巡音さんは相変わらず真剣なまなざしで、こっちをじっと見ている。参ったな……。どう答えたもんか……。
 そもそも、俺はなんでユイとつきあってたんだっけ?
「うーん……俺とユイは中三の時に委員会が一緒で、それで仲良くなって、秋頃にユイが『好きでした』って言ってきて、それでつきあおうかって話になったんだけど、何せ中三の秋だろ。受験に追われてろくにデートする暇もなかったんだよね」
「デートできないと恋ってできないものなの?」
 うっ……。悪気は全然無いんだろうけど、なんだか痛いところを突かれた気がする……。
「できないってことはないだろうけど、継続に響くんだよ……多分。俺はともかく、ユイは淋しかったのかもしれないし。同じクラスだったから毎日顔はあわせてたけど、話題の半分は受験だったからなあ。出かける時も三回に二回は図書館で一緒に勉強してたし」
 思い返してみると、ユイとの会話は勉強のことばっかりだった。ユイはもっと違うやりとりがしたかったのかな。
「受験が終わってからは?」
「……それが問題でさ」
 俺はため息をついた。考えてみると、あれがケチのつきはじめだったのかも。
「俺とユイ、志望校が違ったんだよ。偏差値に差があったから仕方がなかったんだけど。ユイの奴、無理して俺と同じ高校受けて、で、落ちたわけ」
 巡音さんは一瞬目を見開いて、それから伏せた。
「……ユイさん、きっとすごく辛かったんでしょうね」
 ん……? えらく声が暗いな。
「大泣きされたよ。……学校の先生にも塾の先生にも『無理』と言われていた勝負ではあったんだけど、ユイは奇跡を信じたかったみたいで。春休みの間は、一緒の高校に行きたかったのに、って、そんな話ばっかりされてた」
「なんだか……悲しい話ね……」
 しみじみとそう言われてしまった。……ごめん巡音さん、本音を言わせてもらうと、俺としてはそこまで悲しくないんだが。過ぎたことだし。
「鏡音君は、悲しくないの?」
 真面目な表情で巡音さんが訊いてくる。う、うーん……。
「ごめん、俺はそんなに……」
「自分の恋が終わったのに?」
「巡音さん、現実の恋はオペラとは違うんだよ」
 オペラの見すぎなんじゃないだろうか……。
「けど、鏡音君はユイさんのことが好きだったんでしょ?」
 言われて俺は考え込む羽目になった。ユイのことか……。
「まあ、嫌いじゃなかったけど……」
 嫌いだったら告白された時に承諾はしない。
「あの……鏡音君。『好き』と『嫌いじゃない』って、イコールで結べるものなの?」
 ……へっ? 思ってもみなかったことを訊かれたので、俺は呆気に取られた。巡音さんは、俺をじっと見ている。
「えーとね……例えば、『クッキーは好きですか?』って訊かれたとするわよね。その時『嫌いじゃない』て答えるのと、『好き』って答えるのと、何だか同じとは思えないの……」
 言葉が足りないと思ったのか、巡音さんは説明を始めた。
「わたしの手元にクッキーがあって、誰かにあげるとしたら、『嫌いじゃない』って言う人より、『好き』って言ってくれる人にあげたいし……」
「うーん……確かに、そう言われるとその言葉は、イコールで結べない感じがするな……」
 ……じゃ、俺は、ユイのことが好きじゃなかったってことか? いや待てよ、好きじゃない奴とつきあうほど、俺も暇じゃないぞ。じゃあ、俺はやっぱりユイのことが好きだったのか? あれ? あれれ?
 変だよな、これって。つきあってた相手のことを、こんな風に思うのは。俺がそんなことを考えていると、不意に賑やかな声が割って入った。
「あ~っ! 鏡音先輩だっ!」
 げ、この声……。信じられない。こんなところで二度も知り合いに遭遇するか?
「グミヤ先輩、見てくださいっ! 鏡音先輩が女の子と一緒にいますよっ! もしかして先輩方もデートかも!?」
 相変わらず声が大きいなあ……俺はため息混じりに振り向いた。少し離れたところに立っているのは、演劇部のグミヤとグミだ。「も」ってことは……こいつらデート中か。結局、つきあうことになったらしい。
「鏡音君、あの二人は……」
