12.
「じゅるるるるっ、ずびーっ、もぐもぐごくん。じゅるるるるっ、じゅるるるるっ!」
翌日、昼休み。
巡音学園の食堂にて、私の目の前に座るその子――るかは、周囲に醤油トンコツのスープが飛び跳ねるのもお構いなしに、すさまじい勢いで麺をすすっていた。しかも、かれこれ三十分ほどその騒々しい音をエンドレスリピートしている。なお、すでに替え玉一つ目である。
昨日の夜は本当にいろいろとあってずいぶん疲れていたのだが、次の日も平日なのだから、いつもと同じように、当たり前のように、学園で授業を受けなければならない。学生もなんだかんだいって大変なのである。
一応は昨日の依頼をある程度果たしたのだから、私も約束した報酬は与えなければならない。そうやって必死に自分を言い聞かせているのだが、それ以前の問題として、この子にはやはり食事作法を教え込まなければならないような気がする。いや、それだけじゃなくて他にも礼儀作法とかしつけとかの基本的なマナーを、一から、それでいて片っ端から徹底的に教え込んでやらなければならないのではないだろうかとも思ってしまう。そんな義理はサラサラないし、なによりそんなことをするのはめんどくさいのだけれど。
「はぁはぁ、おばちゃん、替え玉もう一つでござるっ!」
「はいはい。アンタ見ない顔だけど、本当によく食べる子だねぇ。アタシはそういう食べっぷりは好きだよ」
騒々しく、豪快に食べるるかを見て、食堂のおばちゃんが笑う。やめて。お願いだからこんな汚い食べ方を肯定しないでちょうだい。
私は自分の目の前にあるすき焼き定食をつっついていた箸から手を放し、ため息をついた。
昨日の夜、裸マフラーを撃退した後、私は諸事情あって気絶してしまったグミとるかをグミの部屋に放り込んで、自分の部屋で一晩過ごした。
もちろん、一睡もできなかった。
あの超変態は「改めて出直すとしよう」とか「今日はこれで満足するとしよう」とか、今日はもう諦める的な捨て台詞を残していったものの、それでも今晩はもうやってこないという保証などどこにもなかったので、心配で心配で眠れるわけがなかったのだ。
結局あれからやってこなかったのだが、おかげで私は寝不足になり、学園の教室で午前の授業を受けるのはかなりつらかった。
「はいっ、替え玉二つ目あがったよー」
「かたじけないでござるっ!」
食欲がまったくなくなってきている私の目の前で、替え玉をスープの中に入れたるかが、目をキラキラと輝かせて食事を再開する。一応約束では替え玉三つまでなのだが、それくらいはぺろりと平らげてしまいそうだ……っていうか、それでも全然足りなさそうね。この子は。
彼女は今、巡音学園の制服を着ている。朝、あの間抜けきわまりない、どきつい紫とピンクの装束で私に付き従ってこようとしたので、制服に着替えさせたのだ(ついでにその時、三回殴った)。だが、そのままでは、不愉快なことに私にそっくりになってしまうので、髪の毛をおだんごにしてまとめさせている。せめて髪型くらいは変えさせなければ。というか、こいつの場合そんな変装はお手の物のはずだから、私に似ていなければなんでもいいのだけれど。
るかは学園の生徒ではないので、私が午前の授業中はどこかで息を潜めさせていたのだが、お昼に喚び出すと、なにやらにやけた表情で鼻血がでていた(さらに五回殴った)。体育の授業か学園の更衣室を覗いていたのかもしれない。今後はおばあさまにお願いしてるかを生徒として私のクラスメイトにでもして、つねに監視しておくべきだと痛感した。
「巡音先輩、食欲が無いようですけれど、大丈夫ですか?」
「昨日の疲れがたまっているのかもしれませんね。お嬢様、無理をせず、午後はお休みになられたらいかがですか?」
食堂のテーブルで、私の左右に座る初音さんとグミが、私の顔をのぞき込んで口々に喋る。彼女たちのお昼ご飯は、食堂の天ぷら定食と刺身定食だった。
ちなみに、早朝には初音さんが私を起こそうと私の部屋に入ってきた。私の寝顔を見ることができずに心底がっかりしていたが、思わず小一時間くどくどとしかってしまうところだった。このままでは初音さんに夜這いをかけられかねない。もうすでにかけられているようなものだけれど。
「なんでしたら、わたくしがつきっきりで看病を……」
「じゃ、じゃああたしも――」
瞳を輝かせて……というか、獲物を狙うハンターかなにかみたいに瞳をギラギラさせて、初音さんがくいついてくる。看病したいとかいう表情にはまったく見えない。
「ずるるるるっ、そういう……んぐんぐ……ことならば、拙者が代わりに、ずるるるるっ。授業とやらを……ごくん、受けても、いいでござるぞ」
「却下よ。それに、食べながら喋らないでちょうだい」
「……ぷはっ、わかったでござる。……おばちゃん、替え玉もう一つ!」
