「……」

街のざわめきが遠い。
パフォーマンスを行っていた商店街を離れ、住宅街まで戻った俺が第一に思ったのは何故かそんな事だった。
夜の帳が降り始める中、俺が立つのは一つの宿舎の前。
普段俺が日常生活を送っているものより数段綺麗なそれは、亜種の中でも凄まじい人気を誇る者のみが生活を許されている、言わばVIPマンションだ。

(そう言えば、ここにハクさんも住んでいるんだったか……)

しかし、それは今気にすべき事ではない。なぜなら、俺が今から会おうとしているのはあくまでも波音リツだからだ。俺はハクさんの部屋を探したくなる気
持ちを押さえ、雑音から教えて貰ったリツの部屋番号を思い出した。

「えーと……73だったか……?」

該当する部屋の前まで向かい、コンコン、とノックを入れる。すると、ドアが開きリツが顔を出した。

「はい……あ、シグ君……」

「ちょっと、上がっていいか?」

「あ、ちょっと待って……いいよ」

突然の来客に少し戸惑いながらも、部屋の中に一旦戻ってからリツは俺を部屋に招き入れた。

(おお……)

中を覗いた俺は思わず感嘆した。
勿論VIPマンションというだけあってこちらの方が全体的に綺麗なのだが、それ以上に部屋の中がきちんと整理されている。ゴミ屋敷での生活に慣れてしまった者にとっては、なんだか新鮮な光景に思えた。少しだけ悲しい。

「おや」

「あんたらは……」

リツの部屋には既に先客がいた。
片や赤褐色のドリルテールに真紅の瞳を持ち、片や黒髪の短いツインテールに赤と青のオッドアイを持つボーカロイド、即ち重音テトと欲音ルコだ。
俺の姿を見留め、テトが口を開いた。

「君が語音シグだね。リツから話は聞いているよ」

「そうか……どんな風に?」

「いい友人、とだな。ただ、迷惑をかけてしまって悔やんでるとも聞いたぞ」

質問にはルコが答え、さて、と二人は立ち上がった。

「ん?どこか行くのか?」

「私達がいるとやりづらいだろう?それに、用事は済んだしな。それじゃ」

手を振り、彼女らは部屋から出て行く。その気遣いは素直にありがたい。
そして後には、俺とリツのみが残された。

「……まあ、まずはあれだ、さっきは悪かった」

「いや、あれはボクの押し付けだった訳だし……」

「いや、元を正せばきちんと断らなかった俺の原因さ。すまなかった」

俺が謝罪の言葉を述べると、リツは暫し沈黙し、また口を開いた。

「じゃあ、お互い様って事でいいかな?」

「ああ」

「ありがとう。でも、ならなんで女装を?」

「ああ、それはな……」

問うリツ。まあ当然の疑問だろう。
俺はこれまでの経緯を若干端折りながら伝えた。

「へぇ……大変だったんだね……」

「まあな。最も、今となってはもう懐かしき思い出だが」

そう言えば、俺が蘇ってからまだ1ヶ月程しか経過していないのだったか。この短い中に随分色々あったものだ。

「じゃあ、シグ君は同盟から除名しておくね。……でも、さ」

「?」

過去の記憶に思いを馳せる俺に、リツは微かに目を伏せ、問うた。

「これからも、友達でいてくれるかな?」

「……」

普段と変わらない筈なのに、その声色はどこか、焦りのような感情が感じられた。
このまま関係が断絶してしまうのを恐れているのだろうか……まあ、よくよく考えてみれば彼が誕生してからまだ数年、まだそういった事態には慣れていないのだろう。
少し考えて、俺はリツに言葉を返した。

「今日の俺のパフォ衣装、お前が選んだんだっけな」

「え?うん……」

「個人的には俺が今まで着た奴の中では一番ましだった。だから、次雑音に女装やらされた時は、お前が服を選んでくれるか?」

俺は、リツの目を見ながらそう言った。因みに、一見この台詞はとてもクサいが、実際は俺が今後女装させられる羽目になった時少しでもその恥ずかしさを軽減したいという保険の意味合いがある。
そんな下心に気付く事も無く、俺の台詞を聞いたリツは安心したように頷き、腕を差し出した。

「……うん、ありがとう」

「ああ、改めてよろしくな」

俺も、彼の、まさしく女性のような細腕を握り返す。
服装に関する悩みが減ったのは俺にとっても大きな一歩だ。

「そうだ、暇ならこの後どこか行かないかい?」

「そうだな……ん?」

どことなく口調も軽くなったリツからの誘いを受け、俺はふと何か大切な事を忘れている事に気づいた。
少し考え、それがなんであるか思い立った時、俺の喉からは思わず絶叫が溢れ出した。

「……ああああ!!しまったああああああああ!!!!」

「ど、どうしたの?」

「すまんリツ!用事があった!!」

戸惑いの声を上げるリツを残し、俺は全速力で夜のピアプロを駆け抜ける。右腕の腕時計は……怖くて確認できない。

祭りの景色が広がる中を、尚も光と音が激しい方向へと進んで行く。幾つも立ち並ぶ小型のライブドームの一つが、俺の目的の場所だ。

「ハァ……ハァ……」

(間に合わ、なかった……)

