駅までへの帰りの道。巡音さんは来た時よりは落ち着いた様子だった。行きはがちがちに緊張していたもんなあ。何にせよ、打ち解けてくれるのはやっぱり嬉しい。
「姉貴の言うことは、あんまり真に受けない方がいいと思うんだよね」
 歩きながら、俺は巡音さんにそう言った。
「どうして?」
「ん~、滅茶苦茶言う人だし、思ったこと全部言わないと気が済まないようなところあるし、言い回しに容赦が無いし……巡音さん、びっくりしたんじゃない?」
 巡音さんは歩きながら、軽く首を傾げた。髪と髪につけたリボンがあわせて揺れる。
「驚きはしたけれど……鏡音君のお姉さんは、嫌いになったら、はっきり『嫌い』って、言ってくれそう」
「まあ、そりゃなあ……」
 巡音さんがどうしてそんなことを思ったのかはよくわからんが、姉貴はあんまりお世辞を言わない。まあ、あれで社会人だから、多少の建前は使ってるだろうけど。というか、使えないとまずいだろ。
 あ、駅に着いちゃったよ。巡音さんは帰りの切符を買うと、こっちを向いた。
「送ってくれて、ありがとう」
 なんか照れるな。
「これくらい大したことじゃないから」
「送ってくれたことだけじゃなくて……今日のこと全部、本当にありがとう。とても楽しかった」
 巡音さんはそう言って、にっこりと笑った。あ……。
 ……巡音さんが笑ったとこ、初めて見た。今まで、表情が和らいだり嬉しそうにしていたりすることは――回数は少ないけど――あったけど、こういう、満面の笑顔というのは初めて見る。俺はついまじまじと、巡音さんの顔を見てしまった。向こうがこっちの視線に気づいて、怪訝そうな表情になる。
「……鏡音君、どうかした?」
「あ、いや……なんでも」
 元に戻っちゃったか。残念だ。……もっと見ていたかったのに。
「それじゃあ、わたしはこれで。また明日、学校で」
「ああ、気をつけてね」
 巡音さんは大きく手を振ると、改札を抜けて駅のホームへと去って行った。なんで……淋しく思うんだろ。帰るのなんて当たり前なのに。


