悪魔の囁きが心の隙間に入り込み、間の悪さは更に不信感を煽る。
悪い事は重なるのだ。そして連鎖し、伝染する。どんなに振り払おうと、こればかりはまるで病魔のようにしつこくてなかなか治すことができない。
「ただいまかえりました」
「おかえり、カイ…コ…?」
カイコの声がして珍しくマスターが自分のボーカロイドの帰宅をお出迎え。そこでマスターは動きを止めた。
「おぅ、マスター。買って来たぜ…どうした?」
買い物から帰って荷物を渡そうとするアカイトだったが、行動停止したまま無反応のマスターを不審がって呼びかけてみたがやはり反応はない。
「?…マスター?どうしたんですか?」
カイコも心配そうにマスターの顔を覗き込んだ。
「…何でもない。お帰り、二人ともご苦労だったね。奥でゆっくり休むと良いよ」
言葉と行動が真逆のマスター。口では大丈夫と言いながら顔色は良くないし、労いの言葉をかけているのに態度は労いとはほど遠い。
「?…どうしたんでしょう?マスター…」
「…さぁな。ただ、良い予感はしないな」
あの楽天的なアカイトが珍しく慎重で後ろ向きの発言をした。カイコは未だ状況が呑み込めず、困った顔をした。アカイトの後に続いて部屋に入るとカイコは部屋の脇で意味深な含み笑いをしている根暗なボーカロイドを見た。刺すような視線はないが、この嫌味な表情は何だろう。悪意と狂気が見え隠れするタイトの表情にカイコも嫌な予感を払拭できなくなった。
夕飯時―――
マスターの調理技術の無さは家庭内では有名だ。よくこれで一人暮らしができるものである。最も、家事全般をボーカロイド達にやってもらうためさほど不自由無く生活はできていた。
現在家事全般をカイコと、以前から人知れずやっていたナイトがこなしている。こう多人数になると大抵カイコが調理場に立つのだがこの日はマスターが先に調理台に向かっていた。
「マスター?…」
カイコが声をかけるとマスターはカイコには答えずカップ焼きそばの湯切りをして部屋に持って行ってしまった。無言の圧力。遠回しに夕飯はいらないと言っているのだろう、あのカップ焼きそばがマスターの夕飯になるのだ。それにしても今までこんなマスターをカイコは見た事が無かった。夕飯時には必ずみんなで食べていたし、いらない時には「いらない」と言葉をかけていた。マスターが終始無言を貫くなどカイコにとっては前代未聞、有り得ない事だった。
マスターの部屋―――
カイコを無視したマスターは部屋でナイトと話をしていた。
「マスター、お夜食をお持ち致しました」
「うん、ありがとう。そこ置いといて。あと…」
ナイトは夜食をマスターの部屋の小さなテーブルの上に置いた。一歩下がって姿勢を正し、マスターの次の言葉を待った。
ギュッ…
マスターの口が再び言葉を発する事はなかった。代わりに、ナイトを抱きしめていた。ナイトはマスターの背を支え、包み込むように抱き返した。
「大丈夫です、マスター。私はここに居ます。今は誰もあなたの顔を見る事はありません。私があなたをお守り致します」
優しく耳元で囁くナイト。ナイトはマスターの頭を抱え込むと見た目以上に引き締まった己の胸元に押し当てた。
「分かっていた。頭では分かっていたんだけど、でも…」
マスターはそれ以上何も言わなかった。ただだまってナイトに抱かれていた。まるで時が止まったかのようにいつまでも、マスターの気が済むまでずっと、永遠に。
ナイトはただ立ったまま胸を貸しているだけだ、別段何をする事もない。背を支え、頭を撫でて落ち着かせるだけの存在。ナイトは複雑な心境だった。
もし自分がマスターの『特別』ならどれだけ喜べた事か。けれど実際はただ都合の良くそこに居るだけの存在。普段は出来の良い執事、時にはお手伝いさんでこんな時は子守役。時折見せるマスターの子供返りの瞬間。マスターのこんな場面に立ち会えるのはナイトだけである。それはある意味特別なのだがナイトは知っていた。この場面を感情剥き出しの他のボーカロイドに見せるわけにいかないとマスターが思っていると言う事を。つまり自分は感情が希薄だと思われていると言う事である。そう思うと複雑な心持ちになるナイトであった。
こんなにマスターを想っても、マスターには伝わらない。このもどかしさを伝える術も持ち合わせない。アカイトのように無邪気な性格をしていたらどれほど楽だった事か。真実を隠し、繕ってしまう自分の性格をナイトは時折恨めしく思った。けれど、この性格のおかげで他には見せない自分だけの特別なマスターを見る事ができるのだと思えばナイトも満更ではなかった。こんな時、マスターを支える事ができるのは自分だけだと思うとナイトは少し特別な気分になれた。
ボーカロイドは基本的にマスターを好きになる。その振り幅はそれぞれだが、特にカイトタイプはそのベクトルが高い傾向があった。
大人の男性ボーカロイドが女性マスターに恋をする。どこかで聞いたようなフレーズである。逆に、憧れを恋と履き違えた女性マスターが男性ボーカロイドに恋をするなど前者が正当化されるならば不自然ではないだろう。夢があっても良いじゃないか、自分だけの存在を欲して悪い事があるだろうか。そうした歪みから何かが音を立てて崩れて行くのだ。そしてもっと不安になる。孤立する。孤独を抜け出したくてもがき、何にでも手を出してしまう。人間とは弱い生き物である。そしてその人間を模して作られたボーカロイドもまた然り。
切ない感情のループはいつも片道でしかなく、ぶつかり合う事もない。一定の早さで追いかけっこをして、手が届きそうになるとするりと抜ける。離れて行く。手が届きそうで届かない。届いてしまえば手が焼け落ちてしまいそうになる。
人は空を仰ぎ、太陽を掴もうと手を伸ばしても届くよりずっと前で溶けて無くなってしまう。それならばいっそこの想い事溶けて無くなってしまえば良いのに。
カイコの首に光った青いバラがマスターの脳裏に焼き付いて離れなかった。
合成亜種ボーカロイド6
『合成亜種ボーカロイド』第六弾ですネ(´ω`)
ムダに連載させて頂いておりますがどなたかの目に止まれば幸いです…
長すぎて読みにくいとか、段落の付け方がおかしいだとか、内容がそもそも変だろとか色々あるかと思いますが、どなたかに見て頂けていたらきっとそれだけで嬉しいと思います。(でもこれってどのくらい見て頂けているのかわからなくて少し寂しいですネ…←永遠の初心者すみません、知る方法あったらこっそり教えて頂けると助かります…
さて、今回はマスターの様子がおかしいですネ。ナイト君がやっと出てきましたがちょい役感が残ってますねぇ…
次回、マスターのヤンデロイドに期待して下さい^^(何
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