すっかり日も暮れて、カラスの鳴き声さえもしない午後8時。

不思議な空間を抜け、次に目を開けた時にはアパートの小さな一室の中にいた。


「あ、おかえり!一泊するって聞いた時はびっくりしたよー」


マスターがお茶をすすりながら私たちに言った。
まさかとは思うけど、私たちが帰ってくるまでずっと201号室にいたわけじゃないよね?


「いろいろあってな。それよりミクが来たんだがあれはなんだ」
「先生よ、俺たちにもさっぱりだ。勝手につまずいて勝手にPCに吸い込まれてったから、正直ゆるりーさんとこのミクさんのドジがPCに作用したとしか…」
「それなんですけど、ネルさんが原因を調べてくれましたよ。データを送っておくって言ってましたけど」
「え? 連絡なんてきてたっけな? まあそれは後にするとして」


ターンドッグさんもお茶をすする。
向かい合った位置で同時にお茶をすするマスター2人、移動したてで立ちっぱなしの私たち。
この光景もなんというか、シュールというか。


「どうだった? 実際に他のボカロの世界に行ってみた感想は」
「どうだったと言われてもな。いろんな事件に巻き込まれるし怪我はするし、ルカには補正が効かないしで大変だったよ」
「効かなかった!? それ大丈夫だったのか? 」
「まあな。そこもネルがプログラムを修正してくれたっぽいぞ。それよりもあんたの家の戦闘狂、事あるごとに俺に戦闘を吹っかけてきたぞ。誰にでもああなのか?」
「他のボカロやかなりあ荘の人がヴォカロ町に来たこともないからなあ。薄々喧嘩を申し込むだろうなとは思っていたけど」
「勘弁してくれ、一度やったがかなり疲れる」
「一度やったんかい!? 」

「マスター、昨日からずっと思っていたんですけど」
「そうだね。この2人、やけにコントの息が合ってるよね」
「「コントじゃない!!!」」


あまりのテンポと息の良さに、思わず吹き出してしまう。
まるで普段からそんなやり取りをしているようで、この光景に違和感はあまりない。


「ところでルカさん、その胸飾りどうしたの?公式衣装のやつに似てるけど」


マスターが指差したのは、私の首から下げられている『心透視笛』。
金管楽器をイメージしたそれは巡音ルカ公式衣装の胸飾りを型取っている。
我が家のボカロは公式衣装を着ないので、さすがに気づいたようだ。


「これですか?別れ際にルカさんがくれたんです。向こうのネルさんに作ってもらったらしいです。なんか、『時空を越えるメル友』になったみたいですよ」
「へー。てっきり向こうの世界のお土産なのかと。…そういえば小説読んだ時にそれ出てきたわ。まさか実物が見られるとは」


そんな感じでほのぼのとしていると、首から下げていた『心透視笛』が碧く輝き出した。
そういえば通信の仕方を聞いていなかった。ボタンも見当たらないので、とりあえず耳に当ててみる。


「はい、もしもし?」
【あ?ルカちゃん? …声が遠いんだけど、もしかして耳に当ててる? 携帯電話よりトランシーバーみたいなものだから、トランシーバーみたいな持ち方して大丈夫よ? 】
「一瞬でわかるところがすごいですね…」
【ふふ、ルカちゃんならそうするかなって】
「さすが巡音ルカですね」


さっそくルカさんから通信がきた。
どちらかと言うとメル友より電話友達かなと思うのだが、それは心に留めておく。


【どう? 無事に帰れた? 】
「はい。帰ったらマスター2人はお茶飲んでました!今ターンドッグさんは神威さんとコントをしていますけど」
【確かに2人でお茶飲んでそうね。先生ツッコミ疲れしちゃうんじゃない? 】
「あ、いえ、ターンドッグさんがツッコミですね」
【それはそれで珍しいわね!? あとどっぐちゃんがそっちに行ったと思うんだけど、どっぐちゃん今どんな感じ? 】
「どっぐちゃんですか?そういえば見てないですけど…」


そう言った瞬間、後ろからマスターの悲鳴が聞こえた。
思わず振り返ると、PCから飛び出したどっぐちゃんのタックルがマスターに直撃したらしく、お茶をこぼして盛大にむせながら腰をさすっている。