俺は固く閉ざされた門を前にゆっくりと崩れ落ちた。中から微かに聞こえてくる歓声を聞いている俺の頬を、両目から溢れ出した透明な汗が濡らした。

◆◆◆

「……ただいま……」

「おかえりーって、どったの!?」

酷くやつれた顔で己が部屋に帰った俺の姿を見て、雑音が驚きの声を上げた。

「リツと、上手く行かなかったの……?」

「……」

「……ド、ドンマイ」

普段だったら大爆笑をしても可笑しくない雑音が素直にフォローに入るという非常に珍しい事が発生したが、今の俺にそれを気にするだけの余裕はない。
死んだ魚の目のまま、俺は押し入れに潜り込んだ。

「……ん?」

その時、ポケットから電子音が鳴り響いた。

(誰だよ……こんな時に……)

画面も見ずに、俺は乱雑に電話に出た。

「もしもし?」

『あ、シグ君?』

「ハクさんんんんんんごふっ!?」

思わず身を起こし、俺は激しく天井に頭をぶつけた。ゴッ、という鈍い音が響き渡る。

『だ、大丈夫?』

「大丈夫大丈夫もうピンピンしてますとも!!」

俺は痛みも気にせず超ハイテンションで答えた。
さっきまで絶望のどん底にいた俺と言う名のロケットはハクさんという名の天使の光臨に伴い遥か高空へと飛翔を開始していた……!!

『な、ならいいんだけど……』

「はい!ところで何の用でございますか?もうこのまま28時間位ただ話すだけでもいいですけど!!」

『さ、流石に28時間はキツいかな……えーっとね、明日さ……お祭り、一緒に回らない?』

「……え?」

言葉の内容を理解すべく、一時停止した俺の脳は再び高速回転を始めた。

(「明日、お祭りを一緒に回らない?」と、ハクさんは確かに仰られた……あれ?これって……)

デートじゃない?

『あの、駄目だった……かな?』

「……ぜ、」

『ぜ?』

「是非行きましょう!!もうむしろ今すぐ行きましょう!!!!イヤッフウウウウウウウ!!!!」

今や俺という名のロケットは大気圏を飛び出し、太陽系すらも後にし新たな次元へと旅立ちを開始していた。

『よ、喜んでくれてるならありがたいけど……明日まで待ってね?』

「ハイ!もちろん!!ハクさんの頼みとあらば例え100年だろうと待ち続けますよ!!」

『あ、ありがとう……じゃあ、明日10時から、はちゅね像前で』

「ええ!わかりました!では!!」

電話を切ると共に、俺の口角が急速に緩んだ。もう明日が楽しみで仕方ない。

「んっんん~ん~♪」

「シグ……病院行った方がいいんじゃない……?」

挙げ句には鼻歌すら演奏し始めた俺を、雑音が可哀想な人を見る目で見ていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説【とある科学者の陰謀】第九話~祭りの始まり~その三

漸く更新です!!長らくお待たせし誠に申し訳ありません!!

シグのテンションの上がり幅が一番激しい話でした……なんか上がりっぱのまま進むけど、安心してみんな!!ちゃんと突き落とすから!!←

今回お借りした亜種はありません!!誠にすみません!!また頑張って出します!!

さり気UTAU三姉妹が出揃いました。リツ以外あんまり活躍してませんが……
そう言えばUTAUに「無音シグ」なるキャラクターがいるのに最近気づきました。畜生名前被った……

次はデート?な話になるかと思いきや、またちょっとした話を挟むかもです。頑張ります!!

閲覧数:516

投稿日:2011/07/09 10:06:44

文字数:3,215文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • オレアリア

    オレアリア

    ご意見・ご感想

    びんさん今晩は!
    先刻はうpした9話へのメッセージありがとうございました!

    険悪な雰囲気から一転してリツの和解、そしてそこからまさかのハクさん直々のお誘いでシグがヘブン状態にw
    ここから某番組のロ○ドンハーツの様に好きな相手とのデート天国から地獄へ……頼む!今だけ彼に楽園を見せてやって下さ(ry

    いよいよUTAU三人衆も登場しましたね。それに加えて更なる亜種様の登場が楽しみです!

    コラボの方も追々固まってきて、良い感じになりそうになってきました。
    これで上手く出来そうで楽しみです!!

    2011/07/11 02:08:05

    • 瓶底眼鏡

      瓶底眼鏡

      こんばんは!
      はいもうものっそい楽しみにしとりました!←

      上がったり下がったり忙しいシグのテンションです←
      本当の楽園など、この世に存在しえないのですよ……!←

      UTAU三人衆は一見まだVOCALOID HEARTSと関係ない感じですが、ちゃんと絡めて行きますよ!!
      自分の処理能力と相談しつつ出して行きたいと思います!!

      はい、頑張って行きましょう!!

      2011/07/11 04:03:49

  • 絢那@受験ですのであんまいない

    このマンションにのりこみたい…よし、ガラスでも割tt(ry

    UTAUもVIP扱いされてるんですねwww 私も音源作ろうかな(((は
    てかシグ!!! ハクさんとデートなんて百万年はやいんだよおおお! まずは私や瓶底眼鏡さんが先だろおおおお!!

    お祭りあるんですね。たくさんボカロがいるんだろうなあ。運が良ければ公式にもお近づきに((ないわ
    ブクマもらいます!

    2011/07/09 21:52:03

    • 瓶底眼鏡

      瓶底眼鏡

      もしそんな事したらリリィ隊長達が飛び出してくるよ!!←

      UTAUでも一定以上の人気を持つ者はVIPなのです。だからボロアパート住まいの奴も無論います←
      本当だよ全くうううううううう!!!!こいつはいっぺん締め上げるしかないな←

      公式とはそうとう運がよくないと巡り会えません。でも意外と道端を普通に歩いてたり←
      ブクマありがとうございます!!

      2011/07/09 22:26:25

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