「演劇部の子たちだよ。躍音グミヤと、活音メグミ」
 巡音さんに訊かれたので、俺は簡単に説明した。グミヤとグミが連れ立って、こっちにやってくる。
「あ~、レン、すまん。俺は声をかけない方がいいと思ったんだが……」
「いいよ別に。で、お前、グミとつきあうことにしたの?」
 グミヤは明後日を向いて、頭を掻いた。顔が少し赤くなっている。
「そうでーすっ!」
 これはグミの方だ。グミヤの腕に抱きついている。
「それで鏡音先輩、そっちは先輩の彼女さんですかっ!?」
 ……頭が痛くなってきた。あの空気の読めない生き物も困るが、グミみたいなのも困る。男と女が二人でいたらカップルなのか!? 巡音さんの方を見ると、例によって困った表情をしている。
「初めましてっ! 演劇部一年の活音メグミ、みんなにはグミって呼ばれてますっ!」
 俺が内心で頭を抱えている傍で、グミが巡音さんに自己紹介をしている。
「あ……初めまして。巡音リンです。鏡音君と同じクラスなの」
「そしてこっちが、演劇部部長の躍音グミヤ先輩ですっ! あたしの彼氏なんですよっ! 彼氏……いい響きですよねえ」
 グミヤをみつめながら、グミはそう言った。俺としては、ため息しか出てこない。なんか、今まで以上にテンションが上がってないか?
「あの……活音さん……」
「あ、グミでいいですよ。みんなそう呼んでますし。『活音さん』なんて呼ばれると、あたしじゃないみたいで」
 そういやこいつ、演劇部に入部して初日には、全員に自分のこと「グミ」って呼ばせてたよな。ある意味すごい。
「あの……でも……わたしたち、初対面だし……」
「そんな他人行儀な呼ばれ方は嫌いなんです」
 ……他人だろ。はっきりきっぱり。
「じゃ、じゃあ……グミちゃん」
「はいっ、何ですか?」
 グミを呆れつつ眺めている俺の傍で、巡音さんがグミに疑問を投げかけている。
「グミちゃんて確か、学祭の舞台で、愛に目覚めたロボットの役をやってなかった?」
 あ、あの時の舞台、見てたのか。初音さんも一緒だったんだろうな。クオも出てたし。
「そうです、あれはあたしです。そして、あたしの相手役をやったのがグミヤ先輩です」
 グミヤがやった役は、出番多くないから本当は一年の部員がやるはずだったんだよなあ。それなのにグミが「グミヤ先輩と舞台の上でラブシーンやりたい」とか、無茶なこと言い出して。なぜか演劇部の女子部員全員がグミに同調して、グミヤの役は変更になってしまった。本当はもっと出番の多い役をやるはずだったのに。そして……グミヤがやる予定だった役、よりにもよって俺がやる羽目になったんだっけ。何なんだよみんなして、「ジジイの役は嫌」ってのは。
「舞台の上でもそういう役回りで、現実でも恋人同士なの?」
「恋人同士……いい響きですよね、グミヤ先輩」
 あ……またトリップしてるよ。大丈夫なのか。
「あの……グミちゃん……」
「えへへ……あの時はまだあたしの片想いだったんですけど、学祭が終わってしばらくしてから、グミヤ先輩があたしとつきあうことをOKしてくれたんですよ。あの舞台がきっかけなのかも!」
 楽しそうにグミはそう言っている。グミの頭の中で、あれは「ロマンティックな恋愛物」という位置づけになっているようだ。社会への警鐘を含んだブラックな話のはずなんだが……。
「それで、巡音先輩と鏡音先輩は、いつからつきあっているんですか?」
 え、という感じで固まる巡音さん。ああもう、訂正しとかないと、明日には学校中に噂が広まりかねないな。
「別につきあってないって。一緒に遊びに来ただけで」
「こんなところに二人で遊びに来て、それでデートじゃないんですか?」
「二人じゃないし。クオと初音さんも一緒。二人とも絶叫マシンに乗りに行ってるから、今ここにいないだけで」
 そういやあの二人は、まだ絶叫マシンを堪能してるんだろうか。変な遭遇のせいで、二人のことを忘れかけていたぞ。
「あれ、クオの奴も来てんの?」
 グミヤが訊いてきた。
「ああ。さっきも言ったけど、絶叫マシンの連続記録作るって、初音さんと一緒に行っちゃったよ」
 俺がそうグミヤに言っている傍で、グミは巡音さんを興味深そうに眺めている。……嫌な予感。
「巡音先輩は、鏡音先輩のことをどう思っているんですか?」
「え? な、なにが?」
「だから、鏡音先輩のことをどう思っているのかって話ですよ。鏡音先輩、割とお得だと思いますよ。もちろんグミヤ先輩には負けますけど……」
 割と、ってのは何なんだよ。そりゃこいつの頭の中が、グミヤ一色なのは知ってるが……。俺は横目でグミヤを睨んだ。グミヤが申し訳無さそうな表情で、グミを引っ張る。
「グ、グミ。そろそろ行こうか」
「え~、あたしまだ話してたいです」
 おーい、グミヤ。お前、彼氏なんだからどうにかしろよ。俺の気持ちが通じたのか、グミヤはグミを引き寄せて、何やら耳に囁いている。グミは顔を赤らめ、急に大人しくなった。
「それじゃ、邪魔して悪かったな。俺とグミはもう行くから」
「それでは、失礼します。先輩方も楽しんでくださいね」
 グミヤとグミは去っていった。……やれやれ。
 しばらく脱力していると、今度は携帯が鳴り出した。あれ? 俺のだけじゃないぞ。巡音さんのも一緒に鳴っている。
 とりあえず自分の携帯を取り出す。クオか。「ミクが昼は一緒に食おうって言ってるから、合流しよう。こっちは観覧車の近くにいる」か。もうそんな時間なのか。
「ミクちゃんが、お昼ごはんにしないかって」
 自分の携帯を確認した巡音さんは、そう言った。
「こっちもクオから、同じ内容」
 メールを送るのはどちらか片方でいいような気がするんだがなあ。そんなことを考えていると、巡音さんが口を開いた。
「ねえ、鏡音君」
「何?」
「一緒に鳴るのって、『RENT』にあったわよね。携帯じゃないけれど」
 そう言って巡音さんはくすっと笑った。AZTブレイクのシーンか。ロジャーとミミのつけてるタイマーが同時に鳴り出して、それで二人ともエイズだってわかるシーンだ。
 やっぱり笑ってた方がいい。けど、巡音さんの笑顔はすぐに消えてしまった。
「……巡音さん?」
「あ……ごめんなさい。ちょっと考えちゃったの。ロジャーとミミを結びつけるのがエイズだっていうのは、何だか悲しいなって」
『RENT』のストーリーを思い出して、しんみりしてしまったらしい。二人を結びつけたのはエイズ……か。そういう風には、考えたことがなかったな。
「どうしてラーソンは、両方ともエイズにしちゃったのかな。先が無くて、悲しいのに」
「ラーソンの周りにはエイズで亡くなった人が大勢いたし……それに、両方がエイズだったから、あのラストに繋がるんじゃないのかな。多分、ロジャーとミミの間にある絆は、ロドルフォとミミにあったものより強かったんだよ」
 巡音さんは真面目な表情で、また考え込んでいる。こうやってこっちの言うことを、一つ一つきちんと受け止めてくれるのが、なんだか嬉しい。
「悲しいことと嬉しいことが、たくさん同時にあった人だったのかな」
「……だろうね」

ライセンス

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  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第二十話【青春の光と影】後編

 全員横並びに同じ年というのもちょっと淋しい気がしたので、グミは一つ下にしてみました。

 レンの方も今回はあれこれ悩んでいますが、まあ、悩んで人は成長するものだと思うのです。……ある程度まではね。

 ちなみに……どうも風邪引いたっぽいです。喉が痛い……。ここ数年、風邪を引くと熱は出ないのにその他の症状ばかりが出るというのが、なんだか嫌な感じです。

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投稿日:2011/10/13 19:30:24

文字数:4,667文字

カテゴリ:小説

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