ったと思い出す。
 自暴自棄になっていたのかもしれない
「自分の小屋がこの近くにある、ボロ小屋だけど」
 彼が言う。

 降ろされた床は確かに古い、しかし
できる限りの隙間風が入らないよう補修が至る所に入っており
最低限寒さを乗り切れる工夫がしてある。

 おもむろに着物を上から脱ぎ
彼に近づく
「胸はないが身体に自信はあるんだ、どうだ」
 彼は驚いた様子で手にした包帯が転げ落ちる
「抱くんじゃないのか?」
「自分は別に女を抱きたくて助けたんじゃない、積もった雪が赤くなるのが嫌だったんだ」
「どういう意味」
「...」沈黙
「一面の雪景色を描いた絵画があるとする、そこに赤い模様が無造作に入る
それはもしかすると濁ったようにみえるかもしれない」
「なるほど」
と言いながら着崩した服を直す。

「要(かなめ)だ」
「えっ」
「自分の名前だ」
「あぁ鈴(りん)だ」
「鈴、足を出せ」
「えっ」
 さっきの発言からは程遠い言葉に戸惑ったが
寒さで薄まっていた痛みを足を意識した瞬間感じ始める。
 膝から足首にかけて血が流れていた。
 彼から治療を受けながらこれからのことを考え始める。

 思考がまとまらず、
ふと、部屋を見回すと机が一つ部屋の脇に置かれていた。
「絵を描くのか?、すごいな」
 九つの首がある龍といかにも振りずらそうな刀を振りかざした人が描かれている。
「この街では売れなかった」
 彼の言う通り、確かにこの街では売れないだろう
 この街の人間は芸術というものにあまり興味がない。
 国が良しとしていないのだ。
 それは、育てられた家柄よく知っている、
しかし、父だけは違っていた。
 一度だけ隣国へ父と訪れたことがある。

 この目で見てきたものだけを世界とするなら
美術から娯楽、華やかさ煌びやかさにかけては世界一ではないだろうか
 もしかすればあの国なら売れるのではないだろうか。


<3.花の道>

 隣国へ行こうという提案をあっさりと要は受け入れた
 隣国は川を上流をずっと上った先にあるはずだ

「男みたいなしゃべり方をするんだな君は」
「...」
「無口だったんだ」
「ん?」
「子供の頃は無口だった、友達になった子の喋り方が移った」
「母親にはきつく叱られた、でも俺はこっちの方がいい」


 やっとのことでたどり着いた
圧倒的な大きさな門に気圧されながら門をくぐり
そして要が口を開く
「聞くが、君は金は持ってるのか」
「もちろん、持っていない」


「あれはだんすって書いているのか?」
「踊りのことだよきっと」
「あぁ舞踊のことか」
「要、金があればいいんだな、少し待ってろ」

 受付らしき人間に頼み込んで許しも出た
 なるべく露出がおおい着物で
いつも通り稽古のようにすればいい
息を大きく吸いこみゆっくりと吐く。
 これでも、厳しい先生にも褒められていたんだから大丈夫
「口を開かなければ美人か」
 次の演者が出てこない為か、歓声が戸惑いの声になり始める、
その舞台にスッと一歩踏み出す
曲に合わせて
水のように手足を動かし始める。
 そして刺すような目線で

 観客が生唾を飲み込んで見入っているのを肌で感じる
曲が盛り上がり
すらすらと私がいつも通りの稽古の時のように舞うと
札束が投げられる
それを舞踏と合わせて拾い上げ
扇子に見立てて空に微笑みかける

 そうか姉達はもしかしたら私に嫉妬していたのかもしれない
気づけば今まで劣等感なんて抱いたことがなかったな
何をしても人並み以上にできていたんだから当たり前か
これじゃあ、ただ気づいてやれなかった私が鈍感だったみたいだ。
「まぁその通りなんだけど!」
 笑みがこぼれる
 さらに舞のテンポが上がっていく
 歓声も強くなる
 札束が宙を舞う

 初めて海を泳ぎ始めた魚
 自分の巣を見つけて安堵する蜜蜂
 どんな気持ちでいればいいんだろう
 これから自分で生き方を決めるのは


<4.夢の道>

 鈴のおかげで生活はなんとかなってきた。
しかし、あんな物騒な場所で鈴で働かせ続けるわけにいかない。
それにこの街に来た自分の目的は絵を売るためだ。

 物を売るには偉い人やらの許可がいるらしく
町のでかい屋敷を訪れる

 兵に促されるまま歩き
問答が始まる
早速自分は絵を見せる
恐らく民衆に広まるものへの危険性や
正当性を確かめるためのものだろう。
まるで裁判だな、
 しかしいつになっても自分の創作を語るのは
恥ずかしいな。

 難色を示している、
明らかに初めてみるものを見定めている様子


 この街の人間はあまり遠出をしないのかもしれない
まぁ確かにこんなにぎやかなで潤った街にいれば
飽きないし外に出る必要がない。

「いいじゃねぇですか、ほかの町の文化を取り入れるのも
懐の深さの証明になりますぜ町長」
 いかにも戦帰りのような姿で、カチャカチャと音を立てて
間に大きい体が割って入ってくる
 場に沈黙が続く
「よし、許そう」
 町長とやらが深くうなづく
「ありがとうございます。」
 もしかしたらこいつはほかの町から来たのかもしれない。
「良かったな青年」