「あ…ああ…どっぐちゃん…お久しぶりね…」
「なーにがお久しぶりよ!! あたしも2人の観光をサポートしながらお喋りするつもりだったのに、ず〜っと楽しそうであたしが入る隙なかったじゃないっ!! あたしだって楽しい観光したかったのにどーしてくれんのよ!! 」
「おいどっぐちゃん落ち着け! ここヴォカロ町じゃないから! ゆるりーさん人間だから! 今補正効かないからいくら手加減してもどっぐちゃんの力で殴ったらゆるりーさんが気絶するから! 」
「じゃあ代わりにあんたがあたしの怒りをくらいなさーいっ! 」
「ほがぁ!? ちょどっぐちゃん俺も人間…」
「うるさいうるさいうるさい!! 変な薬臭いツインテールしか相手にしてくれなかったしやけに全身撫で回すし!! うわあああああああああん!! 」

「…今来ました」
【みたいね。ドタバタ聞こえるけど、Turndogのことは気にしなくていいわよ】
「うちのマスターがタックル受けたのですが」
【……。ごめんね。どこも支障ないといいわね】
「多分大丈夫だとは思うのですが…」


そうこうしている間に静かになった。
ターンドッグさんが気絶する前に、神威さんがどっぐちゃんをひょいと持ち上げたのだ。


「まあそれくらいにしとけって。どっぐちゃん、鰹節は好きか?」
「大大大好物よ…それよりも! あんたたちに責任とってもらうからね! 」
「じゃあ今度、一緒に買い物に行きましょう?どっぐちゃんとは一度話してみたかったの。マスターが溺愛するくらいだから、きっととても可愛いんだろうなって思っていたから」
「…! それなら別に許してあげなくもないわ…でも鰹節3本は買ってもらうからね! 」
「鰹節ってけっこう高いんじゃなかったか?というか市場しか選択肢がなさそうなんだが」
「私はどっぐちゃんといろいろ見たいですよ!市場には神威さん一人で行ってください」
「ヤダヤダヤダ!! 絶対に2人と一緒に買い物に行くんだから!! 」
「あ、じゃあ鰹節の件は領収証をもらおう。宛名はターンドッグさんで」
「また俺の財布が寒くなるからやめてほしいな…」


突っ伏したターンドッグさんの悲しいつぶやき。
なんだかんだで、どっぐちゃんとは話ができなかった。
今度は寂しい思いをさせないようにしなくちゃ。


「すみません、落ち着いたみたいです」
【大変ね。そういえばルカちゃん、あなた土産店で何か買っていたわよね? 先生に何をあげるつもりなの? 】
「あー…まだ内緒にしてくださいね?リングのストラップです。よくお土産屋に売ってますけど、ヴォカロ町で見た物はボカロがモチーフの商品が多かったんです。ちょうど巡音ルカと神威がくぽのモチーフリングがあったので買ってみました」
【そういうことね。ルカちゃんらしくていいんじゃないかしら。先生なら喜んでくれるわよ】
「はい!」


紙袋の中の小袋からは、確かに二つのリングの感触がした。
どのタイミングで渡せばいいかはわからないけど、きっと気に入ってくれるだろう。


【それじゃあねルカちゃん。今日はもう遅いし、ゆっくり休んでね。仕事に恋に、大変だけどお互い頑張りましょ】
「はい。今度は私たちのところにも遊びに来てください。お互いにお元気で」
【楽しみにしてるわ! お元気で】


そして通信が途切れた。
これ着信音とか設定できないのかな?
光るからわかるかな。


カバンのポケットをごそごそ漁ると、何枚かの写真が出てきた。
旅先での思い出を残しておきたいので、何枚か写真を撮らせてもらったのだ。

ステージで舞い踊るミクさん、楽しくお店巡りをする2人の巡音ルカ、おいしそうにラーメンを食べる神威さん、戦闘の火花が舞い散る中の猫又と役者。
イノシシを平らげるロシアンさん、拳銃を構える神威さん、交戦する2人の初音ミク、夜空を舞い踊る蒼い焔の大龍。
そして四人一緒に写った写真をめくると、最後にロシアンさんと楽しそうに話すルカさんの写真が出てきた。


いろいろあったけれど、この旅行は滅多に経験できることではないだろう。
とんでもない能力の持ち主でも、意外に可愛らしく恋の悩みを抱えていたり。
少し怖かった猫又でも、誰よりも町が大好きで、子供みたいに無邪気に笑ったり。
嫌なことや怖かったこともあったけど、その分たくさんの人が助けてくれたり、親切にしてくれた。


いつか自分自身を見失っても、もう一人の私がそこにはいる。
きっと困ったように笑って、親身に相談に乗ってくれるだろう。
平行世界は、もしかしたらありえたかもしれない、こことは少しだけずれた世界。
誰よりも遠く近い存在に、パラレルワールドの自分にまた会えるならば。


ヴォカロ町へ、遊びに行こう。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ヴォカロへ遊びに行こう 15(完)【コラボ・ゆ】

大変遅くなってごめんなさい(ジャンピング土下座)
お久しぶりです、ゆるりーです。

どっぐちゃんをどうしようか迷っていたらいつの間にか2年と4ヶ月経ってました。
作中時間は2014年の4月ですので(ごまかせない)。
大遅刻で本当にごめんなさい!!!

