「…何、え、何、何何何何何!!」
後ずさりしながら、レンが言った。辺りにはギスギスした雰囲気が漂っている。
「今日、学校にきてからずっとこんな感じなの。二人とも他人みたいに…」
他人みたいに、お互い別々に、と言うのとはなんだか違うような気が、レンにはしていた。お互いが、ではなく、寧ろリントが露骨にレンカを避けているように見えるのである…。
「…なるほど」
グミヤとレンは納得したように声をそろえた。
「つまり、【ピ------】とか【ピ-------】とか【ピ—------】とか言われたから、もう成るべくかかわるまいとしていると」
「レンカはそんなこと言わん!!」
「おま…めんどくさいな…」
グミヤは呆れたため息をついた。
「ははーん」
突然、レンがそんな声を上げた。驚いてリントがレンを見たが、同時にレンをみたグミヤが、さらに納得したようににやりと笑った。
「なーる」
一人理解が出来ていないリントは、自分を挟んでニヤニヤする二人を交互に見ていたが、そのうちに屋上の手すりにつかまったまま、手を滑らせてその場にしゃがみこんだ。
「…なんだよ」
「うるさい。お前らはいいよな。昔から相手のこと知ってて、わからんことなんかねぇだろ」
「そうでもねぇよ」
今度はレンがため息をついた。
「わかってたら苦労してねぇし!」
軽く笑い飛ばすようにいったレンを見上げて、リントは何も言わなかった。レンの言葉を、グミヤが引き継いだ。
「寧ろわかってるから、面倒ってことも多いしな」
二人は笑っていた。
「そういうモンかよ…」
わからない、と言うようにリントは首を横に振った。
男子たちとは別れて、女子はこちらで盛り上がっていた。
「それってさ、やっぱり『恋』!」
「だよねぇ!」
きゃぁきゃぁ言うのはやはり女子の仕事みたいなもので、戸惑うレンカを見ながら、またリンとグミはきゃぁきゃぁ言い続けている。
「でも…、やっぱり兄弟だし…」
「いいじゃん!」
「ねぇ!」
「恋は障害が多いほうが燃え上がるんだよ!」
「YOU燃え上がっちゃいなYO!」
やはりよくわからないテンションのグミと、話が恋愛になってやたら熱くなっているリンにはさまれ、レンカはおろおろしている。
「私…つい、リントくんに…当たっちゃって…」
「大丈夫だよ。そんなことで嫌いになるような相手なら、好きになってないでしょ」
恋の先輩からのお言葉は、どうやらありがたいもののようである。
ゆっくり歩く帰り道は、終始無言だった。
リンたちが二人で帰りなよ、と気を使ってくれていたが、突然二人きりにされたって、気まずいだけである。せめて誰か一人くらい、フォローしてくれる人が入ってきてもいいのに!
「あー…、の、さ」
リントが何かいった。レンカが顔をあげてリントを見上げると、リントは少し驚いたような顔になって、それから、
「昨日の…その」
とごにょごにょとハッキリしない。
「昨日…。ほんとにね、なんでもないの。すごく感動する本を読んだから…、それで…」
「じゃあ、どうして突然走り出したり…」
「隣で泣きながら歩かれたら、リントくん迷惑でしょ。だから…。ね、なんでもないでしょ?」
そう言ってレンカは笑った。少し安心したようにリントの表情が緩んだが、二人の表情はどこかぎこちない、作り笑いのようにも見えた。
誰かに理解されたいとか、誰かと思想を共有したいとか、そういうのを感情の押し売りって言うんだと思っていた。そういうのはダメ。相手がいやな思いをする。そう思っていた。
けれど、恋をした途端にそんな考えは脆くも崩れ去った。「好き」という気持ちが日に日にふくらみ、子供が玩具を他人に渡すまいとするような、幼い独占欲までもが膨らんでいく。
理解して欲しい。わかってほしい。
「――よかった」
心にもないことを口にした。多分、レンカは嘘をついている。レンカは今日、俺の本を借りていった。けれど、その本は感動者ではなくて、ただのホラーだった。
でも、それを深く追求してどうなる。レンカは俺に話したくないから、嘘をついているのだ。嘘を見破った所で、また険悪なムードになるだけではないのか。
「こうやって歩いてると、恋人同士みたいに見えんのかな」
何気なくリントはいった。
会話を絶やすのを恐れているかのように、リントの口からは次々と話題がこぼれていった。レンカはしばらく黙っていた。
「…違うよ」
「え?」
リントが聞き返すと、レンカがリントを見上げていた。
リントくんの所為だよ、と言い放ったときと同じように瞳が潤んでいる気がして、リントはわずかに後ずさった。
「だって兄弟だもん、他のなんでもないじゃない」
一瞬だけ、足がすくんだ。その間に、レンカはゆっくりと先を歩き始めた。
「…やっぱり、先に帰るね」
小さな声が聞こえた。
リントはその背中を見送りながら、その場にしゃがみこんで、両手で顔を覆った。
「あー、もー、俺ぇ…」
泣きそう。
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