「ただいま」
「あ、お帰り。ちゃんと駅まで送ってった?」
「当たり前だろ」
 帰宅すると、姉貴は居間で何かを見ながら難しい顔をしていた。……どうしたんだ、一体。俺は姉貴が見ているものを覗き込んだ。
「……アルバム?」
 姉貴が見ていたのは、自分のアルバムだった。制服姿の姉貴が映っている。あ……てことは、もしかして。
「姉貴、これって」
「これ見て」
 俺の言いたいことを察したのか、姉貴は俺が言う前に、写真の一枚を指差した。ユニフォーム姿でラケットを抱えた姉貴の隣に、同じユニフォームを着た、髪の長い大人しそうな女の子が立っている。
「この人が、巡音さんのお姉さん?」
「そう、ハクちゃん。私が三年の時に一年だったの」
 姉貴は俺より六つ上だから、巡音さんとは四歳違いか。……それにしても。
「あんまり似てないね」
 大人しそうなところは共通してるけれど、顔立ちは全然似ていない。
「兄弟だから似るってもんでもないしねえ。私とあんたも全然似てないし」
 と、姉貴。まあ確かに俺らははっきりきっぱり似ていない。
「そりゃあ、俺は母親似で姉貴は父親似だし。じゃ、巡音さんとこもそうなのかな」
「うーん、どうかしらね……お母さんの方しか知らないし。リンちゃんにちょっと似てたような気がするけど」
 ふーん。……って、あれ。
「会ったことあるの?」
「一度だけね。試合の応援に来てたの。リンちゃんも一緒だったわ」
「え、じゃあ、姉貴は巡音さんとは今日が初対面じゃないんだ。それ言わなかったね」
 向こうも気づいてないみたいだったけど。
「あのねえ、会ったといっても、五年も前にたったの一度、それもごく短い時間よ。それにリンちゃんは、あの時まだ小学生だったのよ。私のことなんて、憶えてるわけないでしょ」
 姉貴が高三だと、俺は小六か。確かにそれで憶えてろっていうのは無理があるな。
「それはそれとして、何だって姉貴、アルバム引っ張り出してため息ついてんの?」
「社会に出て働くようになるとね、この時代をしみじみ懐かしく思うようになるものなのよ。ああこの頃は良かったなって……。あんた、今ちょうどその最中なんだから、今のうちにしっかり楽しんどきなさいよ」
 姉貴はそんなことを言い出した。……はっきり言おう、似合ってない。
「そんなもんなの?」
「そういうものよ。最中だと、わからないものだけどね」
 相変わらずしみじみそんなことを言う姉貴。……本当にそれだけか? どうもそれだけじゃないような気がするんだが……。とはいえ、詮索しても答えてくれそうにないしなあ。他のこと訊くか。
「巡音さんのお姉さんってどんな人だったの?」
「ハクちゃん? ん~、大人しいけど、根気のある子だったわね。バドミントンって軽く見えても本格的にやるとハードだから、軽い気持ちで入って音を上げて辞めてく子って多いんだけど、ハクちゃんは頑張って続けてたし」
 やっぱり大人しいタイプなのか。
「でもリンちゃんとは少し感じが違うかな? ハクちゃんはなんていうか、ちょっとピリピリしたところがあったのよね。とはいえ、綺麗な子だったから、共学だったら男の子からモテたかもしれないけどねえ」
 姉貴の卒業した高校は女子高だ。高校時代、バレンタインデーにはチョコレートを幾つも抱えて帰って来たのを憶えている。なんで女同士であげたがるのか、俺にはよくわからないけど。巡音さんのお姉さんからも貰ったのかなあ。
「バレンタインデーにはチョコレート貰ったりした?」
「貰ったわね。ま~部活の子のほとんどがくれたんだけど」
 あ、やっぱり。姉貴は引退後もちょくちょく部活に顔だして、後輩の面倒見ていたからなあ。受験しなかったから暇もあったし。
「リンちゃんは、学校ではどんな感じ?」
「真面目で大人しくてよく勉強してる。趣味は読書と音楽鑑賞だって前に聞いた。人と話すのが苦手」
 今日はよく喋ってくれたけど。ちょっとは慣れてきたのかな。
「なんか本当にいいとこのお嬢さんって感じね……ところで」
 姉貴は不意に真面目な顔で、俺の方を見た。……なんだよ。
「何?」
「リンちゃんのことをどう思う?」
 どうしてそういうことを訊きたがるんだよ……。訊かれるだろうとは思ってたけど。
「どうって……友達だよ」
「本当にただの友達?」
 しつこいなあ。どうしてこの手の詮索が好きなんだ。
「なんでそんなこと訊くわけ?」
「リンちゃんとは中途半端なつきあいをしてほしくないから」
 だ~か~ら~、そういう関係じゃないって言ってるのに。わかんない姉貴だな。
「別につきあってないってば」
「でも、友達でしょ?」
「そりゃあ」
 友達なのは確かなので、俺は頷いた。
「友達づきあいもつきあいのうちよ。リンちゃんみたいな子は色々と難しいの。中途半端に構うのだけはやめてちょうだい」
 ……なんだよそれ。俺には姉貴の言うことがさっぱりわからなかった。大体、なんで俺がそんなこと、言われなくちゃならないんだ。
「なんだよ。姉貴、俺がユイとつきあってた頃はそんなこと言わなかっただろ」
 節度のある年齢相応のつきあいにしておけ、とは言われたし、それについてくどいぐらいの説明も受けたが、つきあいそのものは反対しなかった。なのになんで友達である巡音さんに対して、こんなことを言ってくるんだ?
「ユイちゃんはリンちゃんとは違うから。それに、ユイちゃんとは全く接点がないけれど、リンちゃんはハクちゃんの妹だから間接的とはいえ、関わりがあるしね。傷つくのを黙って見てるわけにはいかないのよ」
「俺が巡音さんを傷つけると思ってるわけ!?」
 そんなことするもんか。やっとまともに話せるようになってきたのに。
「あんたにその気がなくても、軽い気持ちで構っていたら、いつかはそういうことになるの。あんたも傷つくし、リンちゃんも傷つく。その場合、リンちゃんの方が傷が深くなるの」
 いらついてきたぞ。今は姉貴が俺の保護者かもしれないが、こんなことを言われる筋合いはない。
「俺の交友関係に口出さないでくれよ!」
「あんたにさっきのオペラの主人公みたいになってほしくないのよ」
 むかっ。何だよその言い草は。
「それこそ余計なお世話だろ! というか、あのバカと俺を一緒にしないでくれよ! ああなるわけないだろ!」
 完全に頭に来た俺は、そう叫ぶと部屋を出て行った。これ以上姉貴の相手なんかしてられるか。何なんだよ、全くもう。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

アナザー:ロミオとシンデレラ 第十六話【トゥルー・カラーズ】

 レンが出てっちゃった後のめーちゃんの独り言。
「うーん、例えがまずかったかしら……」
 いやそういう問題じゃないですが。とにかく完全に誤解されました、はい。

閲覧数:1,018

投稿日:2011/09/26 18:23:30

文字数:3,523文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました