この後、わたしと鏡音君は、ミクちゃんたちと合流して、一緒にお昼を食べた。ミクちゃんはすごくはしゃいでいた。午前中はミクオ君と一緒に、絶叫マシンにずっと乗っていたらしい。
「やっぱり遊園地の醍醐味って言ったら絶叫マシンよね。リンちゃんも怖がらずに乗ってみればいいのに」
「わ、わたしはちょっと……」
ごめん、ミクちゃん。怖いものはやっぱり怖いの。わたしは首を横に振った。ミクちゃんが、不意に真面目な表情になる。
「ねえ、リンちゃん」
「何?」
「楽しんでる?」
「……うん。びっくりするようなことがあったから、ちょっと混乱してるけど」
混乱はしたけど、楽しいことは楽しい。
「びっくりするようなことって?」
鏡音君の前の恋人の話は、しない方がいいわよね……。グミちゃんたちの方だけにしておこう。
「さっき、鏡音君の知り合いの演劇部の子たちに、ばったり会っちゃったの」
「演劇部かあ。じゃあ、クオとも知り合いよね。どんな子?」
「すごく元気のいいグミちゃんて子と、その恋人で真面目そうな躍音君て子。デート中だって言ってたわ」
「デートか……わたしもデートとかしてみたいなあ。やっぱり憧れちゃうわよね」
夢見るような瞳で、ミクちゃんは言った。……わたしにはよくわからない。そもそも、わたしに恋愛する機会なんて、あるんだろうか……。
「初音さん、巡音さん。午後はどうする? クオは絶叫マシンの連続記録更新に燃えているみたいだけど」
ミクオ君と話していた鏡音君が、不意にわたしたちにそう声をかけてきた。
「ミク、お前、当然逃げたりしないよな」
これはミクオ君だ。……何の話?
「受けて立つに決まってるじゃないの。クオこそ、途中で音を上げないでよね」
妙な感じでミクちゃんとミクオ君は盛り上がっている。いつから勝負になったんだろう。
あれ? ミクちゃんとミクオ君が午後もあの手の物に乗り続けるってことは、わたしは午後も鏡音君と一緒ってこと? 思わず鏡音君の方を見ると、鏡音君もわたしを見ていた。
……なんだか、気恥ずかしい。わたしは、下を向いてしまった。
「巡音さん、午後も俺と一緒でいい?」
あ……しまった。鏡音君と一緒に行動するのが、嫌だと思われてしまったかもしれない。
「わたしはいいけど……鏡音君は、それでいいの? わたしと一緒だと、コースターとかには乗れないし……」
「別にいいよ。コースターだけがこういうとこの楽しみじゃないしさ」
鏡音君が明るくそう言ってくれたので、わたしはちょっとほっとした。……あれ? ミクちゃん、なんでこっちを見て笑ってるの? わたし、何か妙なこと言った?
お昼ごはんが終わると、ミクちゃんとミクオ君は、一緒にまた絶叫マシンに乗りに行ってしまった。そんなに楽しいんだ……。ミクちゃんがそこまでコースターとかが好きとは思ってなかったので、わたしはちょっと驚いてしまった。でも、楽しんでくれるのは、いいことよね。
わたしは鏡音君と一緒に、どちらかというと大人しいアトラクションを回った。コースターの類は、やっぱり怖い。
遊園地の中を歩き回っていると、お土産を売っているショップの前を通りかかった。……そうだ。お母さんに、何か買って帰ろう。
「鏡音君、ちょっとショップに寄ってもいい?」
「いいよ」
わたしたちは、ショップの中に入った。何にしようかな。目立つものは、やめておいた方がいいわよね。あんまり使い勝手のよくないものも、良くないだろうし……。
わたしはあれこれ悩んだ末、ハンカチを二枚と、携帯用のストラップを選んだ。レジに向かおうとした時、棚に並んでいるあるものがわたしの目に留まった。
ピンクのうさぎのぬいぐるみ。昔持っていたものとはデザインが違うけれど、ちょっと似ているような気もする。捨てられてしまった、わたしの昔のお友達。わたしはぬいぐるみを手に取って、しばらく眺めていた。
「買うの? それ?」
「……ううん、いい」
買って帰っても、また同じことになるだけ。見つかったら捨てられてしまう。それに、この子はうさちゃんじゃない。わたしはぬいぐるみを棚に戻すと、レジに行ってお土産のお金を払った。
ショップを出て、また少し歩くと、ミラーハウスがあった。確か、鏡がたくさんあるところよね。
「入ってみる?」
そう言われたので、わたしは頷いた。
ミラーハウスの中は、思っていたのよりもずっと暗かった。外の光が入って来ないようになっているみたい。あちこちに色とりどりのライトが点っていて、それが薄暗い中、数多くの鏡に反射して揺らめいている様は、なんとも美しくて幻想的だ。
「綺麗ね……」
鏡の表面で反射している光に触れてみようと手を伸ばす。もちろん、手に当たるのは冷たい鏡の感触なのはわかっているけれど、ついそうしてみたくなるのだ。
「巡音さんは、鏡って言われると、何を思い出す?」
「子供の頃に読んだ童話かな」
絵本は駄目と言われたけれど、絵本でない本ならもうしばらく許してもらえたので、わたしは二冊に一冊ぐらいの割合で、おとぎ話の延長のような童話も読んでいた。
「『鏡の国のアリス』とか?」
「それもあるけど、真っ先に思い出すのは、わがままなお姫様の出てくる話」
甘やかされて育ったわがままなお姫様は、見せられた鏡に映った自分の姿を拒絶して、床に投げつけて割ってしまう。その鏡の意味は最後まで出てこないけれど、不思議な鏡だということだけは強調されていた。でも、もっと不思議なのは、もう一人の女の子が入れられる部屋だ。
「卵みたいな形の部屋が出てくるんだけど、鏡と良く似た何かでできてるの」
冷たい青い光の差し込む部屋。扉も窓も無いのに、なぜか出入りのできる部屋。こういう不思議なものがたくさん出てきた。物語の舞台となる国は、空から降ってくる雨ですらトパーズのように見えるという。初めてそこを読んだ時、空からきらきら光るトパーズがたくさん落ちてくるところを想像して、わくわくしたのを憶えている。
「鏡と良く似た何かって?」
「そうとしか書かれてなくって……」
確か鏡と完全に同一ではなかったはず。
「何か見えたりするの?」
「……怖くて恐ろしい何か」
ちゃんとした説明が無いので、はっきりとはよくわからないけれど、不気味な何か――としか言いようのないもの――だった。結局、あれは何だったんだろう? 綺麗に落ちがつかない話なので、余計よくわからない。
鏡音君は黙ってしまった。わかりにくい話をしてしまったかもしれない。
「あ……わかりにくかった?」
自分のテンポで喋らない方がいいかもしれない。……気をつけないと。
「いや、そうじゃなくて……巡音さんって、そういうおとぎ話みたいなのが好きなんだ」
「……本当はね。オペラだって、プッチーニやヴェルディよりも、ロッシーニの方がずっと好き」
ロッシーニは、プッチーニやヴェルディと比べると、やや落ちる扱いを受けている。でも、わたしはロッシーニの作った曲が好きだ。ただ、それを口にすることが怖かった。鏡音君の家に行って、鏡音君やお姉さんと話すまで、ずっと。
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「……ごめん、変なことに巻き込んじゃって」
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