「おやおや、アンタ、まだ食べるのかい?」
おばちゃんが呆れるのも無理はない。替え玉を受け取ってからまたるかが替え玉を頼むまで、十分も経っていない。……もしかしたら、五分も経っていなかったのかもしれない。
「もちろんでござる! 御館様から替え玉三つまでは許可をいただいているのでござる故、替え玉三つまでは拙者の正当は報酬として受け取ることが許されているのでござる! 御館様、そうでござるよな?」
どこか必死の形相で、懇願するように、るかが私の顔をのぞき込んでくる。
にしても、学園内で私のことを大声で「御館様」と呼ぶのはちょっと勘弁して欲しい。その呼び名がただでさえ恥ずかしいのに、みんなが真似し始めたらどうしてくれるのだ。「様」などという大仰な敬称をつけられている現状でさえ、恥ずかしくてたまらないというのに。
「そうだけど……なんだかあげたくなくなってきたわね」
「な……なんと!」
るかは愕然とし、あごが外れそうなくらいに口を開ける。
まぁ、約束の上ではるかの主張していることは正しい。けど、そう改めて確認されてしまうと、なんだか否定したくなってきてしまう。なぜだろう。この子が馬鹿だからだろうか。
「食事の作法もなってないし、マナーも悪いし、覗きとかするような変態だし。……それによく考えてみたら、一番始めの依頼は達成できていないものね」
「ぐ……そ、それは……」
「そーですよ! 寮に忍び込んだのを巡音先輩が許してくれたからって、図々し過ぎます! 巡音先輩のそばにいたいんだったら、もっと清く正しく、品行方正でいなければならないんですからね!」
「も、申し訳ないでござる……」
あいかわらず、初音さんのちょっと的はずれな叱責に弱いるかだった。だけれど、品行方正はともかく、昨日の夜からはもう、初音さんに清く正しいというイメージを抱くのはかなり難しい。
「あいよ、替え玉お待ちー」
「きゃほーう!」
おばちゃんが持ってきた替え玉に飛びつくるか。……まあいいだろう。ここでぐだぐだと文字数を食いつぶしてもなんにもならないのだから。
それにしても、るかはすさまじい勢いで麺をすすっている。もらったばかりだというのに、あと数分でもう食べ尽くしてしまうだろう。この子の胃袋は化物か。
「るか、足りないなら、これも食べていいわよ」
手元のすき焼き定食を口にする気にもなれず、箸を盆の上に置く。るかは、私が言葉を信じられないものでも見たという風に、目を見開いて私を見てきていた。
「ほ、本当にいいのでござるか……?」
だが、その目がキラキラと輝いているところを見ると、私の提案は嬉しいのだろう。
私はええ、とつぶやいて盆をるかの方へとすべらせる。
「拙者、一生御館様についていくでござるぅ!」
なぜか感極まったるかが、瞳をうるうるさせて私に敬愛の視線を送ってきた。ラーメン一杯と替え玉三つ、そしてすき焼き定食だけ(所詮学食である。合計しても千円に満たない)で彼女の人生全てを手に入れたと思うと安売りもはなはだしいくらいなのだが、ちょっとウザいとも思ってしまった。操りやすすぎるのも困りものである。
ため息をついて左右を見ると、私の食欲のなさを心配するわりには、二人の天ぷらと刺身もほとんど手つかずのようだった。
「あら、二人も食欲がないの?」
「あ、あの……あたし、生魚はそんなに得意じゃないんですけど、グミ先輩が『原曲には従わなければならないわ。ジャパニーズ・フード以外は認められません』って言われて無理矢理……」
後輩になにを強制させているの、グミは。
そう思ってグミの方を見ると、彼女は彼女でかなりげっそりとしていて、なんだかもうご飯を食べていられるような顔色には見えない。どう見ても、つきっきりで看病されるべきなのは私よりも彼女の方のはずだ。今日のメガネのプラスチックの太いフレームが明るいオレンジであることも、彼女の顔色の悪さを際立たせているような気がする。そんな状態でよくもまあ天ぷら定食なんかをチョイスしたものだ。これでは「後でスタッフがおいしくいただきました」とかのテロップを流さなきゃいけなくなってしまうではないか。
「ちょ、グミ、大丈夫?」
「わたくし、昨日の十一話直後のお嬢様が軽いトラウマで……」
「……そう」
心配して損した。
また言わなくていいこと言うし、そんな理由なら別に心配しなくてもいいわね。……あんなことされた後でもまだ、私のそばから離れようとしないのは、それはそれで見上げた根性だとは思うけれど。正直、私のそばに近寄るのもいやだって思われたって仕方ないな、と自分でも思ってしまうくらいだったのだから。
え?
その時の変態忍者はどうだったのかって?
いや、別にそんなことどうだっていいじゃない。
あんな変態に、本当に存在価値なんてあると思うの?