ヴォカロ町本編にて心透視笛の通信のシーンはこれまでに2回ありましたが、最新版のほうの表現で統一させていただきました。
きっと夜寝る前とかに電話する感覚で通信してるんじゃないでしょうか。青春ですね。

土産店で、よくペアリングのストラップを見かけませんか?
あんな感じで書いたのですが、イメージはコラボアクセのやつです。
がっくんはコラボアクセないですけど、ヴォカロ町はボカロの町だからボカログッズはわんさか生産・販売されていると信じてます。
実際のコラボアクセはかなり値が張りますが、そこは土産店のストラップなのできっとお手軽な価格で販売されていることでしょう。
私もコラボアクセ気になります。むしろがっくんのコラボアクセください。
コラボアクセはこちらから
http://blog.piapro.net/2016/12/w161208-1.html

ロシアンさんは事情により書くのを忘れました。どっぐちゃんがいるからオッケーかと思いましたので(そんな訳はない)。


楽しいコラボでした!本当にありがとうございました!

第14話:http://piapro.jp/t/EQGu
第1話:http://piapro.jp/t/hp9Y

閲覧数:184

投稿日:2017/01/24 00:41:23

文字数:3,688文字

カテゴリ:小説

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  • Turndog~ターンドッグ~

    Turndog~ターンドッグ~

    ご意見・ご感想

    ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア待ち望んだあああああああああああああ!!
    2年4か月もワームホールの中で迷子していたのか……((

    大学の友人にゆるりー’sがっくんと似た様な性格した男がおりましてですね。
    毎日のようにこんな感じのコントをやらかしておってですねww
    ある意味ゆるりーさんは私という人間を本当によく掴んでおられる……ww

    ああ!ゆるりーさんの腰が!
    そして私の懐が!
    慰謝料と鰹節で私の懐に木枯らしが!!

    ルカルカたまんねぇ……
    ボカロだからこそごく普通(……だろうか?)に在り得るルカ×ルカが堪らないですねフフフフ。
    いやいや百合的な意味ではなく女の友情が微笑ましすぎてニヤニヤですよウフフ。
    そして最初の心透視笛使用シーンをどんなふうに書いたかというのをすっかり忘れていたクソ犬がここに。
    そのシーンの投稿が5年近く前とか……嘘……だろ……?

    写真のシーン最高。最高(大切なことなので二度言いました)
    描いたシーンが思い浮かびますねぇ。
    因みに一番楽しかったのは猫又と役者の組手のシーンでした。
    私がどういう人間かがとてもよくわかる選択ですね、自分で言ってて厨二乙と突っ込みたくなりました。

    楽しいコラボをありがとうございました!
    機会と時間と元気さえあったら、次は逆パターン(ルカさんとロシアンがゆるりー’sスタジオに突撃)もやってみたかったり……!




    あ、リンク繋いでないところ繋げてこないと……w

    2017/01/24 01:38:29

    • ゆるりー

      ゆるりー

      それはもう神隠しのレベルですね((

      がっくんみたいな性格のご友人ですかw
      それを聞くと気になってしまいますねw

      ちなみに慰謝料は板チョコ一枚ですんだとかすんでないとか真相は定かではないと聞きます。

      ボカロなら何万人ルカさんがいてもありえますからね!
      あはは、「あれ?ここのシーンなんて書いていたかな?」と確認したシーンの投稿が5年近く前のものなんてそんなわけ…ありますね……

      脳内スクリーンショットではとてもかっこいい写真が撮れてますw
      よくわかるヴォカロ町旅行ですね。
      ロシアンとの組手パートでの「それだけあんたが強いってことだろう?誇ればいいじゃないか」というがっくんのセリフがこのリレー一番のお気に入りです。
      あとはミク同士の組手パートで過去のネタをいろいろ拾ってくださったり、ルカ同士の別れのシーンだったり、あんなところやこんなところもお気に入りで本当にありがとうございます。

      スタジオ突撃www主にロシアンとかロシアンとかどっぐちゃんが理由で物理的に大変なことになりそうですねwww

      我々はワームホールではなくリンクを繋げなければなりませんね!(けっこうありますよね!)

      2017/01/28 23:47:27

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