カイトの話を聞いたリクは愕然とした。
マスターの書き記した物はあまりにも過激だった。
ボーカロイドを愛し、いくつも手掛けてきたマスターだからこそアカイトがボーカロイドではないと言う事もすぐに気付けた。リクが意図した事も薄々感じていたらしい。
マスターがリクの意図を見破ってなお知らぬ振りを通したのはマスターがリクを愛した証拠なのかもしれない。愛の囁きは毎日のように繰り返されたけれどその囁き全てがマスターには嘘に聞こえていた。アカイトの口を通して聞いてもそれはやはりリクの言葉だった。
マスターは哀れなメッセンジャーを愛した。愛と恋を履き違えた愚かな行為と自嘲して、僅かな感情の変化さえ乾いた心を潤してくれると信じたらしい。マスターの心はもう既に枯れ果てていた。
何も期待しなくなった、それは重荷を捨て去って軽くなる代わりに大事な物まで捨て去る結果となった。
『人形造りが人形になった』
マスターは心貧しくなり、感動や刺激を感じなくなった。
作り笑顔の技術は上がった。自分の彼氏はおろか、自分自身さえだませる程に。
本当はすぐにでも人生終了と行きたい所だが生憎とそんな根性もない。やり場のない負の感情を絵図面に向けてアイスピックを突き立ててみても何も起きなかった。穴の開いたカイトの図面ができあがっただけだ。なんて非生産的なんだとこれもやはり自嘲するしかなかった。
愛おしい紛い物のボーカロイドをマスターは点検と偽り調べ直した。やはりボーカロイドではない。彼は歌えない。
忙しい彼氏に代って彼女のお守りをする彼氏の分身。彼のデータに不具合が見つかっても彼を処分する事などできなかった。
一番お気に入りの赤い人形。中に入れたのは壊れた彼氏の半身。
昔、週末にはデートが出来ると思っていた。
彼氏の仕事が忙しくてデートなんて殆ど出来ない現実を知った。
久しく休みの話を聞き、週末の喜びを胸に一週間。誘われると思った週末に、彼氏は滅多に会えない遠方の友人達と遊びに行ってしまった。
滅多に会えないのだから仕方ないって思えなかった。
自分の番がいつ回ってくるのか全く見えなくなった。
愛がわからない。恋がわからない。
人付き合いが嫌になった。話だってしたくない。誰とも遇いたくない。
自分が本当に人間なのかさえわからなくなる。感情は何処へ行ったのか。
リクが自分のプログラムにバグを発見した。気付くのが遅い。
すぐに壊すように言われたけど、マスターは壊す事を拒んだ。
リクとの距離が何となくまた離れた。
どれだけ愛の言葉を囁かれても、どれだけ頼りにされたとしても、自分の気持ちが何処にあるのかわからない。
ひょっとしたらリクは囁く事で自己暗示をかけているのではないかとさえ思う。本当に愛しているならどうして逢いに来てくれないの?今はそれさえ考えなくなった。
嘆いてみても何も変わらない。変わったのはマイナスの方向にリクの思考が切り替わったくらい。
仕事が多すぎて好きな事をする時間がないリク。趣味を捨てたら何も残らなくなると焦るあまり、リクもどんどん大切な物を失っていった。
止める事はできない、壊れた存在には壊す力はあっても止める力はない。
アカイトを処分出来なかったのもそこに自分やリクを重ねた結果かもしれない。何より、リクが作った大切なデータをマスターには壊す事ができなかったのだろう。僅かに残る喜びの感情がアカイトの今までの命を繋ぎ止めていた。
「ここまでで、僕には疑問が残ります。マスターは詮索しなかったようですが…」
カイトは苦虫を噛み潰したような顔をしてリクの顔を見た。マスターが触れたくなかった物に自分は触れようとしている。事件の核心に迫る悲劇の始まりだ。
「あなたがバグに気付いた理由。一度手放したデータをもう一度見直してみようとは思わないでしょう。何故あなたはアカイトのバグに気付く事ができたのでしょう?」
「…お前ら頭良すぎ。何か俺がバカみたいじゃないか。使っているつもりが使われていたってんだろ?もう良いよ、俺が悪かったって」
リクは真相を話す事を嫌がって話を逸らそうとした。推測でしかない事件の真相に決定的な証拠をつけるにはリクの証言が不可欠だった。この作為的な事件の背景、その真相を暴くために。
「カイト、もうやめにしたらどうですか?」
「?!ナイト…?」
名探偵を止めたのはナイトだった。
「あまり、リクさんを困らせてはいけません。マスターがそれを望むと思うのですか?それに、あなたが事件を解き明かしたその先にあるのはマスターの望む未来ではありません。それよりも、私たちにはもっと他にすべき事があると思いますよ」
「他にすべき事?何だ、名探偵カイトの始まりだと思ったのに打ち切りか」
聡明なナイトは既に全容を把握している。隊長もやってきてついに黒幕を暴くシーンだと期待していた視聴者感覚の隊員達も少し残念そうな顔をした。
「打ち切り?いいえ、始まりです。ですがこれは推理物ではなく奇跡の話になってくるでしょう」
ナイトが珍しく笑った。女性にしか見せない微笑みを男だらけの真ん中で。
「あなたも、馬鹿な真似はやめにしませんか?あなたの死を、マスターは望みません。マスターも今回の事で目が覚めたでしょう。少しお灸をすえすぎたようですが…」
「!!マスターの悪口を言うな!!」
隊長が腕を捻り上げてつれてきていたタイトが暴れ出してナイトに掴みかかった。いつも暗くて冷めたキャラだっただけにここまで熱くなれるのかと一同驚きの表情を見せた。
「マスターはただ、全員揃ってハッピーエンドを迎えたかっただけです。わかりますね?あなたの力が必要なんですよ、タイト」
「…!」
諭すナイト。筋書きに無かった展開は最早タイトのシナリオを離れ、ナイトのシナリオに書き換わっていた。
「リクさん、あなたは…あなたにはアカイトを直す事ができたのではないですか?あなたはアカイトに嫉妬していた、だから…」
「言うな!…分かった、好きにしろよ」
突きつけられるリクの拳。ナイトはリクの挑戦を受け止めた。
リクはボーカロイド達を残し、マスターの元へと向かった。
悲劇の収束。傷跡残る惨事を埋める新たなシナリオが動き始めた。
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