「お嬢様、読者の皆様に毒を吐くなとは言いませんが……」
「き、聞こえているのでござるよ……」
すき焼きを食べながら、るかが泣いていた。泣いていても食べるのを止めないとは、食に対する執念はすさまじいものがあると思う。別にちっとも褒められはしないけれど。なお、だばだばと流す涙があごをつたってすき焼きの器の中に入っていくのだが、そこは本人には指摘しないほうがいいのだろう。
「ま、まさか声にでていたなんて……」
あまりにも油断しすぎていた。今後はもっと気をつけなければ。
「お嬢様のように、性格や成績はもちろん、スタイルと胸の大きさも完璧な方には理解しがたいことなのかもしれません。ですが、人間、本当のことを言われると傷付いてしまう者もいるので……うう……ひっく、うぁ……」
「ぐ、グミ先輩?」
話の途中で急に泣き出したグミに、初音さんがびっくりした声をあげる。今までに見たことのないリアクションに、さっきまで泣いていたるかも目を丸くしていた。……本当にどうでもいいことなのだけれど、今の数分の間にるかはすき焼きを食べ終わっていた。
……どうやら、グミは自分で言っていて心の琴線に触れてしまったのだろう。「本当のことを言われると傷付いてしまう」か。そう、そうね。グミは自分で言っていて昨日の夜の私の制裁――グミの言うトラウマ――のことを、はからずも思い出してしまったらしい。
「泣いてしまうくらいなら、初めから言わなければよかったのに……」
グミの頭をよしよしとなでながらそういうと、グミは鼻をすすりながら首を横に振った。
「いえ、その。自虐ネタができるチャンスだということに気付いてしまうと、どうしても言わずにはいられなくなってしまい……。わたくし、ぐすっ、こんなにつらくなるなんて思ってなくて……」
「……」
「……」
私と初音さんは、グミのそのあんまりな理由に絶句したというかぽかんとしたというか、おおむねそんな感じだった。
グミは泣きながら、私の胸に頭を預けてくる。私はしょうがないなあと思いながら、彼女をあやすように背中をさすってやった。
それにしても、グミの根性はどうしようもない方向にすさまじい威力を発揮していることがわかった。
そんなグミを見てか、なぜかるかは感極まったように、胸の前で拳を握りしめていた。
「その心意気、拙者も見習わねばならないでござるな!」
無駄に感動していうるるかに、私は即答する。
「止めてちょうだい」
Japanese Ninja No.1 第12話 ※2次創作
第十二話
当初考えていたよりも、わりと忠実に原曲の歌詞を回収できています。最大の問題である「Geisha」は依然として残っていますけれどね……。
ともあれ、前話でようやく初日の夜パートが終了しました。一応は夜パートが前半戦のつもりで書いていたのですが、本当にあと半分で話が完結するのか、誰よりも自分が一番疑問に感じています。
それにしても、自分の文章に物足りなさを感じながら、でも無駄に文章が長すぎるように感じてしまいます。その思いはいくら書いても改善させる兆しがありません。
ようするに自分の力不足なんでしょうが、一体どうすればいいのやら……。
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ご意見・ご感想
目白皐月
ご意見・ご感想
こんにちは、目白皐月です。
とりあえず変態に存在価値はあるかと訊かれたら、「創作の中で叩き潰されるという価値があるのでは」ということに、なっちゃうんじゃないですかねえ……って、ひどい回答ですが。
ところで疑問に思ったんですけど、グミ、何もルカのスカートをめくらなくても、自分が脱げば良かったんじゃないですかね? なにか下心があったとしか思えないのですが。
それと、青い人のマフラーは、もしかしたらそれ自体に命でもあるんでしょうか。もしそうだとすると、マフラーも辛いのかもしれません、あんな変態が持ち主で……って、何書いてるんでしょう私は。
文章に関しては……うーん、どうなんでしょう。私もどちらかというと長文書きなので、人のことはどうこう言えないんですよね(今やってる連載、本編だけで原稿用紙三百枚突破しかけてますし……しかも全然終わる兆しが見えない)そう言えば、完全に原曲どこ行ったの状態になっちゃってるんですが……。
2011/10/31 00:45:35
周雷文吾
>目白皐月様
またのメッセージありがとうございます。12話掲載後、まだ続きを一文字も書けていない文吾です。
本当にもう、返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
変態の存在価値については、少なくとも巡音嬢には存在しないようですが、自分にとっては初めてのキャラクターなので、まだ未知の領域です。
え? あのグミに下心がないわけな……ああいやなんでもありません。グミが巡音嬢の恥じらう姿を見たかったからとかでは、断じてありません。えぇ、きっと。
なお、マフラーに命が宿ることもあるのだと、一番自分がびっくりしておりますのであしからず。
文章については、なんというか、そもそも自分が情景描写の少ない“軽い”文章があまり好きではないのです。なので、読む本と書くものもその傾向になりつつあるのですが、自分の文章は、自分で読みかえすと如何せん“無駄”が多い気がしてならないんですよね……。
目白皐月様の「ロミオとシンデレラ」もずっと気になってはいるのですが、まだ読めておりません。身の回りが落ち着いたら読ませていただきますのでご容赦くださいませ。
それではまた。
2011/11/06 18:16:53