<5.友>

「この町一番の美女を出せ」
と大きな声で舞台の受付で話す男が現れたらしい。
 そしてその面倒ごとに選ばれたのは鈴だった。

 妖艶な着物を着させられて連れてこられた部屋では
何が始まるのかと思えば
食事を二人で取る用意がされた。
「まさか自分のことを俺という女が
本当に存在するとはな」
 がははっ!と悪びれもせずに大きな声で笑い
その恰好が子供じみていて
戦の将を務めているとは思えないほどに。
「お前も将軍をしている人間とは思えない」

「何っ!」
 不敵な笑みを浮かべて懐に男が手をかける
「はは、冗談だ。そう身構えるな」
「こっちの方が気が楽で俺はいい」
 今考えてみれば
舞台の人達も稼ぎ頭の私を
あっさりと差し出した。
手を出す心配をしている様子が一切なかったな。
「こんなに気が合いそうな人間がいるなんてな」
「そうでもないだろう」
「眼だ」
「舞踊をしている姿、あの鋭い目つき
俺も昔はああいう目をしていた。」
「だが、俺は人を殺さない」
「ああ、俺は人を殺す」
「しかし、守るためだ」
「どんな街にでも貧困はある」
 男がニッと笑う、図星だろと言わんばかりに
「知ってるぞ、義賊の真似事をしてるんだろう。
舞台で余った金を貧相な子供たちに渡している」
「友だな、」
「友?」
「刀は持たず、戦う場も違うが目的は同じ同志だ」
 酒の瓶を前にかざし乾杯を促してくる

 満月があと僅かで
 滴り落ちてしまって
 三日月へと
 向かおうとする月を背景に
 私もそれに倣い音を鳴らす

 唐突に唸るように角笛が鳴る
「戦か、」
 目の前の男が微かに眼を鋭くさせ、呟く。
「いくのか」
「ああ、世話になったな」
「いや楽しかったよ、また話せるか?」
「約束事は苦手なんだ」
「そうか」
「ああ」
 カチャカチャと今から死ぬかもしれない戦に
行くとは思えない軽い足取りで部屋を出ていく。
「わざとらしいな」


<6.戦>
 数は劣勢たが場所は有利
「二手にわかれ、
裏道を使い相手の後ろをつく
全員弓を持て
俺と来る死にたがりのバカは
刀を持て、この意味が分かるな!」
 兵達がすぐさま武器を持ち帰る
「馬鹿かテメェらこれじゃ弓兵が足りねえ」
 国のために命を捨てようとする馬鹿が多い中から
若い順に弓を持たせて兵を分けた

 相手も有利な地形を捨てて
近接戦を仕掛けてくるとは思わないだろう

 刀を握る手に汗が伝う
「一番の美女を抱かせろ、か…」
 今になって舞台で発言した言葉が蘇る。
昔母親が山賊に犯されて
殺されるのを見てから
女が抱けなくなっていた。

 俺は籠の中でじっとうづくまっていた
その深夜、山賊の首に一人づつ刀を突き立てていった
そして母親に何度も何度も謝った。
 それから俺は山賊を頻繁に襲うようになった
きずけば治安を維持していたとか何とかで
将を任されていた。

 仲間には盾と槍を持たせて
優先して戦わし
その隙をついて相手の後ろに回り殺す
これが俺が得意な戦い方だ
将軍なんて笑っちまう
ただ殺した数が多いやつが偉いなんてな
 なぁ鈴
俺は卑怯者だ
だがお前らも仲間も
できる限り生かしたいんだ

 一人殺すごとに切れ味が無くなっていく刀を
死体から新調して速度を落とさないように刀を振る
 こちらに相手が兵を向かわせ始める
そうしたら当然
前方にいる弓兵の矢も当たり始める

 もう勝利を確信できるほどに
順調に相手の数を減らしていくと
敵の将らしき人間が雄たけびを上げ
刀兵がこちらに向かってくる

 小刀を下段に構える
刀兵は仲間が抑えてくれている
今のうちにこいつをやる。
 巨体から振り下ろされる刀を弾くと
見せかけて流し相手の横腹を切る
「浅いか」
 相手が体勢を立て直す前に
隠していた短刀を相手の首裏にねじ込むように刺す
だが、相手の刀の柄で腹を抉られ吹き飛ぶ
「まずいっ」
 体に刺さった刃を抜きながら
激昂した巨体の男が襲ってくる
 敵の体を右によけると同時に相手の両目がくるであろう位置で
右に刀を振りぬく
吹き飛ばされた際の体の痛みが祟り
避けきれなかった
「ここまで…だな」
 勝鬨の声と体に刺さった刀を眺めながら呟いた


<7.朝>

 戦が終息した一報が
街全体に行き渡った頃

 自分たちの家にも連絡が入る
「鈴、泣いてるのか」
「ん、そうか」
 鈴は今気づいたかの様に
指先で涙を確かめる
「きっと唯一の友のためだ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

花魁道中

閲覧数:116

投稿日:2023/01/03 10:34:12

文字数:4,891文字

カテゴリ:小説

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